第16話 理論の証明
ヴィンセント・ヴァン・ヴァンデルシュタインは、セレスティア・クロニクルというゲームでの敵キャラであり、全ルートにおいて死亡することが確定している悪役貴族。
そのすべてが、勇者である主人公を成長させるために必要なイベントであり、そうならなければ、勇者は魔王を倒すことはできないだろう。
それはつまり、ヴィンセントというキャラクターは、勇者が魔王を倒す物語の重要な歯車の一つであるということではないか?
だとしたら、世界は僕を死なせるわけにはいかないはずだ。
この仮説が正しければ、ヴィンセントが命を落とすべきその時まで、僕は死なないということになる。
先日、シルヴィアに襲われたときに、ふと脳裏によぎったことだ。
その時は深く考える暇はなかったが、落ち着いて考えてみると、僕は天啓を得たと思った。
だが、ひとつ問題があった。
それを確かめる方法は、死ぬかもしれない状況に陥る必要があるということだった。
ゆえに、そうそう確かめられるものではなかった。
デヴォラーウルスと死闘を繰り広げたのは記憶に新しい。
しかし、その時はロクサーヌが一緒にいた。
僕が危なくなったら助けてくれるはずだという期待もあったため、その状況で生き残ったからといって根拠にはならない。
だが、今この状況はどうだ?
目の前には、僕のレベルを大きく上回るほどの敵がいる。
当然、救援は期待できず、自分の力のみで戦うしかない。
――まさに絶好の機会ではないか?
このまま手をこまねいていても殺されるだけだ。
ならば、この理論に賭けるほかないだろう。
証明できなければ――僕は死ぬッ!
「上等だ! 死んでも証明してやるッ!!」
【気力活性】で身体能力を向上!
そして、【ウォーターヒール】によるリジェネ!
準備は万端だ。かかってこいやロリコン野郎ッ!
「クソガキが! 調子に乗るな! もうお前が勝つ可能性は万に一つもないわ!!」
僕は力強く地面を蹴り、一足飛びに間合いを詰める。
奴は迎え撃つつもりらしい。
「くらえや、【ウォーターショット】!」
出現した三つの円陣から、高速の散弾が時間差でばら撒かれる。
「ふん! こんなものッ! 【鉄鋼体】!」
【鉄鋼体】は体を鋼に変えて防御力を上げるスキルだ。
僕の放った魔法は、奴の鋼の身体に激しく降りしきり、絶え間なく鈍い音を立てるが、効果は薄く、その体を濡らすだけに留まる。
しかし、僕はその魔法を目くらましにヘンリックの側面に回り込んでいた。
「死ねぇ!! 【柳払】ッ!」
刀身が輝き、一刀流単発スキル【柳払】が発動する。
右足を大きく踏み込み、間合いの内へ。
そのまま、刀を左方向へ水平に薙ぎ払う。
まるで柳のようにしなる剣筋は、ヘンリックの左脇腹に吸い込まれていく。
「……馬鹿がッ! お前が死ね! 【ファング・バイト】!」
ヘンリックはスキルにより輝きを纏った剣を縦に振り下ろす。
縦二連の斬撃スキル。
速いッ……!
だが、そんなの知ったことか! というか、もう止まれないからぁッ!
僕の体を頭から真っ二つにしようと迫る刃を無視して、奴の懐に刀を振るう。
怖い、怖い怖い怖い――でも、死なない! 死んでたまるか!
僕がここで死んだら、死亡イベントはどうなる!
ご丁寧に全ルートで用意しているんだ!
ここで僕を殺したら、せっかく用意したイベントが無駄になるんだぞ!
さあ、世界よ! 僕を守れッ――!
その瞬間――。
右半身にものすごい衝撃が体に走り、吹き飛ばされる。
「……ごはぁぁああ!!」
数メートルほど吹き飛び、地面に転がる。
くっ……一体何が……?
横に視線を向けると、僕の腕を枕にしてピタリと寄り添う賊。
なにやら、僕に熱烈な視線を寄こす。
……なお、瞳孔は開いている模様。
「ぎゃあっ!」
情けなく悲鳴を上げて、寄り添う賊を突き飛ばす。
おそらく、騎士との戦闘で吹き飛ばされた賊が僕にぶつかったのだろう。
というか、状況はどうなってる……!
「ぐぁぁあああああぁあああ!! う、腕がぁぁああああ!」
ヘンリックが悲鳴をあげていた。
刀が血に濡れていることから、おそらく僕が吹き飛ばされた衝撃で、ヘンリックの腕を斬り落としてしまったのだろう。
こ、これは実証成功……したのか?
いや、一回だけならただの偶然かもしれない。
とはいえ、これはチャンスだ……ふふふ……。
ヘンリックは片腕を失い、剣を取り落としている。
ラッキーだったとしても勝ちは勝ちだ。
この好機を見逃す僕ではないのだ! フハハハハ!
僕はすぐさまヘンリックに駆け寄る。
今度は迷わない!
「おらぁ!! 食らえやッ!! よっしゃいくぞー!」
蹴りを入れてヘンリックを転がしたあと、刀を振り下ろす。
ザンッという音とともに残った腕を斬り落とした。
「ぐぁぁぁあああああ!!」
名前:ヘンリック・ロリスキー
HP:■■■■■□□□□□
状態異常:両腕欠損、失血
両腕を落とされたのにまだ半分もHPが残っていやがる。
なんてしぶとい奴だ。
だが、徐々にスリップダメージを受けているようだ。
「坊ちゃま……なんという醜悪な表情……」
僕はいったいどんな顔をしているというのか。
勝利の笑みだろうか。
セバスがそれを見て青ざめているようだが、僕は命を狙われたのだ。
誰にも文句を言われる筋合いはない。
……そして、僕はそれすらも利用するぞ。
「ははは! ひゃははは! ひーっははははは!!」
逃げられると困る。足を潰すのだ。
だが、まあ斬り落とすのは勘弁してやろう。
ザクザクと奴の太股辺りを突き刺す。
「ぎゃあ! や、やめ……! いだい! やめでぇ……!」
「お、おい、あれ……」
「両腕斬り落として、笑いながら滅多刺しにしてやがる……」
「ヴィ、ヴィンセント様……あの、やりすぎでは……?」
賊も騎士も一様に青ざめている。
名前:ヘンリック・ロリスキー
HP:■■■□□□□□□□
状態異常:両腕欠損、失血
いや、まだ三割もHPが残ってるから全然やりすぎではない。
だがこれで、十分に敵の戦意を削ぐことができたはずだ。
「……ッ! ヴィ、ヴィンセント……!! ……やはり、世界のために排除しなくては……! ……いえ、でも騎士長を倒したのは事実……」
「お、お嬢様……わ、私がお、お守り、お守り……ふ、ふぇぇ」
フランチェスカが絶句し、シルヴィアは赤ちゃん化一歩手前。
「はわわ……このセバス、ゾクゾクしてきましたぞ!」
我が妹が、また僕を殺そうと画策しているのは、僕がやりすぎてしまったからなのだろうか。
セバスはなんか気持ち悪い……聞かなかったことにしよう。
ともかく、これで騎士長のヘンリックは無力化できた。
僕もやればできるじゃないか。
両腕を失い、足に刀が突き刺さった状態で蠢くヘンリックの体を踏みつける。
「ぐあっ!」
「【ウォーターヒール】」
地面に這いつくばるヘンリックに回復の魔法をかけると、薄い水の膜が彼の体に纏わりつく。
セレクロでは四肢が欠損するような状態になることはなかったので、手足が生えてくるかはわからない。今のところは……生えてくる様子はないな。
もしも生えてくるのだとしたら、高位の回復魔法になるのではないだろうか。
失血の状態異常もなくなったし、すぐさま死ぬことはないだろう。
「な、なにを……!」
「クク……意地汚く生きあがいているようだから、せめて回復させてやろうと思ってな」
「ぐ……ひと思いに殺さず辱めるとはッ……! ヴァンデルシュタイン家の悪鬼がぁ! ……やはり、お前のような存在をアナスタシア様に近付けるわけにはいかない!!」
「……お前、自分が勇者だとでも思っているのか? ……どうやら周りがよく見えていないらしい。お前は僕を殺してどうしたいんだ? それでその女が振り向いてくれるとでも思っているのか?」
「そ、そうだ……! それで領主様に認めてもらうのだッ!! そ、そして二人は永遠の愛を……! そ、そそれのどこがおかしいぃぃ!?」
「……ク、クク、クッハハハハ!!」
「な、なな何がおかしいぃッ!!」
「全部だッ! 僕を殺そうとする浅はかな理由も! 僕を殺して認めてもらえるという分不相応な期待も! 想い人と一緒になれるという都合の良い妄想もッ!! ……いいか? お前は勇者なんかじゃない。……ただ少女につきまとう、現実が見えていない頭お花畑の……騎士長などと大層な肩書を持っているくせに、格下の僕にあっけなく負けた――ゲームのチュートリアルで嬲られるだけの雑魚キャラだッ!!」
「ぐ……ぐぁぁああぁあああああ!! ――ぁぁあああ!! ゆゆゆるざない!! かかってこい! ぶっぶぶぶ、ぶっ殺してやるぅううううううう!!」
回復魔法で痛みが引いたのか、じたばたと暴れてとても元気が良い。
それよりも、悪役貴族が極まっていないか?
先輩の背中が、少し見えてきた気がするよ。
ヘンリックの頭を掴み上げる。
「貴様らの飼い主は討ち取ったぁッ!! 今日からこいつは僕の部屋のショーケースに飾られることになる! ……お前たちも僕のコレクションに並びたくなかったら、死ぬ気で頑張れ!!」
こいつをショーケースに飾り、ワインを煽るというのは、かなり高レベルな悪徳ではないだろうか。
「……あれって賊に対してというより、俺たちに言ってないか……?」
「ヴァンデルシュタイン家の忠実な家臣たちなら、裏切る心配はいらんだろうが、力の限り頑張ってくれたまえ!」
友好的な笑みを浮かべる。
敵も味方も血の気がなくなり、白い顔をしている。
恐れ慄け……! 平伏するがいい!
この場を支配しているのは僕だッ!
――やはり悪というのは止められないッ!
「お、おい、お前ら! 早く賊を片付けるぞ!」
「お、おうッ! 坊ちゃまのコレクションに加わるには、善良な俺たちには過ぎた褒美だ! 全力で賊を葬るぞぉ!!」
「うぉぉおおおおおお!!」
士気が高まったようでなにより。
これで少しは戦況も変わってくるのではないだろうか。
恐怖で支配する。これぞ悪役貴族の真髄なり。
よし! この調子で、どんどん屈服させるぞっ!
……戦っている後ろから攻撃するとかどうだろうか。
先ほどのように正面から一対一で戦うよりも安全だし、騎士たちも泣いて喜んでくれるはずだ。
この時はそう思っていたのだが――。
*
どのくらい時間が経っただろうか。
「ふぅ……ふぅ……」
顔を上げ、賊たちに視線を向ける。
「あ、悪鬼……」
目が合った賊のオヤジは、ビクンと体を震わせながら、ポツリとつぶやく。
敵にまっすぐに向かって走り出す。体が軽く感じる。
心地良い……。なんだかハイになっているみたいだ。
「や、やんのかよぉ! ガキがッ! 舐めんじゃねぇ!」
三本の水の騎槍【ウォーターランス】を展開しながら、一直線に突っ込む。
「アハハ! だったら僕を殺してみせてくれよッ!」
「ちっ……めんどくせぇ!」
横に避けながら走る賊のオヤジ。
すべてを回避することはできなかったようで、水圧が皮膚を割き、鮮血が舞う。
怯ませることすらできないが、避けるという選択をさせることができている以上、こちらに主導権があるということ。
追いかけるように魔法を連発し、刀を上段に構える。
「【返し太刀】……! 死ねぇぇえええ!!」
輝いた刀身がスキルの恩恵を得て、袈裟斬りからの左逆袈裟に振るわれる斬撃がオヤジを襲う。
しかし、これまでの戦いによる身体への負荷は、スキルでは補えない。
無理矢理動かされた筋肉は悲鳴をあげ、軌道にブレが生じる。
その荒い剣筋を読まれ、剣を合わせられた。
「おらぁ!」
スキル終わりの斬撃を受け止められ、体ごと押し返される。
体勢を崩し、無防備を晒した。
死が迫る――
冷や水を浴びせられた感覚。
熱を持っていた思考が冷静さを取り戻していく。
ガキンッ!
「無茶しすぎですッ!」
騎士の一人が僕に迫る攻撃を防いだ。
ナイスッ! 危なかった……!
だが、息をついている暇はない!
「よそ見するなよッ!? このやろぉぉおおお!」
笑顔で無力化することは忘れない。
「ぎゃぁああ! や、やめッ!! がぁっ! あぁ、俺の腕がぁぁあああ!」
苦痛の悲鳴を上げる賊。
「ヴィンセント様! あまり前に出ませんよう! 幸いヴィンセント様の暴虐……いえ、活躍により、賊を制圧しつつあります。あとは我々にお任せください!」
最初は騎士と戦っている賊を見つけては、攻撃することに専念していたのだが、だんだんと気分が高揚し、特攻して冷や水を浴びせられるということを繰り返していた。
なぜなら、これだけ大立ち回りをしているというのに、僕は生きているのだ。
いやぁ、是非とも殺してみてもらいたいよ。できるものならね、ふふ。
……やっぱりそういうことだ。
世界が僕を死なせないように調整しているのである!
僕は絶対に死なない――ハッハッハ!
僕の獅子奮迅の大活躍により、騒動は、じきに収束するだろう。
一人で気持ちよくなっていると――。
「きゃぁぁああああ!!」
まるで空気を裂くような――戦場には不釣り合いな悲鳴が響き渡った。




