第15話 敵を倒すということ
「ちっ……!ヴィンセント坊ちゃまとフランチェスカお嬢様を守れ!」「おお!ヘンリックと賊を始末しろぉ!!」「俺たちはヴァンデルシュタイン家の忠実なる騎士だッ!」
騎士長ヘンリック率いる賊と騎士たちとの戦闘が始まった。
とはいえ、数は圧倒的に賊のほうが多い。
まともにやり合えば、間違いなく僕たちは負けてしまうだろう。
「メイドのメル!」
「は、はい!」
「お前にミッションを与える」
「み、みっしょん?」
不安そうに瞳を揺らすメイドのメル。
「セバスと協力してフランチェスカを守れ」
「わ、私がですか……? ……でもヴィンス坊ちゃまは?」
「僕は小児性愛者と殴り合いだ」
「危険です! 確かにヴィンス坊ちゃまは最近頑張っていらっしゃるかもしれませんが、相手は騎士長なんですよ……? きっと負けちゃいます……」
大きな人懐っこい丸い瞳に涙を湛えながら、口を尖らせている。
「騎士長でもなんでも関係あるかッ! 殺されるぐらいなら死んでも殺してやる! 問答している暇はない! さっさと行動に移せ!」
グズグズ、メソメソする我が召使いを怒鳴りつける。
もう戦いは始まっているのだ。とにかく今は時間が惜しい。
「は、はい!」
トテトテとセバスのもとに向かう。
しかし、歩み始めたその足を途中で止め、振り返る。
「――ヴィンス坊ちゃま、ご武運を!」
不安そうな、今にも泣きそうな表情を浮かべている。
「誰の心配をしている。しもべはしもべらしく、主の命令に従っていればいい。お前はお前のやるべきことをしろ!」
「はいッ!」
メルは叫ぶように返事をすると、再びトテトテと走っていった。
その背中を尻目に現状分析を行う。
賊たちは数の上で勝り、騎士たちは苦戦を強いられている。
おそらく騎士の中には、ヘンリックに従っていた者もいたはずだ。
だが、僕の行き当たりばったりな揺さぶりにより、ヘンリックに味方の騎士を切り捨てる決断をさせた。
その結果、僕を裏切った騎士たちを強制的に賊にぶつけることができたのは、あの状況では上々の成果と言えよう。
騎士たちは、反旗を翻した事実――まあ、未遂だが……それを隠すかのように賊との戦闘に精を出している。
……なんとなく、自分の身を守ることを最優先に行動しているように見えなくもない。
いや、乱戦だからそう見えているだけかもしれないが……。
……どうやら、ちょっとナーバスになっているようだ。
僕こと悪役貴族としたことがそんな弱気ではいけない。
「ヴィンセント様……私のレイピアをお返しいただけないでしょうか……?」
赤ちゃんメイドのシルヴィアがいつの間にか僕の隣に立ち、ボソッと声をかけてくる。
「シルヴィアか……」
誰が裏切り者かわかっていない状況で、武器を渡すリスクは取れない。
特にこいつは僕を殺そうとしたのだ。
ヘンリックと繋がりがあってもおかしくはない。
「信じられないのは、ごもっともです。殺そうとしたことに関しては申し開きのしようもございません。この状況を脱することができれば、罰も受けましょう。ですが、私はお嬢様の盾。フランチェスカ・ヴァン・ヴァンデルシュタイン様に誓って、この者どもの仲間ではありません。お嬢様を害そうとする者は――私の敵です」
シルヴィアは、まっすぐに僕の目を見る。
確かにフランチェスカを狙われている時点で、シルヴィアが裏切り者である可能性は低い。ゼロではないが。
今、僕には味方が必要だ。
「……わかった。……命令だ――妹を守れ」
「はっ……!」
腰に下げていたシルヴィアのレイピアを渡すと、フランチェスカのもとに迫る賊を一刀のもとに切り伏せる。
あれ、なんか強くない……? バトルメイドだったのかよ……。
くそう……格好いいじゃん……。
是非とも僕のしもべとしてほしくなってきた。精神面が脆いのは玉に瑕だが。
さて――。
シルヴィアを見送り、目の前の男と対峙する。
「ヴィンセント様、どうですか? この状況は想定通りですか?」
騎士長ヘンリックが得意げな笑みを浮かべ、剣の柄に手を掛ける。
「ふん! ……想定通りだが……?」
全然想定通りじゃないッ!ずっと行き当たりばったりだよっ!
実際、多少状況は良くはなったが、都合の良い何かが起こらないと、危険な状況であることには変わりない。
「その割には、追い詰められてるようですが……?」
くそ……どうする……!
実力差も明らかだ。……こんなの勝てるわけがないだろう!
でも、だからといって諦めるわけにはいかない。
……この状況を打開できる可能性としては、まず、僕が格上のこいつと戦い、勝つことがマストだ。
ヴィンセントとして転生したときから覚悟は決めている。
邪魔なものすべてをぶっ壊してでも、自由に傲慢に生きる!
僕の行く手を遮るというのなら、力尽くでも押し通らせてもらうぞ!
「ヘンリックッ!!」
戦場全体に響き渡るほどの咆哮。
「……き、急にどうしたというのですか?」
僕が急に大きな声を出したため、びっくりしているようだ。
こういう時は、精神的に優位に立つことが肝要だ。
自分のほうが大きい存在であることをアピールするのだ。
決して不安を隠そうとしているわけではない。
弱い犬ほどよく吠える?なんだそれは、聞いたこともない。
気合いを入れているのだ。気合いを!
「貴様、僕の実力を知ったうえで、歯向かおうとしているのか? 良い度胸だ」
「もちろん、よーく知っていますよ? あなたの実力では私に敵わないということはね。あなたに初めて剣を教えたのは、他でもないこの私なんですから」
ヘンリックは僕を嘲笑うかのように答える。
ちっきしょう!余裕ぶっこきやがって……!
こっちだって実力不足なのは百も承知なんだよッ!
「ならば、節穴だったということだ……僕の実力を正しく見極められなかったお前の目がな」
「……やれやれ……ろくに訓練もせずにどこからそんな自信が出てくるのやら……」
一つ、奴は僕がレベルアップしていることを知らないということがわかった。
ならば、そこが活路だ。格上に勝つためには、相手が舐め切って油断しているところを突くしかない。
ゆっくりと、無防備にヘンリックに近付いていく。
余裕で対応できるとでも思っているのだろう。何も警戒していない様子だ。
相手の間合いギリギリで止まり、腰の刀に手を掛ける。
「我が名はヴィンセント・ヴァン・ヴァンデルシュタイン! 本性は異常性癖者で犯罪者の貴様も一応は騎士の端くれだったのだろう! せめて殺す前に礼を尽くしてやるッ!」
「……本当に憎たらしいッ! ……まあ良いでしょう。私は、あなたのような口の悪いお子様相手でも名乗らせてもらいますよ。大人なのでね……。ヘンリ――」
「【一閃】」
ヘンリックの口上を遮り、スキルを発動。
スキルのアシストにより、定められた通りに身体が動く。
深く踏み込み、間合いに入った瞬間、鯉口を切った――
「なぁッ!? ひ、卑怯な……!!」
鞘から弾けるように飛び出す刀身。
その勢いのまま、横一文字に刃が引かれる。
ヘンリックは間合いを取るように後ろに下がり、体勢を崩しながらも、腰の鞘から半ばまで抜いた片手直剣で、僕の刀をすんでのところで受け止める。
ちぃっ! 仕留められなかった!
だが、その体勢ではまともに剣を受けられないだろう?
悪役貴族なんだから、卑怯なことだって何でもしてやる!
「卑怯で結構ッ! 覚悟ォ!!」
【返し太刀】!
刀身に白光が纏わりつく。
右に振りぬいた体勢から、間合いを取ろうとするヘンリックに追いすがる。
右足で踏み込み、頭上に振りかぶった刀を袈裟斬りに振り下す。
しかし、ヘンリックは抜き放った剣で受け流し、斬撃が奴の右側面にわずかに逸れる。
まだ、刀身に纏う白光は消えない。刀の刃を上向きに返し、跳ねるようにそのまま左下から右上に斬り上げる。
対するヘンリックは間合いを取りながらスウェーで回避。
ちっ! まだまだ! 【八重切り】!
刀身が光を帯び、高速の八連の斬撃をお見舞いする。
間合いを取ろうとするヘンリックに張り付くようにして、追い詰めていく。
「おらおらぁ! どしたどしたぁ!! 腰が引けてるぞ! そろそろ、死んどけやぁぁあああ!!」
何度も刀を振るうが、奴も必死な形相で僕の攻撃を防いでいる。
一撃ごとに腕が痺れるほどの衝撃。
痛かったとしても、ここで止めるわけにはいかない。
「……くっ! 調子に……や、やめっ! くそがっ!」
斜め上に振り上げた刀がヘンリックの剣を弾く。
――殺った……ッ!
振り上げた刀を返し、そのまま唐竹に刀を振り下ろす。
肉を断ち切る感触が手に伝わる――はずだった。
あれ?僕、これから人を殺すのか……?
僕は悪役貴族で人の命を奪ったところで何の問題もないはずだ。
そもそも、命を狙われているんだから、当たり前だろう。
ゲームではなにも考えることなく、敵を倒していた。
でも、今目の前にいるのは血の通った生身の人間だ。
――本当に殺すのか……?
その迷いが、僕の剣筋を鈍らせた。
「……この、ガキがぁッ!!」
「ぐあッ!」
ヘンリックの蹴りが僕の腹に突き刺さり、体を吹き飛ばされる。
「ヴィンス坊ちゃまッ!」
「ヴィンセントお兄様!!」
メイドのメルと妹のフランチェスカの叫び声が聞こえてきた。
「動かないでくださいッ! 守れなくなります!」
彼女たちは駆け寄ろうとするが、シルヴィアの鋭い声に足が止まる。
「はわわ……坊ちゃまが死んでしまったら、次はこのセバスの命が……!」
くそっ……!仕留め損ねた……!
「ぐっ……はぁはぁ……お前たちは自分の心配をしていろッ!」
蹴られた腹を抑えながら、フランチェスカたちに声をかける。
HP:■■■■■■□□□□
くそ、思ったよりも効くな。
蹴りだけで四割持ってかれた。
「はぁはぁ……この卑怯者がぁ! 貴族として恥ずかしくないのかぁッ!!」
激高するヘンリック。
どうやら相当腹に据えかねているようだ。
そりゃそうか。でも――
「……はぁはぁ……仕えるべき主人を殺そうとする犯罪者が礼を説くか……自分の行いを棚に上げて僕を断ずるとは、何様のつもりだ? ヘンリック!」
「ちっ……ああ言えばこう言う……典型的なクソガキ……ッ! ……ですが、ここから、同じようなことは絶対に起こらない。最初で最後のチャンスを逃してしまいました。まあ、万が一私を倒せたとしてもどうにもならなかったでしょうがね……ククク……」
「はぁ……はぁ……僕をあんまり侮らないほうが良い」
「無理しないほうが良いですよ。もう息が切れてるじゃないですか……」
「いやいや、ただのウォーミングアップだよ。お気遣いはありがたいが、それは大きなお世話ってやつだ、ヘンリック君」
「つくづく腹立たしい……! それが最後の言葉で良いんだな、クソガキィ!」
こうなったら、あの理論が正しいことを信じて、試すしかない。
初日にシルヴィアに襲われてから、僕がここ数日で考えていた、ある理論。
僕の理論が正しければ、僕は死ぬことはない。
……試す時なのか?
――死亡シナリオを迎えるまで、僕は死なないという理論を。




