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第14話 反逆

 王都への社交界に赴く途中に挟んだ休憩の時間。

 気付いたときには、大勢の賊に取り囲まれていた。

 賊たちをかき分け、騎士の一人が出てくる。

 護衛の騎士を取りまとめるリーダーだった。


「へ、ヘンリック殿! こ、これは一体どういうことですかな? ……私はヴィンス坊ちゃまに無理矢理従わされているだけの老人でして……命だけはッ!」


 セバスは即座に危険を察知し、命乞いをする。

 高めの危機察知能力だな。そういうスキルでも習得しているのか?

 というか、平気で裏切りやがって……!

 能力は認めるが、やはりこいつは信用できん。


「セバス……お前の罪を揉み消してやった恩を忘れたのか?」


 ニコリと笑顔を忘れない。

 ふふ、効果的だとわかったのなら、有効活用するまでさ。


「も、ももも、もちろん忘れてなどございません! ……安心してくだされ。このセバス、たとえ命尽きようとも、あなたにしがみつく手は放しませぬぞ!」


 慌てたようにこちらに駆け寄り、キリリと眉尻を上げてそんなことを言う。

 清々しいほどの蝙蝠野郎だなっ!

 一度、僕を裏切ろうとしたことは忘れないからな?

 とはいえ、変わり身の早さは一級品というわけか。悪党として見習うべきところはある。

 というか、ややこしくなるから黙ってろ!


「……ヘンリック……騎士長のあなたがなぜこんなことを……!」


 フランチェスカは信じられないものを見るように問いかける。


「フランチェスカ様、あなたに用はないのですが、そのまま帰すわけにはいきません。残念ですが……奴隷として売り払うことになるでしょう。あなたは見た目が良い。奴隷となっても、夜の相手をする以外はそこまで生活に不自由することはないでしょう。……恨むならヴィンセント様を恨んでください」


 周りの賊が下卑た笑い声をあげる。


「……ッ!」


 シルヴィアがフランチェスカを庇うようにして前に立つ。


「ヴィ、ヴィンス坊ちゃま……」


 メイドのメルが怯えて縮こまっている。


 まずいまずい……非常にまずいッ!!

 こちらの手勢は騎士が十数名と、使用人三人に子供が二人。

 対して敵は二十名近くいるのではないだろうか。

 戦闘の練度は騎士に軍配が上がるだろうが、こちらには足手まといがいる。

 しかも最悪なのは、この見晴らしの良い丘での襲撃ということだ。

 見張りの騎士が見落とすことは、まずあり得ない。

 つまり、盗賊と手を組んだ裏切り者がいることに他ならない。

 とりあえず、新しく手に入れたスキル【鑑定】だ!


 ……名前はヘンリック・ロリスキー。

 騎士長というからどれだけ強いかと思ったら、レベル40?

 思ったより低いな……。

 確かにデヴォラーウルスは余裕で倒せるのかもしれないが……。

 基本集団での狩りだからあまりレベルが上がらないということか?

 とはいえ、今の僕よりは高いことには変わりない。

 ステータスは比較的バランスが良く、STR・VIT・DEXが高めだ。


「……ヴィンセント様、聞かせていただけますか? 今まで社交界への参加を拒否していたあなたが、なぜ急に参加を決めたのでしょうか?」


 僕の意識が目覚める前までは、社交界に参加することを拒否していたようだ。

 というか、そもそも当主が行かせようとしてなかったのだが。

 それに、拒否したとしても結局最終的には行くことになるのだから、いつまでも駄々をこねても仕方ないだろ。


「これは当主である父上が決めたことだ。僕がそれに逆らうことはない」


「ヴィンセント様、これは異なことを。あなたが当主様の言うことに従ったことがこれまでにあったでしょうか? ……あなたが社交界に参加しなければこんなことにはならなかった」


 いやいや、拒否できる状況じゃあなかったんだから仕方がないだろう!

 僕の意思を無視して話が進んでいたのだから!

 それなのに、拒否しなかったお前が悪いと言われても、到底納得できることではない。

 そもそも、当主を期待させるようなことはせず、ヴィンセント先輩のように悪童らしく振る舞っておけばよかったってことなのか?

 ちきしょう!……ロクサーヌも、当主も、フランチェスカも、こいつらも、どいつもこいつも僕の意思を無視して話を進めやがる……!

 というか、なんで参加したら殺されないといけない。説明しろ!


「……ふぅ」


 ひとつ息を吐き、熱くなる気持ちを一旦落ち着かせる。

 ここで取り乱していては悪役貴族は務まらない。

 さあ、心理戦の始まりだ!


「僕が参加するのは、なにか都合が悪いようだ……是非とも理由を教えてもらえるか?」


 大仰に、そして余裕たっぷりに、だ。


「……今ヴァンデルシュタイン家に動かれるのは困るのですよ」


「動く……? 別に社交界に参加するだけだ。そこに政治的意図はまったくないとは言わないが、単なるコネクション作りだ」


「……ノーフォーク家……と言えば分かりますか?」


「ノーフォーク家……」


 公爵家であり、ヴィンセントの婚約者、アナスタシア・ノーフォーク。

 ゲームでは、財政難から政治的孤立に陥り、ヴァンデルシュタイン家に支援目的で、次男であるヴィンセントと婚約した。

 アナスタシアに執着するヴィンセントだが、彼女の気持ちが主人公に向いていることに苛立ち、暴力や恫喝が日常的に行われる。

 そして、見かねた主人公がアナスタシアに手を差し伸べるが、ヴィンセントが婚約破棄を突き付ける。

 ヴァンデルシュタイン家からの支援は途絶え、結果的にノーフォーク家は没落し、アナスタシアに深く恨まれることになった。


「領地の経営が上手くいっていないようだ」


 こいつの言っている話の全容は見えないが、おそらくそういう話なのだろう。


「……! さすがは辺境伯家の子弟というわけですか。そこまで見抜いているとは……」


 自分から話を振っておいて、何を驚いているのか。

 かまをかけたつもりか?


「そうです……あの愚かな領主はッ、この機会にヴァンデルシュタイン家と繋がりを作り、経営の立て直しを目論んでいる。……あろうことか、アナスタシア様を貴様と……こ、婚約させるという最悪の方法でッ……!」


 怨嗟の籠った瞳をぎらつかせる。

 何やら様子がおかしい。


「なんでッ! なんでなんで! あの純真無垢なアナスタシア様が……! よ、よりにもよって、こ、こここいつにぃぃ雪のように透き通った肌を……ッ!! け、けけ穢されると考えただけでぇぇええ! 絶対に許さんんん!!」


 目を血走らせながら、喉が千切れるのではないかと思うほどに叫び散らす。


 どうやら、小児性愛おじさんだったようだ。

 そんなことが理由で人を殺そうとしているのだとしたら、かなり高レベルなおじさんだ。

 セレクロでのヴィンセントは、おそらくこの社交界には参加しなかっただろう。

 だが、それでも婚約していたということは、何らかの手段で繋がりを持つことになったのだろう。

 しかし、婚約するかもしれないという話だけで、こんなにも嫉妬に狂っているにも関わらず、ゲームではこいつを見た記憶がない。


 とはいえ――


「気持ち悪いやつだ……」


 こんな衆人環視の中、よくそんなことをカミングアウトできたものだ。

 逆に尊敬するぞ。

 心臓に太めの剛毛が生えているのか、あるいは既に狂っているか、だ。


「……な、なに……!? わ、わわ私の純粋な恋慕の情を……い、言うにこと欠いて気持ち悪い……?」


「たった十二歳の少女に劣情を抱くなんて、そうとしか言いようがないだろ」


「……わ、私の純情をお前の汚い欲望と……い、いい一緒にするなッ!」


 怒りと狂気に染まった瞳で僕を見る。


 ちきしょう……人を見た目で判断しやがって。

 というか僕に言うな!その領主とやらに言えば良いだろうが!娘さんをくださいって。多分無理だと思うけど。


 しばらく髪を掻きむしったり、ぶつぶつ独り言を呟いたりしている。


「…………」


「……ふぅ、失礼、少々取り乱しました」


 すごい。急に冷静になった。

 アンガーマネジメントのスキルを所持している可能性がある。


「お前はノーフォーク家とどういう関係がある?」


「……何でもかんでも、教えてもらえると思ったら大間違いですよ。少しは自分で考えたらどうです、坊ちゃま?……それに、必要ないでしょ」


「なに……?」


「――これから死ぬんですからッ!」


 くそ……どうする……。

 とにかく、僕を陥れた奴らに報いを受けさせる必要があるだろう。

 だが、そもそも誰が敵か味方かわからない状態で、下手に動くと後ろからブスリと刺される可能性がある。

 おそらく――裏切り者は一人ではない。

 見張りについた騎士たちの全員がこれほどの数の盗賊を見落とすとは思えない。

 ここにいる騎士たちすべてを疑ったほうがいい。


 動くにしても、情報が足りない。

 とりあえず、僕の悪徳顔を信じるしかない!


「クク……クククク……アーハッハッハ!」


「あ、悪鬼っ……!」


 突然狂ったように笑い出した僕を見て、フランチェスカは青ざめている。


「……何がおかしい……」


 ヘンリックは余裕の表情を歪め、口を開く。


「いや、さっきお前が言っていたじゃないか。なんで僕が社交界に参加したのかって。わざわざこんな面倒な催しに、この僕が参加する必要があると思うか?」


「……どういうことだ……?」


「わからないのも仕方ないか……。お前のような凡夫には、到底考えも及ばないだろうことだからな」


 僕は馬鹿にするように笑みを浮かべる。


「……ッ! ま、まさか……いや、そんなはずは……」


「どうした? お前の乏しい想像力で考えたことを言ってみるといい」


 さあ、お前の不安を吐露するが良い!

 それを僕が利用してやる……!


「お、お前は……この状況をあえて作り出した……ということ……? いや、あり得ない。まさか、我々がノーフォーク家の人間と気付いて……?」


 ノーフォーク家の人間……?

 よくわからないが、なんとなく利用できそうなアイデアをもらった。

 この状況をあえて作り出したということにすれば、状況を打開できなくとも、ちょっと不安を煽ってやることはできるかもしれない。

 せめて、お前らも僕と同じ状況になれッ!


「……お前たちの中に不穏な考えを持っている者がいることは分かっていた。だから、この機会に一掃してやろうと思ってな。……そうだよな、密告者くん! お前にはここまで手筈を整えてもらった褒美を遣わすぞ!」


 この場の騎士全員に聞こえるように声を張り上げる。


「……なっ!? ふ、ふざけるな! 貴様ら私を裏切ったのか……!」


「おっと気を付けたほうが良い。密告者は一人ではないからな。味方だと思っていたら後ろからブスリと刺されるぞ?」


 ああ、この場を支配している感じ……たまらない……!

 仮に全員に聞き取りしたとしても、嘘をついていないとは証明できない。

 完璧な策だ……!

 とりあえず、最悪だった状況が、ちょい悪ぐらいにはできた……はずだ。


「……出てこい! 裏切り者ども! 斬り捨ててやる!」


「そもそも最初に僕を裏切ったのはお前だろう? お前に密告者を咎める権利はあるのか?」


 騎士たちは静かにお互いを警戒しあう。

 お互いの立場がはっきりしていない状況で下手に動けば、裏切り者と認定されかねない。


 ふふふ。疑え……!疑いあうのだ!

 そしてどうにかなれッ!


「ちっ! めんどくせぇ! 騎士さんよ! 裏切り者がわからねぇなら全員ぶっ殺せば良いだけだろうが」


 賊の親玉っぽいオヤジがヘンリックに声をかける。


「バカかッ! 全員殺してしまうのなら、わざわざこんな回りくどい策を講じる必要はなかっただろうが!」


「騎士様、あんたは失敗したんだよ。重要なのは失敗した後どうするか……判断は早いほうが良いと思うぜ?」


 僕の話が信用されたかどうかはわからないが、一度根付いた疑念は決してなくなることはないのさっ!

 そして、その時点で天秤は多少こちらに傾いたといえるだろう。


 とりあえず、賊の親玉を【鑑定】!


 ゲームのときは使わなかったが、やはり便利だ、鑑定スキル。

 これでスキルまで見えれば文句はないのだが。

 ゲイル・ジョーンズ氏、レベル31。

 ステータスは見た目通り、HP・STR・VITが高めの脳みそ筋肉タイプ。

 つまり、格上が二人。おそらくほかの者たちも僕と同等かそれ以上……。きびしー!


「……ふ、ふふ……見事、見事!」


 ゲイル氏のステータスを確認していると、狼狽していたヘンリックが、今度はご機嫌な様子で手を叩いている。

 怒ってみたり、動揺してみたり、この男の情緒はどうなっているのだろう?


「どうした、おかしくなったか?」


「あなたは策に嵌めたつもりでしょうが、この数の賊を相手にするにはどうやら騎士の数が足りないようですよ? ……少し見通しが甘かったようですね」


「それがどうした。所詮は賊だろう。訓練された騎士が、お前のような小児性愛者に負けるわけがない」


「ちっ……どこまでもむかつくガキだ……! もういい! フランチェスカ様を生け捕りに、騎士はまとめて全員殺せ!」


 ヘンリックが苛立ちながら、賊たちに指示を出す。


 その言葉により、場の雰囲気が一変し、張り詰めた空気が辺りを支配する。

 次の瞬間――怒号と剣戟の音が、西日で赤く照らされた丘に響き渡った。

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