第12話 とある貴族の醜悪微笑(フレンドリー)
現在、王都へ向かうための馬車に揺られていた。
馬車を守るように、当家に所属する騎士たちが同行しており、御者台では執事セバスが、一定の間隔で騎士らに合図を送っている。
ちなみにパパは、公務があるので僕たちより数日あとに出発するようだ。
僕たちは早めに行って衣装の調整だとか色々あるのだとか。よくわからないけど。
衣装なんてなんでもいいだろう。
それにそんなことにそこまで時間がかかるのか疑問でもある。
目の前には妹フランチェスカと、その側付きである鋭い目つきのメイドが座っている。どうやら妹は、僕と二人きりになるのが嫌だったらしい。
信用できないからと武器も取り上げられた。
僕の大事な刀ちゃん。乱暴に扱わないでよね?
しかし、メイドが相当警戒している。
警戒というより、嫌悪なのか?すごい睨まれている。
肩にかかるほどの長さのアイスブルーの髪。
端正な顔立ちだが、表情の変化に乏しく内心の感情を窺うことは難しい。
メイドの名前はシルヴィア。僕に凌辱される運命にある。
鋭い目つきに腹を立てた僕は妹の目を盗み、シルヴィアを誘拐する。
悪漢どもの中に放り込まれ、心神喪失するまで犯されたあと、その命を奪われる。
僕の妄想ではなく、ゲームの話だ。
ヴィンセントパイセン……大悪党じゃないっすか……。
……しかし、悪というのは、なぜ世の中に蔓延るのだろう。
だってそう思わないか?
皆が嫌いなはずなのに、何故かなくならないんだ。
その答えは僕が真の悪役貴族になったときに初めてわかることなのでしょうか、パイセン……。
僕の心が読まれてしまっているのか、シルヴィアからは鋭い視線が飛んできている。どうしてだろう。まだ僕は何もしていないのに。
というか目つき悪い人多くないか?僕も含めてだけど。
妹はというと、チラチラと僕のほうを見ている。
随分と警戒しているようだ。
かたや鋭い目つきで睨まれ、かたや警戒心剥き出しの視線を向けられる。
居心地が悪いので、そっと視線を逸らし、外の景色を眺める。
……王都に着くまでは大人しくしていようかな……。
ところが、そうは問屋が卸さないらしい。
「……ヴィンセント……お兄様!」
唐突に叫び声のような甲高い声を上げる我が妹のフランチェスカ。
「……なんだ?」
ビクンと体を揺らしながらも冷静に返事をする。
急にでかい声を出すな!びっくりしただろうが!
飼いならすぞ!
というか、パパとの話し合いの時は僕のことを「ヴィンセント」と呼んでいたが……。
裏ではそう呼んでいるとかそんな感じなのだろうか。
あの時は興奮していたから裏での呼び方が出てしまったのかもしれない。
「…………」
威勢よく声を上げたものの、再び黙り込んだ妹。
チラチラと視線を彷徨わせている。
なんだこいつは……!一体何を企んでいるッ!!
「……一体何を企んでいるんですのッ!」
「え!?」
いや、別に……僕は飼いならそうとしか思っていないが。
お前こそ何か企んでいるだろう!吐け!
「……お嬢様……そのように声を荒げるのは、淑女として如何なものかと……」
「……うぅ……わ、悪かったわね! でも、お兄様が何かを企んでいることは間違いないわ!」
僕はただ、目の前のガキを飼いならす方法を考えているだけで別に何もやましいことなどない。
僕の悪徳顔が何かを企んでいるように見えるのだろうか。
何か誤解があるようだ。しっかりと話をする必要があるかもしれない。
「……別に何も企んでなどいない」
「とぼけても無駄ですわ、お兄様! ……このところ、まじめにお勉強やお稽古に精を出しているようですわね……! 何か卑劣なことを考えているに違いありませんわ!」
この妹、なかなか手強いかもしれない。
僕が悪いことばかり考えているのを見破っている可能性がある。
「……僕はただ自分のためにそうしていただけだ」
嘘は言っていない。本当のことだ。
だけど、訓練して得た力を悪いことのために使おうとしているとまでは言う必要はないのである。
これが心理戦というやつだ。
「お兄様がそんな殊勝なわけがありませんわ!」
なるほど、そう来たか。心理戦としては五分か?
まだどちらにも天秤は傾いていないはずだ。
まずは相手の信用を得るところから始めなくてはならない。
信用させて信用させて、そして落とす。
そうすることで、相手に圧倒的な敗北感を味わわせるのだ。
二度と逆らう気が起きないように、徹底的に叩くことが肝要なのである。
なので、ここは一つ信用を得る必要があるというわけだ。
「僕は心を入れ替えたんだ。お前にも迷惑をかけたな」
安心させるためにニコリとほほ笑む。
すると、みるみるうちに妹とメイドのシルヴィアの顔が青ざめていく。
「やっぱり……!」
フランチェスカは肩を跳ねさせ、声を震わせる。
続けて、興奮した様子でまくし立てる。
「一体何を企んでいるんですのッ! 吐きなさい! ……このような邪悪な存在と一緒に社交界など最初から無理だったのです! シルヴィア、やむを得ません……! 斬り捨てなさいッ!!」
「……ッ! 承知ッ! ……悪鬼、討滅します……ッ!」
腰のレイピアをスラリと抜き放つ。
な、なんだと……!?
見破られたぁッ!?
「ま、待てッ!! ……落ち着け! 心理戦の最中に剣を抜くのはご法度だろう! おい、セバス助けろ! 妹がご乱心だッ!!」
御者台にいるセバスに助けを求める。
「よくもまあ、ぬけぬけと……! そんな邪悪な笑みを浮かべておきながら……何も企んでいないなどという戯言をッ!」
「い、いや、落ち着け! 僕の顔はもともと邪悪なんだ! おい、確証もないのに私刑を行うつもりか!? 貴族だとしても許されないぞそんなこと!多分」
ちきしょう!いかれてやがるッ!
ただ、笑みが邪悪だから殺す!?
とんでもない悪党だぞ!さすがパイセンの妹っす!
……って言ってる場合じゃなぁいッ!
「お嬢様へのこれ以上の狼藉は許しません!」
シルヴィアがレイピアを振り上げる。
「いや、何もしていないんだがッ!?」
クソッ!!嵌められた!
おそらく、最初から僕を始末するつもりだったのだろう!
だから、刀も取り上げたのだ!
この距離では、魔法は間に合わない!
万事休すとはこのことかぁ!
「お覚悟ぉぉおおおッ!」
「ぎゃぁぁあああああ!」
嘘だろ……僕はこんなに急に死んでしまうのか……?
異世界転生して、魔法と剣術の練習して、勉強して、死にかけて、死にかけて、そんでもって死にかけて――。
ああ……儚い二度目の人生だった……。
……これは走馬灯?
いや、短すぎるし、悲惨な記憶しかないんだが!?
ちきしょう!こんなところで死んでたまるか!
まだ、ゲームのシナリオすら始まっていないのに……!
――いや待てよ……。
……――シナリオ?
何か引っかかる……なんだろう。
いやそんなことより……そろそろ死が訪れても良いはずだ。
百歩譲って死の間際に時間が引き延ばされる演出があることは認めよう。
だけど、いくら何でも長すぎる。
恐る恐る目を開くと――。
「くッ! なんという……!」
「な、なにをやっているの、シルヴィア! は、早くやっつけなさい!」
「お嬢様……! 申し訳ありません! この悪鬼の卑劣な策略により、剣を封じられました……!」
見ると、剣の柄の部分が天井から生えていた。
大方、勢い良く振り上げたレイピアが天井に突き刺さったのだろう。
いや、見た目に寄らず、ドジだねぇ?
しかも、なにやら僕の策略ってことになってるし……。
だが、今は都合が良い。その誤解に付け込ませてもらう。
ついでに僕のしもべにできれば、なお良いのだが……。
「くく……くくく……」
「……ッ!? 何がおかしいんですの!?」
肩の埃を払い、小さく息を吐く。
「はぁ……お前たちの浅慮には呆れてしまうな……。まさか、お前たちの行動を僕が予想できなかったとでも思っているのか……?」
天井に刺さった柄を軽く撫でるようにして触れ、笑みを浮かべながら彼女たちに視線を向ける。
「ま、まさかすべてお兄様が誘導した結果によるものだとでも言うのですかッ!」
「まったく度し難い……僕の計算に狂いはないというのに……」
ニィと口角を限界まで吊り上げる。
これじゃあ歯茎も出ちゃうよ。
「……あ、ああ……あああああ!!……ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……お嬢様ぁあああ、私が不甲斐ないばかりにぃぃいいい、ごめんなさいぃぃいいい!!」
僕の表情を見たシルヴィアは、血の気が引いた真っ白い顔をしながら、ひたすらに謝罪を繰り返す。
彼女は、感情を表に出さないタイプに見えたけど。
ちょっとさすがに悪い気もしてきたな。でも、同時にそれ以上の高揚感がある。他人を征服するとはこういうことなのかぁ……。
まあでもシルヴィアもこれで感情を取り戻した。僕は良いこともできるんだ。
しかし、セバスのときもそうだったが、効果抜群だな僕の顔。いや、パイセンのお顔。
「……ふふ、さ、さすがはお兄様ですわ……私では到底考えが及ばない悪辣な策謀……。そ、それで、そんな悪辣なお兄様に逆らった私はどうされてしまうのでしょうか……?」
小さな体を震わせながらも、気丈に笑みを浮かべる。
なんだか気分がとても良くなってきた。
「く、くく、くはははははは! ぎゃーはっはっは!! ひぃひぃ……はぁ……」
おっと、僕としたことがはしたない。
「「ッ!!」」
フランチェスカはそのエメラルドグリーンの瞳に大粒の涙を湛え、それでも気丈に振舞おうとしている。さすが、貴族の娘だ。
対して、シルヴィアは頭を抱えて、ぶつぶつと何かを言っている。
最初は威勢が良かったくせにだらしのない奴だ。
もう少し優秀なところを見せてもらわないと僕のしもべにはできないぞ。
「すまない。お前をどうするか、だったか。――何もしない」
「な、何もしない……ですって……?」
「おじょうちゃまぁあ、なでなでちてぇえ! なでなでちてってばぁあああ!! ぶぇぇええん!!」
……シルヴィアがうるさい……。
というか、僕の顔は一体どうなっているのやら。
自分では確認できないからわからない。
でもセバスといい、シルヴィアといい、反応が異常だ。
ということは僕の顔は異常なほどに醜悪な顔をしているということが導き出される。悪役貴族の鑑だな。
まあ、とりあえず、仲良くしようじゃないか二人とも。
「これから王都まで長いんだ。それまで、仲良くしようじゃないか……」
朗らかな笑みを浮かべる。
「ひっ……!」
「こわい、こわいぃいい! ふぇええん! おじょぉぉぢゃまぁあああ!!」
フランチェスカはシルヴィアを抱き寄せ頭を撫で、シルヴィアはひしとそれにしがみつく。
二人、身を寄せ合って震えていた。
これは心理戦の勝敗は僕の勝ちってことで良いのかな?
しかし……初日から面倒くさいことになってしまった。
果たして無事に王都までたどり着けるのだろうか。
もうこれ以上、何もなければいいのだが……。




