本日のおすすめ
「お店も汚いし、埃だらけだから、私が綺麗にします!」
店の隅で布にくるまれた蛇の杖がゴトゴトと揺れた。
青ざめた店主はなんとかエミリーを押し出した。
「勘弁してくれ。あんたはもう出入り禁止だ」
「そんな。働かせてください!」
もう日は暮れ始めている。エミリーは昨日と同じ場所に座り込むしかなかった。
「よっ。そこの大食い少女」
声をかけてきたのは酒場のクレアだった。
「なあに?」
「大食いは否定しないんだ。今日もうまい物ありますぜ」
「……今日はパンやアイスをいっぱい食べたから」
「それは残念」
エミリーの横にクレアも座り込んだ。香水の匂いがする。
「聞こえちゃったんだけど、働かせてくださいって言ってたよね」
「断られた」
「初めて会った時に頼もうと思ったんだけど、うちで働かない?」
エミリーは上目遣いで相手の意図を探った。
「あなたも私を騙すの?働いたら金貨3枚くれるの?」
「……ま、まあ毎日貯めたらそれくらいは余裕だね。たぶん」
「ええっ!本当に?」
「うちさ、店員がすぐやめちゃうから大変なんだよ」
「やる!」
さっそくクレアは酒場の裏口にエミリーを連れて行った。気が変わらないうちに。
「敬語は使えるよね?」
「でき!ます!」
目上の人間への敬語は蛇の杖に言われていたことだ。
「ちょっとぎこちないけど良いか。うちは客商売だからね。それにマスターはこの一帯を取り仕切ってるヤバい人だからくれぐれも言葉遣いには注意しな」
裏口の木の扉がギギギと不気味な音を立てて開いた。
そのまま調理場になっているようだ。厨房には頭髪の無い大きな男が立って仕込みをしている。
「マスター。新人連れて来たよ」
「あっ!昨日のつるつるおじさん」
「失礼なあだなをさらっと付けたな嬢ちゃん……」
聞けば、住み込みで働けるという。
「一日で銀貨5枚だ。皿を割ったりオーダーを間違えたらそこから引く」
「うん」
「返事は、『はい』な」
「はい!」
「じゃあ今日から早速お願いしようか。メニュー表を持ち歩きな」
「はい!」
どれくらい働けば杖を買い戻せるだろうか。
(1か月で銀貨150枚。2か月で金貨3枚分。生活費を含めても三か月あれば届くのかな。それとも6枚払わないとダメなのかな)
クレアが制服を持ってきた。ショートパンツに胸元が開いた鮮やかな服だ。
「なんだかちんちくりんでブカブカだねえ。サイズはあとで合わせてやるからしばらく我慢しな」
クレアは大きな布でリボンを作ってエミリーの腰に付けた。
「なんかもっとこう。まあこれで良いか」
営業が始まった。
クレアの後ろについて料理や飲み物を運ぶ。
客はジロジロとエミリーを見ている。
「まーた前のやつ辞めたのかクレア」
「この子、エミリーっていうんだよ。あんまり新人いじるなよ。辞められたら困る」
(え、クレアさん、敬語使ってないじゃん)
「へへへ。エミリーよろしくな」
「よ、よろしくです!」
ハープ奏者と歌手が打ち合わせをはじめた。
『音楽の都亭』という名前からも演奏が売りの酒場らしいのは分かる。
この日は思ったより忙しくなかった。
基本的に料理を持ってクレアの後ろをついて歩くだけだ。
一日目は無難に過ぎた。
約束通り、マスターが銀貨5枚を手渡してくれた。
「はい、お疲れ」
「はい!」
(初めて稼いだ。自分の力で……!)
エミリーは手のひらにのせられた銀貨を何度もチャリチャリと鳴らして喜びをかみしめていた。
「あんた能天気だから接客に向いているかもね」
クレアとしては良い拾い物をした気分だった。
二日目。
今日は明らかに昨日よりも客が多い。
二時間くらいクレアについて歩いた。注文を聞いてクレアと一緒に厨房へ伝えるという繰り返しだ。
「今からは一人で注文を受けてみな。失敗しても怒らないから」
「はい!」
最初のテーブル。先ほど店に入ってきた皮鎧を着た男たちだ。
「ご注文は?」
四人はエミリーを見て軽口を叩く。
「おやあ!クレアが若返ったな!」
通りすがりのクレアは男の頭をはたく。
「失礼だね!私も十分すぎるほど若いわ」
どっと笑い声が響く。
「じゃあ、ビール」
「俺も。あとリエット」
「こっちはロティ」
「ウイスキー中瓶で」
「焼きそば」
「は、はい!」
厨房ではマスターと若い男が料理を作っている。
男は大きな鍋を振りながら声をかけた。
「あんたが新入りのエミリーか。俺はマークだ。よろしく」
ここで自己紹介が来るとは思っていなかったので、注文が分からなくなった。
とにかく伝えなければ。
「よろしくです!えっと、リゾット4つ、ビール4つ、ウイスキー中4つ、焼きそばです!」
「あいよ」
リゾットはワインで味付けしてあり、チーズたっぷりの酒場自慢の米料理だ。
「お待ちどおさまです!」
「おっ。来た来た」
二人がビールとウイスキー、焼きそばを受け取る。
「あれ?」
「ウイスキーとビール多いぞ」
「すげえ量の米料理だな。頼んだのは肉なんだが」
「隣の席のじゃないか」
エミリーは間違えた注文品を厨房に持って帰った。
マスターは並べられた皿を見て尋ねた。
「どうしたのこれ」
「あの。注文間違えちゃって」
「実際は何だったの」
「えっと。肉って……」
「もう一回聞いてきな」
「き、聞いてきます」
この日、エミリーは何度も注文を間違えた。
朝になり、忙しい夜は終わった。
約束通り、間違えた分は引かれ、銀貨の支払いは無かった。
4人で間違えた品をまかないとして食べる。すごい量だ。
マークはクレアに愚痴った。
「何故か焼きそばだけは数が合ってるんだよなあ」
「ご、ごめんなさい」
店長は怒っているのかいないのか一言も話さない。
(やっちゃったなあ。明日こそ頑張ろう。分からなかったら聞き返そう。でもこんなに沢山の料理名、覚えられないよ)
エミリーは寝床にメニュー表を持って帰ったが、目を通す前に寝てしまった。
三日目。
(よし!お酒は大分覚えたはず。料理はどうしよう)
昨日の反省を踏まえて策を考えて来た。
「そこの嬢ちゃん。注文たのむ!」
「はい!今日はビール、焼きそばがおすすめです!」
「いや、ワインやりながらチーズ料理食べたいんだが」
「今日の焼きそばは美味しいんです!おすすめです!」
「そ、そんなにか。じゃあそれでいいや」
昨日よりも間違いは格段に減った。
厨房でマークは首をかしげた。
「今日はやたらとビールと焼きそばのオーダーが入るな。合うのか?ブームか?」
なんとか今日一日を乗り切った。
今日も銀貨の支給は無かったが昨日よりはマシだ。
昨日と同じように4人で誤注文のまかないを食べる。
クレアは呆れ顔で言った。
「この子、焼きそばとビールをやたらとすすめるんだわ」
マークは苦笑いした。
「あー、それで。でもなんで焼きそば」
エミリーの人生の成功体験は、今のところ、焼きそばの注文を間違えなかったくらいだ。
マスターの顔を恐る恐る見たが何も言われなかった。
恐そうな顔をしているが、怒らない人なのだろうか。
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「おお!人間の仕事はなんと複雑なのだ。お前たちは注文を間違えずにとれそうか」
剣の魔将軍はすさまじい勢いでジャンピングスクワットを繰り返しながら首を振った。
「魔王様。無理かと。剣の素振りなら一日中やっていられますが、それ以外は」
アグラットは寝転んで手の黒いマニキュアを塗り直しながら答えた。
「無理です。なんで他人の餌の種類など。それよりエミリー様はよく三日も続きますね。私なら好きでもないことをしないと生きていけないのは耐えられないです」
「やった事はないが、おそらく余も苦手じゃ。間違えながら覚えるしかないのか。人間を知る重要なカギは仕事にあるような気がするな」




