私、働きます!
店内にはランプが並ぶ。煤けた古い梁はこの酒場の歴史を物語る。
お世辞にも綺麗とはいえないが、頻繁に更新される依頼掲示板や並んだ食器は店主のマメな性格を表している。
笑い声が絶えず、酒場は活気に包まれていた。
(ほえ~)
首をすくめて女性の後ろをついて歩くと周りから声が飛んできた。
「おい!クレア!捨て猫でも拾って来たのか!」
どっと笑い声が起きる。
「うるさいね。この子はお客さんなんだよ」
「一緒に呑むか嬢ちゃん!」
「酔っぱらいは無視してこっちに座りな」
カウンター席でエミリーはメニュー表を渡された。
じっと見つめる。
「ここの料理は最高よ。字は読めるかい?」
「う、うん」
だがメニューを見てもピンとこない。
値段もそこそこする。
「じゃ、じゃあこのバロティーヌ?とブーダンノワール?で」
「はいよ」
しばらくすると豚の血の腸詰めと肉巻きが出て来た。
「あんた肉食系だね」
おそるおそる一口食べてみた。
「わあ、おいしい!」
肉汁が口いっぱいに広がる。こんなに美味しいものは食べたことが無い。
昔から村の食べ物はなぜか口に合わないような気がしていた。
ここの食べ物は宿屋の食事よりも口に合う。
「この店の料理は最高だって言ったろ」
まだ物足りない。
「このビスクってのと、ボスカイオーラ」
「はいよ」
運ばれてきたのはポタージュスープとキノコ料理だった。
(おいしい。村のキノコ料理には似ていない)
今日一日つらかったが、美味しさに救われた気がした。
「なんで泣いてるの?」
気付いたら涙がこぼれていた。涙を袖で拭う。
「おなかすいてたから。まだ頼んでいい?」
「あんたは客だ。もちろんどうぞ」
色々と注文してみる。腹が膨れると眠くなってきた。ハープの音色と少女の歌声に耳を澄ます。
さきほど外で聞いた時よりも心なしか癒される。
魔王城に潜入する内容。英雄譚のようだ。
エミリーはカウンターに突っ伏した。
(今日は疲れた。この歌の内容、テストに出そうだな)
クレアは客のオーダーを厨房に伝えに行く途中でエミリーに上着をかけた。
目を覚ますとすでに朝になっていた。
店内をスキンヘッドの大男が掃除している。
「おはよう。店じまいだ」
「あっ。お勘定」
「それ」
男が机を指し示すと値段を書いた紙が置いてあった。
(銀貨12枚。結構食べたんだな私)
「ごちそうさま。美味しかったよ」
男は白い歯を見せて笑った。
「まいどあり。また来いよ」
店を出ると朝日がまぶしい。
(もうこの店に入ることはないだろうなあ。これからどうしよう)
銀貨は残り23枚だ。
馬車に乗せてもらうなら運賃は10枚程度。
万が一、足りなければ村でパパが払ってくれるかもしれない。
ごはん代もかかるから帰るのは今日か明日か。
(でも、このまま都を離れて良いんだろうか)
思いつつ、市場でパンを買ってかじりながら歩く。
(パパが言ってた通り、都には人間にとって美味しい物が沢山あるなあ。少し観光してみようか)
思い返せば、ここに来てから勉強漬けだった。
中央に伸びる朱雀大路を歩く。
街道には店が立ち並ぶ。
舗装された道を馬車が走る。
(都会には大きな穀物倉庫とか、大きな川が流れてると思ってた)
多くの人々が行き交うが、目線が交わることは無い。
ここでは誰もが背景に見える。
村では過保護に扱われてた気がする。構われていたというか。
(みんな忙しそうだな。なんか寂しい)
しばらく歩くと気が付いた。
同じような店が並んでいる。
さっきの通りは洋服。ここらは武器防具の店が多い。
(それだけ買う人が多いんだろうな。杖を見てみたい)
ひと際大きな店に入ってみた。
看板には『武器 ラフラスウィング』と書かれている。
店内では冒険者風の男たちが武器を手に取って吟味している。
「あの~」
「はい。いらっしゃい」
「杖ってある?」
「あるけど、嬢ちゃんは戦士じゃなくて術師じゃないのかね。ここにはバトルクラブやメイスならあるが。魔法発動具なら魔術学校の通りに行くとよいぞ」
どうやら杖の用途が違うらしい。
魔法具の専門店は大通りから外れて建っていた、
店に入ると杖がずらりと並んでいる。
(きれいだな)
黒檀や紫檀で作られた杖、宝石がはめ込まれたもの、彫刻が施されたもの。
小枝サイズから大人が寄りかかれるほどの物もある。
(小さいやつを懐に隠しておいて、さっと取り出したらかっこいいかも)
杖の名前の横には「+1」とか「+2」と併記されている。
(メアリが言ってた通りだ。+3なんて置いてないな)
「何かお探しでしょうか」
店員が近付いてきた。
「杖が欲しいなと思って」
「いいですね!私も最初の一本は思い入れがあるんですよ」
「魔法を使えるの?」
「ええ。もちろん。よい杖との出会いは人生を変えますよ」
「おすすめのものはある?」
「それでしたらこちらはどうでしょうか」
やすそうな杖が床に並べられて売られている。一見するとたんなる棒に見える。
「こちらは日常生活で使う魔法の杖です。いきなり高い物を買う方もいますが。道具はその人に適したものを選ぶべきです。ひとりの魔術師として申し上げますと、一般的なものを最初に知っておいた方がよいです。素晴らしい杖にふさわしいと思えるようになったら、ぜひ当店で極上の杖をお買い求めください」
銀貨10枚の値札が貼ってあるが、半額セール中らしい。
(金額はどれも銀貨5枚か。買えなくはない)
階段に腰をかけてアイスを食べる。また食べ物を買ってしまった。
あの後、パン屋、ケーキ屋、アイス屋なども見てまわった。
買ったばかりの大事な杖を抱えながら人々を改めて見ると、さっきと違って見えた。
背景ではない。
みんな必死に生きているのだ。
(みんな働いているんだな)
パン屋ではエミリーと同じくらいの年の子が働いていた。
勢いをつけてさっと立ち上がる。
「悩むことなかったな。私も働こう!簡単なことだった!」
気持ちが明るくなった。お腹が満たされただけで気力が湧いた自分がおかしくもあった。
その足で質屋に向かう。
勢いよく扉を開けてエミリーは言った。
「私、働きます!ここで働かせてください!」
敬語に自信はないが、自分の立場は少しわかる。
質屋の親父は飛び上がらんばかりに驚いた。
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「人間の餌は旨そうなものばかりだ。アグラット、お前いつか食べて来い」
「はーい」
剣の魔将軍は片手逆立ちをしつつ言った。
「魔王様。おそらく人間社会には腕の良い料理人が沢山居るのでしょう。我らも料理人を募集しましょうか」
「やめておけ。別の意味で解体料理が得意なやつしか来ぬ。人間とは繊細で複雑な食文化を持つ生きものだな」
「何はともあれ、美味しいものを食べて、エミリー様が元気を取り戻して本当によかったです」
「うむ。思い付きからの行動の早さは余に似ているなあ」




