ぐるぐる巻き
エミリーは酒場の外で膝を抱えて座り込んでいた。
酒場「音楽の都亭」では毎日楽器の演奏と歌が披露されている。
貴族たち御用達の帝国劇場とは違い、庶民が集い、呑み明かす喧噪の中での演奏である。
今日はハープ奏者の演奏と、カウンター脇でバイトの帝国劇場研修生が歌う。
どうやら異世界の神話が題材のようだ。
外に居ても聞こえるほどの声量だ。
(今日一日が全部夢だったらよかったのに)
朝からあちこちで悲喜交々の声が上がる。
エミリーは発表掲示板の前で青ざめた。
「落ちてる……」
番号ではなく、合格者名で発表される。
Eで始まる欄にエミリーの名前がない。
受かっているわけがないとは思っていた。
半分も出来なかった自覚はある。
しかし、遠くの村から出てきて、金もだまし取られ、大切な杖を失った結果がこれである。
矛盾するようだが「ひょっとしたら」という淡い希望もあった。
(ライトの魔法はうまくできたはず。ルーン文字の問題は合っていたはず)
合格していたら国営宿舎に入り、残った銀貨で紙を買い、パパに手紙を書くつもりだった。
そして回復魔法も習うことができたはずだ。
もちろんパパからは不合格なら村に帰って来るようにと強く言い聞かされていた。
帰路の銀貨は当然残っている。
(メアリは……?)
あっさりとその名を見つけた。まだ本人の姿はない。きっと掲示板の前で待っていれば再会できるだろう。でも……。
(よかった……。おめでとうメアリ)
ふらふらとエミリーは掲示板を離れた。
(そうだ。蛇さんに結果を報告しに行かなきゃ)
勉強を教えてもらった蛇の杖。
今は質屋にいる。
足取りは重い。
試験の朝、必死に走ったあの時のほうが気分的にはマシだった。
蛇の杖は売りに出されていた。
布をかぶせられて紐でぐるぐる巻きにされている。
値段は金貨6枚である。
「なんで売られてるの?」
質屋はあきれ顔で答えた。
「お嬢さんね。うるさい棒きれを質入れしたのはあんたでしょ」
金貨3枚を返せない場合は売りに出されるのは分かる。
理解できないのは昨日の今日で店に並んだことだ。
「寝てたところをたたき起こされて、言い値を払ったんだ。猶予はなくても仕方ないだろう」
「布をとっても良い?」
「売り物だからな。銀貨3枚で許可しよう」
エミリーは銀貨を払うと紐をほどいて布をめくった。
(蛇さん、口が悪いからなあ……)
「このハゲ野郎ッ!俺様をぐるぐる巻きにしやがって!」
やはり悪態をつき続けた結果、こうなったようだ。
「蛇さん聞いて。……私、試験に落ちたよ」
あれだけ勉強をみてもらったのに申し訳ない。
「そうか。それが今のお前の実力ってだけのことだ。試験なんてそんなもん。気にせずに村に帰ろう」
杖が言い終わると質屋は静かになった。
エミリーがわずかに片足に体重をかけるとギシリと床が鳴った。
(あれ?もっと何か言われるかと思ったのに)
受験に落ちるということは、つらい。
「あのね。私……」
「おう。お前は頑張ったと思うぜ」
「お前ではなくて『エミリー』」
「はいはいエミリー」
胸が張り裂けそうだ。エミリーは泣き出した。
悔しい。自分の力はこの程度だったのだ。
「泣くな!試験は受けられたんだ。ラッキーだったじゃねえか。それより金が残ってるうちに村へ帰りな」
「でも、蛇さんが」
「頼むから無事に村へ帰れよ。実は俺にはエミリーの命の危機が迫った時に発動する魔法が仕込まれてるが、こう離れてしまっては意味がないからな。エミリーになにかあればカマドにくべられちまう」
「私、どうしたらいいの……」
「いいかエミリー。困った時は自分で考えろ。人に聞いてばかりいたら大事な時に判断できないやつになる。考えた上で出した結論なら間違ってたっていいじゃねえか」
質屋は頭を掻きながら言った。
「そろそろ出て行ってくれないか。営業妨害だ」
赤い屋根の家が並ぶ街並み。エミリーは肩を落として歩いた。
(本当に試験に落ちちゃったんだ。蛇さんは戻ってこないんだ)
実感が湧かない。
美しいアーチをえがく石橋には聖女のレリーフが掘られている。
エミリーはレリーフを撫でながら思った。
「このまま手ぶらでは帰れない。ママの形見だけでも持って帰らないと」
(銀貨はまだある。何か方法を自分で考えよう)
エミリーは再び質屋の前に立ってみた。
(まずはお店に入らないと。「私、お客さんです」って言ってから……)
そのあとに続く言葉が思い浮かばない。
エミリーはへたり込んだ。
思えば朝から何も食べていなかった。
良い匂いが流れてきた。
隣の酒場は営業を開始したようだ。
膝を抱えてうずくまる。
(どうしたらいいの。考えろって言われても、なにも思いつかない)
エミリーの地味な色の服は保護色のように酒場の壁と一体化している。
誰も彼女のことなど気にもとめずに通り過ぎていく。
質屋の扉が開いた。
表に出した立て看板を店に入れているようだ。
質屋はエミリーをちらりと見てギョッとしたようだった。
扉は閉まり、素早く鍵がかけられた。
少し顔をあげたエミリーは立ち上がる気力もない。
(無理だ。私の頭では)
夜更け。
「ちょっと。あんた」
エミリーは声の主を確認した。
声をかけたのは若い女性だ。肌を露出した鮮やかな服を着ている。
「あ、お金を貸してくれなかったお姉さん」
「言い方ね。どこから来たのか知らないけどさ。ここ治安良い場所じゃないよ。宿に帰りな」
「今日の宿、とってない」
「はあ?まあいいけど。店の前で座るのだけはやめておくれよ」
「ごめんなさい」
エミリーは店から数メートル移動して再び座り込んだ。
「……あんたさ、お腹すいてない?」
エミリーは顔をあげた。
「すいてます!」
「良かったら食べてかない?もちろん有料で」
======================
魔王はやきもきしながら見ていた。
「何も気にせず胸を張って帰ってこいと言いたい」
アグラットは床に寝そべりながら爪を研いでいる。
「本気で帰らせるおつもりなら、エミリー様に私が言いに行きますよ?人間が受験に落ちるつらさは堪えますねえ」
剣の魔将軍は体を捻りつつ素振りを繰り返している。
「試験は実力を計るだけなのですが。ついつい実力以上の成果を期待してしまいます」
受験に失敗したら、努力や運も含めて全てを否定されたような気になるのだろうと魔王は思った。
だが帰らせて良いのかまだ悩んでいる。
「わしが受験対策の指導が出来ていれば。カドュケウスの言う通り。正直、甘く見ていた。それはそれとしてカマドにくべてやりたいわ」




