レガリアの使い方
帝国内に蜘蛛の巣のように張り巡らされた街道はマルスルトと呼ばれている。
マルスルトを行く人影が三つあった。
先頭を行く杖を持った少女が立ち止まる。
「リュミシー。疲れてはいませんか?」
三人とも若いが、一人だけ足取りが重い。
「大丈夫ですユーリ様。帝国騎士たる私がこんな事で情けないです」
「休憩しましょう」
「いいえ。大丈夫です」
「でしたら背中の盾、私が次の村まで持ちます」
小柄な騎士の背中には白い盾がくくりつけられている。
必要以上に目立たぬよう泥を塗っているものの、魔法具特有の光を微かに発している。
「これをユーリ様に持たれては私の存在意義が無くなってしまいます……」
二人の会話を聞いてたもう一人は笑った。顔立ちはリュミシーと瓜二つ。
双子であるが、体はひと回り大きい。
「魔術師であるユーリ様の方が体力ありそうだもんね」
少し立ち止まって盾を背負いなおしたリュミシーは苦笑いをした。
「リュクロス、それは言わないでよ……」
リュクロスと呼ばれた少女は背中に大剣を背負っている。
「大きな盾に押しつぶされそうなリュミシーは可愛いなあ。抱きしめてあげたい!」
両手を広げて大げさに言った。
「殴るよ?」
まるで出掛けたばかりのハイキングのように和気藹藹としているが、彼女たちが都を出てからひと月経とうとしている。
「二人とも、ストップ」
「どうされましたか」
ユーリは前方を指差した。魔力を感知したのだ。
リュミシーは目を凝らした。人影だ。まだ距離はある。
「羽が生えているような」
「さて……」
ユーリは杖を握り直すと、口早に詠唱した。
「彬彬として理知たる宝庫より引用する。対象を顕せ、『アンスール』」
魔術によって浮かび上がったルーン文字が光る。
「何者でしたか」
「サタナキアのしもべ、プルスラス。帝国のデータによると、先の大戦での討伐対象となっています。手ごわいですよ」
「先の大戦の魔族!へえ!骨董品ですね。ワクワクします」
リュクロスは巨大な剣を構えた。羽の生えた男は真っ直ぐな道を一直線に近付いて来る。
「リュミシー、あれやってよ。早く早く~!」
わざと焦らせるような口調に、リュミシーは慌てて首を振った。
「この距離だと間に合わないし。私なんかの下級魔術、その剣にかけてもあまり意味ないって知ってるでしょ!」
「験担ぎだからさ」
「もう!求遠せよ。力の理を……」
両手をリュクロスの剣にかざしたが、すぐに手を引っ込めた。集中できない。羽の生えた男が目前に迫ってきている。
「だめ!今日も失敗!もう目の前まで来てるよ!」
リュクロスはリュミシーの頭をポンと叩いた。
「う~ん今日も可愛い!」
一足飛びに大きく踏み込むと魔族プルスラスを一閃した。大剣が風を切る音、土煙が舞い上がる。
手ごたえはあった。しかし岩を剣で殴ったような軽いしびれが手に伝わってきた。
羽の生えた男は薄ら笑いを浮かべながら剣先を握りしめている。
その手には魔力で生み出された炎が宿っている。
(私の一閃を受け止めるのか。なぜ反撃してこない)
「これは驚きましたな。お供が二人だけ。しかも女騎士とは!女にしては良い一撃ですよ」
リュクロスは口をニヤリとゆがめた。
「ふん。女の剣がぬるいだと?後悔するなよ」
「これは失礼。いずれにせよ、君のような粗野な女には興味ないのだ。そちらの高貴なユーリ殿と話をしたいのだが。我が名はプルスラス。皇女様。お初にお目にかかります」
男の目からは殺気しか漂ってこない。大方油断させて命を奪うつもりだろう。
ユーリは男を無視して周囲に注意を払っている。
「リュクロス、大丈夫そうですか?」
「大丈夫です」
露骨に無視されたプルスラスは怒りを露わにした。
「これはこれは!嫌われたものだ。では、メインディッシュはお供の女を喰らってからにしましょうかね」
炎の手に掴まれた大剣をなかなか外せない。
力の伝わり方を抑制する効果が付与されているようだ。
「くっ!こいつ!」
お互い動けない。もともとそういう魔法のようだ。
「あなたは危険なので抑えておきますよ!」
プルスラスは森を向くと顎をあげた。
次の瞬間、地響きとともに森から巨大なサイクロプスが駆けだしてきた。
間にある小さな木を飛び越え、わずかな歩数でユーリ達を補足し、間髪いれずに巨大なこん棒が振り下ろす。
「ユーリ様!」
リュミシーは目を閉じてサイクロプスに背を向けると、ユーリに抱きついた。
ドシン!
土煙が木の上まで舞いあがり、地を揺るがす衝撃がリュクロス達の場所にまで伝わってきた。
「ミンチにしたら話が出来ないではないですか。あなたもご覧なさい!食べやすくなりましたよ!ハハハハハ!」
「……おめでたいな」
「ハ?」
「よく見てみな」
こん棒は確かに振り下ろされたが、二人の頭上で静止している。背中の盾からあふれ出る光の膜が二人を覆っている。
「なんだ!?」
「皇女一行がレガリアを持ち歩かないとでも思ったのか。馬鹿め」
次の瞬間、大剣の柄が形を変えた。
続いて刃先を中心にして五芒星が浮かび上がる。
周囲の魔力が大剣に吸収されていく。
刃を掴む魔力の炎も消えた。プルスラスは危機を感じて手を離して背を向けたが遅かった。
「吹き飛べええ!」
リュクロスはその背に魔力を込めた巨大な剣を叩きつけた。
「ギエエエエエ!!」
プルスラスは絶叫と共に粉々に吹き飛ばされ塵と消えた。
それを見たサイクロプスは慌てて森に逃げ帰る。
「逃がさない!」
「リュクロス、いいのです」
ユーリは軽く手をあげて制した。
「……逃げるサイクロプスの後ろ姿ってなんだか可愛いですね」
まだ目を瞑って震えているリュミシーの髪を優しく撫でながらユーリは笑った。
「はあ……可愛いですかね」
「それよりも先を急ぎましょう。私たちを救ってくださる、あのお方に会わねばなりません」




