パパと覚えた魔法
「またあなたですか」
走り込んできたエミリーに受付は呆れた。
「金貨3枚、持ってきたよ!」
「もう駄目です。来年来てください」
「そんな……」
エミリーは目の前が真っ暗になった。革袋を漁るとチャリンと銀貨の音がした。
そうだ、出し惜しみをしている場合ではない。
「銀貨20枚も付けるからからお願い……」
「はあ!?」
懇願していると、さっきの警備の男が近付いてきた。
「忙しい時に騒ぐお嬢ちゃんも悪い。だからって意地悪せんでも」
「あなたは黙ってて」
「まだ問題用紙を配布する前だろう。規定では配布されるまで入って良いはずだ。丙式魔術学校は庶民のための学校だ。門前払いはよくない」
エミリーは二人のやりとりを固唾をのんで見守っていた。
しばらく受付の女性は男を睨んでいたが、大きなため息をついて言った。
「何か言われたら、あなたが全部やったと言いますからね!」
「どうぞ」
男はエミリーを促した。
「ほら。静かに入室しなさい」
「ありがとう!おじさん!」
「俺、おじさんに見えるのか……」
(遅れて入ったら注目されちゃうかな)
前の扉から恐る恐る入室する。だが、誰も顔を上げて見たりはしなかった。
(みんな集中してるんだ)
問題用紙が配られ始めた。
表紙には注意事項と設問の数が書かれている。
落丁には手を挙げる必要があるようだ。
さっそく枚数を確認する。
(全部で100問。制限時間に注意しないと)
「解答を開始してください」
一斉に紙をめくる音が響く。
問一、先の大戦で最初にレチタティーヴォの丘に陣取ったのは誰か?
(どうしよう。歴史苦手だ……。最初にって?誰だっけ。のちに有名な人なんだろうな)
問二、丘で唱えられた輪唱魔法の名前を答えよ
(なんだったっけ。攻城戦用の……大人数で魔力集めて城を押しつぶすやつだよね。名前が出てこない)
問三、帝国が所有するレガリアを一つ答えよ
(ガラハドの盾だけ思い出せる。一つで良かった)
問四、盾のレガリアを三つ答えよ。問三と重複してもよい。
(さっきのガラハドの盾と。ヘビさんが何か言ってたような……アイなんちゃらの盾?あとカラドボルグを三回受けてもへこみもしなかったやつ。思い出せない)
問五、氷を表すルーン文字を書け
(これはIだ)
問六、物体を凍らせる魔法の詠唱文を書け
(え……。このレベルの詠唱って入学してから教わるわけじゃないのか。このままだと落ちちゃう)
空欄提出だけはダメだと蛇に言われている。出来たわけではないが何とか埋めた。
午後は少人数に別れて実技が行われた。
「今年の実技は『ライト』です。一列に並んでお待ちください」
(やった!パパと覚えた呪文だ)
例年、審査するのは丙式魔術学校の教官である。
だが今年は甲式魔術学校の教官もヘルプに来ている。
「ナウシズさん。今日は申し訳ありません。人手が足りず」
「いえいえ。これだけ入学希望者が多いと大変でしょう」
「今年は特に多いのです。隣の国の魔王軍との戦争を見て庶民も危機感を募らせているのでしょうね」
呪文にはカンペが用意されている。
10人ずつ一斉にライトの魔法を唱える。
魔法は集中力によって成否が決まる。呪文を間違えずとも発動しないこともある。
今年は人数が多いため、不出来な受験者を弾きやすい魔法が選ばれた。
ざっと見て弱い光は減点対象だ。良いと思った受験生にチェックを入れていく。
「こうしてみると、ライトでも特徴が明確に出ますねえ」
「まあ向き不向きもありますね」
結局、何を練習してきても出題内容は分からない。
全ての対策は出来ないため、ある意味、運だ。
そういう意味ではこの時、エミリーは運がよかった。
「校門で騒いでいた子だ。意外とよいライトだ」
「ふむ」
エミリーは貸し出された杖を握る。蛇の杖のことが頭から離れないが集中せねば。
(絶対に受かってみせる……)
試験は終わった。
門を出たところでメアリが抱き着いてきた。
「良かった!心配してたんです。受験できたのですね!」
「うん。心配かけてごめんねメアリ。試験どうだった?」
「まあ予想通りでした」
どうやら満足のいく出来栄えのようだ。
「そ、そうか。良かった」
(メアリ、頭良いんだな)
宿に帰るとエミリーはベッドに倒れ込んだ。
(金貨どうしよう。誰かに借りる?それに、たぶん半分も出来てない。まずい。これはきっと……)
ノックの音がした。メアリが顔を覗かせている。
「メアリ。どうしたの荷物をまとめて」
「私、帰るのでご挨拶に」
「結果は三日後だよ」
「ええ。私、帝都の近くに住んでるって言いましたよね。実は弟や妹達が沢山いるんです。家は結構うるさくて、父が気を利かせてここで勉強させてくれていたので……」
(帝都外周のメイヨー地区だっけ。家族が多いんだ。だから銀貨五枚では暮らしていけないんだ)
魔術学校は入試こそ金が要るが、入ってしまえば国営宿舎が用意されている。
メアリの家庭にとっては口減らしもできる。
金貨のこと、もちろん言い出せない。
「メアリ。今日までありがとう。私ね、ずっと不安だったんだ」
「エミリーさん。私もです。お互いの結果がどうあれ、この出会いには感謝しています」
二人は静かに抱き合った。
夜が訪れた。
結構な数の宿泊者が去った。
昨日の夜には思いもよらぬ静寂である。
すでにメアリも蛇の杖も居ない。
「どうしよう。金貨3枚か……」
何も思いつかない。でも……。
明日考えよう。きっと明日の自分が良い案を思いつくはずだ。
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「魔王様、申し訳ありません」
「どうした」
「人間にとっていかに受験が大切か分かっておらぬ発言をしていました」
「余も受験出来てそこだけは、本当によかったと思っておる」
「金貨三枚、すぐにお届けいたします」
「まて。さっきアグラットが言ったことを考えていた。様子をみよ。娘が人の世でどう悩み、どうするのか。我らは見守ろう」
アグラットは褒められたと思い、得意げだ。
「わかりました」
剣の魔将軍はモヤモヤした気持ちを抱えたまま猛烈な速度で素振りを再開した。




