金貨3枚の質草
ついに受験当日の朝がやってきた。
会場は試験の一時間前から入れる。エミリーとメアリはすでに到着していた。
「もう大分集まって来てるね。何人居るんだろう?」
エミリーは緊張できょろきょろしてしまう。
蛇の杖はたしなめた。
「会場の雰囲気に吞まれるなよ。この日のために勉強してきたんだ。どんと構えろ」
街には黒い旗が並んでいる。それを見るエミリーに帝都民のメアリが説明した。
「試験日は大戦の鎮魂記念日ですから。皆を救った聖女が亡くなった日でもあります」
飾りの影響なのか都全体が陰鬱な雰囲気だ。
赤レンガの建物の入り口では女学生が受付をしていた。
「筆記試験会場では杖の持ち込みは禁止されています。向こうの保管庫で預かります。実技試験の時に使用します」
「はーい。メアリのも持って行ってあげるね」
「ありがとう。じゃあ私は支払いの列に並んであげるね」
エミリーはいぶかしげな顔で聞いた。
「ん?メアリはまだ払ってなかったの?」
「え?」
エミリーは革袋から「支払い済み証」を取り出してメアリに見せた。
やりとりを目の前で見ていた受付が言った。
「受験料は金貨3枚です。そちらの列にお並びください」
(ん?)
「だって学生さんが言ってたよ。先に払う習わしだって」
受付の女性は次々訪れる生徒の対応に忙しそうだ。
「すみませんが立ち止まられると迷惑ですので。そちらの方は一度出て頂けませんか。あなたは杖を預けたらさっさと支払いの列へ」
「エミリーさん……」
「つ、杖は預けておいてあげるよ」
頭の中がぐるぐると回る。メアリに迷惑はかけられない。
「どういうことだろう?」
金髪の青年に金を渡した。
それで、払ってもらったはず。
でも今から払うのが正しい?
気が付くと、門の外に居た。茫然自失で立ち尽くしていると蛇の杖が声をあげた。
「おい!しっかりしろ!」
エミリーの目から大粒の涙がこぼれ出る。悔しい。
「ううっ……」
「泣くな!うっとおしい!」
「だって、蛇さん……。何が起きてるの……」
「騙されたなあの野郎に」
(パパが一生懸命用意したお金のはずなのに。全部、私の不注意で)
試験は夏に一度きり。
次は一年後だ。
「ねえ蛇さん!すごい杖なんでしょう?ううっ……。お金、お金を出せない?」
「馬鹿。俺は道具なんだよ。錬金術師にでもなってお前がやれ」
「うわああああ!」
受験生たちは泣き声を上げるエミリーを横目に足早に通り過ぎていく。
「まずいな。旅人の守護の力を持つ俺としたことが。詐欺の防御効果は弱かったみたいだな。お前のパパに折られてカマドにくべられてしまう」
「パパはそんな酷いことしないよ。うっうっ……」
「お前はあいつらのヤバさ知らないからそんな事言えるんだ。困ったな……」
(落ちるならともかく、受験も出来ずに村には帰れない)
このままじゃ終われない。
恥も外聞もない。エミリーは大きな声で助けを求めることにした。
「誰か、お金を!お金を貸して!」
笑う者もいたが、大半は憐れむような眼差しだ。
「お願い!お願い!お願い!」
助けたい者からしても金貨3枚は大金だ。
受験前に貸して動揺したくないし、そもそもが詐欺かもしれない。
ひとしきり泣き叫んでいると蛇の杖が声をあげた。
「いや待てよ!いい案思いついたかも。まだ時間はあるな」
「えっ!さすが知恵の杖!」
「エミリーちょっと戻れ」
門外から戻ってきたエミリーを見て受付の女性は露骨に嫌な顔をした。
ここまで声が聞こえたので門の外で騒いでいたのは分かっている。なにしろ今は忙しい。
「なんでしょう」
「この辺りに質屋ってない?」
「はあ?警備!」
巨体の男が近付いて来る。金属の鎧を着ている。
(わわっ!どうしよう怖いよ)
男はエミリーの肩をぽんと叩いて言った。
「質屋ならそこの裏通りにあるぞ。隣は大きな酒場になっているはずだ。急げ」
「あ、ありがとう!」
エミリーは全力で駆けだした。
「蛇さん、すごい杖なんだから魔法でこう、何か思いついたのかと思った」
「どんな世界でも魔法の前に現実があるんだよ!覚えておけ!」
裏通りにあるのは『音楽の都』という名の酒場だ。ひと際大きな看板が目をひく。
仕事着だろうか。酒場の前では鮮やかな服に身を包んだ女性が掃除をしている。
「お姉さん!質屋どこ?」
「そこの青い扉の店。今は閉まってるよ」
「えええ!」
「まだ早いだろ。寝てるんじゃない?昼には開くよ」
エミリーは扉を一心不乱に叩いた。
「開けて!お願い!」
「やめなって、きっと寝てるんだよ。夕方おいで」
「私、どうしても今、お金が要るんです!」
女性は掃除の手をとめた。
「訳あり?貸してあげようか?」
「本当に!?なんで?」
「あとでして欲しいこと思いついたから。で、いくらよ」
「金貨3枚」
「それはちょっと無理かも」
その時、質屋の扉が開いた。エミリーは顔を輝かせた。
対照的に、質屋の主人は不機嫌そうだ。
「叩いてたのは嬢ちゃんかい?勘弁してくれよ。準備中だよ」
「あの、その……」
頭も口もまわらない。金貨3枚、どう交渉したらいいのか。
蛇の杖は即座に言った。
「俺を質に入れたいんだと。この子に金貨3枚貸してやってくれ」
「ほほう!これはまた面白そうな杖だな」
「急いでるんだ。早く!」
質屋は杖を受け取ると店の奥に消えた。
エミリーは焦るばかりだ。
「ほらよ。質入れの意味、分かってるか?ここにサインしろ」
名前を書くと金貨を受け取った。
「ありがとう!じゃあ蛇さん、後でね!」
「この俺様が金貨3枚で質屋に。掘り出し物ってレベルじゃねーぞ……」
いまは急がねば。走りながらエミリーは涙が止まらない。
(絶対に試験に合格しないと!)
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「受験しに行っただけなのに、早速めちゃくちゃではないか」
「魔王様。エミリー様が不憫でなりません。帝都を滅ぼしましょう。やはり人間はゴミです」
「まあ、待て。今は余の力も兵力も足りぬわ。おい、アグラット。居るか」
「はい。ここに」
「今から帝都に向かえるか」
「承りました。でも魔王様」
「なんだ」
「人間のことを学ぶためにエミリー様を送られたのですよね?」
「そうだ」
「ここで手出ししたら、せっかくの計画が台無しでは?」
「控えよ。アグラット。魔王様の命令だ。金髪のガキを探し出して殺せ。ついでに魔術学校を破壊しつくしてこい」
「別に良いんですけど。ここからが人間を学ぶチャンスだと思うんです。やれと言うならやりますけど~」
「何も帝都を攻撃しろとは言っていない。哀れな娘に寄り添ってやれる者が必要なだけだ」
「なら、私が行ったところで何にもなりませんよ。それにエミリー様、傷つくんじゃないですか?」
「なに?エミリーがか。なぜだ。」
「まず、パパ様のお金を騙し取られたことがばれますしね。それに女の勘ってやつですけど、いろいろまずい流れになりそう。私は彼女を信じて様子を見ることを進言します」
「……いいだろう。だがいつか帝都に様子を見に行ってもらうぞ」




