おもかげ
「これは発火魔法が仕組まれた薪です。ここにルーン魔法が刻印されています。私はこの薪を魔族が運んでくるのを見たの!」
エミリーは薪を高々と掲げると刑場の火に投げ込んだ。
轟音と共に爆炎が吹き上がる。およそ薪の火力ではない。
「おお!?」
人々はどよめいた。
投げ込んだエミリー本人も驚いて尻もちをつく火力だ。
炎はまだ継続して発火を続けている。
「これはシリウスさんの失火ではありません。誰が放り込んでもこうなるの!彼は誰かにはめられたの!」
刑場の騎士達は口々にエミリーを責め立てる。
「我々の調べと違う!」
「いい加減なことを言えばお前も牢屋行きだぞ!」
「嘘を言うなクソガキ!」
「その薪はお前が用意した物だろう。今証拠を投げ込んだぞ!つまりもう、証拠はない!」
エミリーは必死に抗弁した。
「同じ薪が東宮の薪小屋に沢山あります!証拠はそこにもあります!」
野次馬達はエミリーに加勢し始めた。
「じゃあすぐに見に行けよ!」
繁華街でトラブルばかり起こしている騎士団の評判は悪い。
「我が騎士団に庶民が意見するか!決まった刑を執行するまでだ!」
とりあえず強気に出てみたが、動揺は隠せない。
野次馬からの罵声が止まらない。ニコラの視線も厳しい。
「わ、わかった!それほど言うなら処刑後に俺たちが責任を持って調べておく。あ、安心せよ!」
ニコラはエミリーの肩を叩いた。
「案内しなさい。今すぐに皆で確認に行きましょう」
エミリーに笑顔が戻った。
「はい!」
この薪小屋にこれだけの人々が集まるのは帝国史上最初で最後だろう。
小屋を取り囲む群衆の視線は老女の見つめる薪に集まっている。
「確かにルーンを刻んだ薪がここだけ積んであるわね」
「その56番っていうのが東宮で使う薪なの」
刑場の騎士が口を挟んだ。
「何故、それを貴様が知っている!」
「そ、それは……」
「それは私がご説明します」
群衆の中からリーナが進み出た。一部始終を刑場の片隅で見ていたようだ。
「私とシリウスは恋仲で、手紙のやり取りをしていたんです。56番の薪の棚に手紙を置いてました。その受け渡し役としてエミリーちゃんを雇いました。ギルドを通した依頼票もあります。東宮の薪の場所をエミリーちゃんに教えたのは私です。証拠として手紙を提出します。シリウスの私物が残ってるなら、手紙の中でエミリーちゃんへの感謝の気持ちの記述があるはずです」
ニコラは薪を手に取った。微かな光がその手から湧き上がる。
「いいえ。人の恋文を読む趣味は無いわ。この薪、魔族の魔力を感じる。発火魔法も仕込んである。宮廷魔術師に鑑定させてみましょうか。間違いないわね。シリウスを釈放しなさい」
「いや、しかしニコラ様、それではまるで我々が……」
刑場の騎士達のメンツは丸つぶれである。
「あら?そういえば妙ね。シリウスは最初放火の罪で捕まえたって聞いたわ」
「いえ。その、あ、あくまで容疑としてですね……」
「予断、証拠不十分、冤罪、真犯人取り逃がし。まさかとは思うけど、誰かに指示されてないでしょうね?今日の帝国議会の議題に上げるから詳しく説明してもらうわ。私の執務室に来なさい」
縄を解かれたシリウスはリーナと抱き合った。
2人を取り囲む群衆は帝国劇場の観劇後のように大喝采を送った。
(よかった……)
エミリーは隠れるように酒場に帰って行った。一睡もしていない。
(今日くらいは勉強を休んでもいいよね)
ベッドに倒れ込むとそのまま仕事の時間まで泥のように眠った。
営業がはじまる。
「本当に禿げあがるかと思ったぜ」
エミリーはマスターの頭をちらりと見た。
「本当に申し訳ない」
「冗談なんだから、そこは笑っとけ……」
ジュリアはビール片手にサラミをかじりながらエミリーの肩を抱いた。
「でも本当に良かったよ!もう処刑場なんて行きたくないよねえ」
「ジュリアもありがとう。みんなも心配してくれて、力を貸してくれて嬉しかった」
日が変わる頃、白いローブをまとった老女が来店した。
マスターはエミリーにビールを渡した。
「ほら、おごってやれよ。仕事は良いから、相手してこい」
「えっ」
マスターのおごりなど初めて見る。
「あの、マスターから」
「ありがとう。でも払うわよ。昨日の今日だから勘ぐられたくないしね」
老女はフードから顔を覗かせた。
「あっ!昼はありがとうございました!えっと、偉い方」
「敬語は良いわ。ちょっとばれたくないので、おばあちゃんと呼びなさい。あなたと話したくてね。今、お仕事中なら後で」
「マスターがお相手しろって言ったから大丈夫だよ。おばあちゃん」
「入った瞬間に私に気付くとは、あなたのお店のマスター、相当出来るわね。それにしても、こうして見ると思いのほか子供ねえ。ぶしつけな質問、幾つか良いかしら」
色々と話をした。
辺境の村から出てきたこと、帝都で受験料を騙し取られたこと、路地裏で座り込んでいたエミリーをクレアが拾ってくれたこと。
キメラに食べられそうになったこと、ワイバーンに捕まえられたこと。
不思議と老女の前ではいろいろな事を包み隠さず語ってしまった。
「お母さんは?」
「死にました。ショックからか、あまり覚えてないけど。パパがママの代わりだから」
「ふむ。あなた、結構ひどい目に遭ってきてるけど前向きね。今もその年齢で酒場で働きながら受験勉強でしょう?」
「ひどい目?そうかな?かなり幸せだよ。帝都は素晴らしい大人が多いから。受験についてはその、私、結構頭が悪いみたいで覚えられないので苦戦してるだけです」
辺境の裏であろうと王宮だろうと、酒場だろうと、腐る人間は腐る。
ニコラは沢山の人を見て来た。
人は人を映す鏡である。
素晴らしい大人などいない。
周りの大人など、エミリーの心根が映しだした鏡にすぎない。
「あなたに会った時、懐かしい人の香りがしたの」
「香り?」
「あなた。命は大切にしなさいね。早死にした知り合いにどことなく似てる気がする」
「えっ!私どうすれば」
「そのままで良いわ。その子もあなたと同じで思ったことをすぐに行動に移すの。気を付けて。あなたは誰かに助けられて乗り切るようだけど、彼女は膨大な魔力で1人で乗り切っちゃった。それが最後に裏目に出たわね」
どうにも気になるのはエミリーから魔王の魔力の残滓を感じることだ。
どう見ても普通の人間。
思い出の人と、顔は似てる。
この混在した感じ。
(何もかもが混ざりあってありえない。私がボケ始めてるのかしら。こうやって触れてみても実力を隠しているわけでもなさそう。魔法の才も平凡。魔王の手先ってわけでもなさそうな)
ニコラは懐から金のかんざしを取り出した。
「これあげるわ。今日のお手柄のご褒美」
「わあ!ありがとう」
「いいえ。私がお礼を言いたいの。無実の帝国民を守ってくれてありがとう」
老女はビールを飲み干すと銀貨を2枚置いて席を立った。
「遊びに来なさいって言ったけど想像以上に忙しそうな子ね。また遊びに来るわねエミリー」
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アグラットは誇らしい。
「エミリー様、お手柄ですね!」
「エミリーは人間でありながらも、私の娘だ。ニコラには何か感じ取れるのか」
「どうでしょうね。雰囲気が似てるだけってことでしょうか。それとも……」
アグラットは聞きたいことを寸前で飲み込んだ。
魔王にどこまで踏み込んで聞いていいのかアグラットは測りかねている。
「大前提として死んだものは戻らない。どうあっても肉体から魂は去ってしまう」
魔王はアグラットの言いたいことを察してか、静かに言い切った。
「エミリーはミリアムではない。人間でありながら、余の自慢の娘だ」
親として、娘の成長を噛みしめる魔王の様子に剣の魔将軍もアグラットも微笑んだ。




