恋文
今年の冬はかなり寒い。
職場の暖炉で手を温めながらエミリーは勉強に取り組んでいた。
土日はマスターが気をまわして早い時間から暖炉を付けてくれる。
仕事が出来るようになったと良く褒めてもらえるようにもなった。
ブレンダに習うようになってから、自分がいかに基礎が出来ていなかったかを痛感した。
最近、授業後に質問をするとブレンダが分からない事が多いようで困っている。
「エミリーさん、答えられなくてすみません。来週までには調べてきますので。でもテストで出にくい部分です。テストで問われるのは知識の最大公約数です。細かいことろは入学してから教えて貰えますので」
確かに一理ある。どうもエミリーは実力が伴わない事に挑戦したがる。先走る傾向があるのかもしれない。
復習に関しては、授業の内容を日記にするようにしている。
「春先には過去問題集を解き始めた方がいいかと思います。受験は夏ですからね」
「過去問題?」
「はい。実際に過去に出題された問題に挑戦して傾向を掴むのです」
「なるほど……」
聞けば魔術学校通りの魔法具の店の近くに本屋があるらしい。
さっそく図書館の帰りがけに寄ってみることにした。
過去問題集はすぐに見つかった。10年分が並んでいる。
「た、高い……!」
1年分が金貨3枚。だが背に腹は代えられない。
ブレンダは値段について全く言及していなかった。甲式魔術学校に通うブレンダもご多分に漏れず貴族である。
(どうしようか。他に使うこともないし)
エミリーはためらったが買い求めることにした。エミリーは気付き始めていた。勉強は思いのほか金が必要なのだ。
(また冒険者ギルドの依頼を受けてお金を貯めようかな……。でも怖いな)
収入にはなったが、ギルドの依頼で結果として命の危険に晒され続けているので、エミリーは臆病になっていた。
(お使いとか。その程度の仕事って無いかな)
酒場に帰ると自分が貼りだした掲示板を隅々まで読んだ。
「ゴブリン退治」「エルフとの交渉」「真土の採取」「野党討伐隊への加勢」
(うーん、出来そうなものが無いなあ。あれ?これは)
掲示板の下の方に小さな依頼書がピン止めしてある。指定の形式とは違う。
「お手紙配達 30回で銀貨30枚 面接あり」
(これこれ。こういうの探してたんだ)
依頼主は「リーナ」とある。
(うちで歌ってる子だ)
その夜。
酒場での出し物が終わるとリーナは水を一口飲んだ。
ウェイトレスから報酬の銀貨を受け取れば、あとは帰って寝るだけだ。
「リーナさん。これ私が引き受けても良いかな?」
銀貨を渡しながら、少女は依頼票を見せた。
同じ店で働くが、二人はあまり話したことがない。
「ああ、手紙の。ありがとう!エミリーちゃんだっけ」
詳しくは覚えていないが夏ごろには働きはじめていた子だ。
少し危なっかしいが、まじめで信頼できる子だと聞いている。
「そうです。エミリーです。お手紙ってリーナさんの書いたものだよね」
「ええ。私と彼が書いたものを定期的に運んでほしいの。もう依頼したいから、詳しく説明していいかな。私は帝国劇場の研修生として働いているの」
それはクレアから聞いたことがある。
帝国の劇場の研修生になるには厳しい試験があるらしい。
試験に通れば結構なお金をもらいながら歌劇に出演しつつ、勉強にもなるという。
リーナは顔を赤くしてモジモジしている。
「私には同郷の男友達が居るんだけど……」
エミリーはピンときた。
(なるほど。恋文かあ)
「彼の名前はシリウス。頻繁に手紙のやり取りをしているんだけど、出来るだけ早く返事が読みたいの。シリウスは東宮で下男として働いていてね」
東宮とは王城地域にある、皇子が暮らす邸宅のことである。
「私が頻繁に手紙を運んでいたら、彼が先輩に目を付けられたみたいなの。生意気だって。でね。私は顔を覚えられているから……」
「じゃあこっそりと手紙を運べば良いんだね」
「反省を踏まえて、目立たない指定の場所も用意したの。私への返事は帝国劇場の入り口に持ってきてくれたら良いから。お願い出来るかな?」
「うん!任せて!」
(なんだか可愛い依頼だなあ。今回はキメラやらワイバーンやらに食べられることは無さそうだし)
毎日図書館に行くので、立ち寄れば良いだけだ。
(これは楽して儲かりそう)
指定された場所は王宮から少し離れた場所にある。
切り出された薪が積み上げられていた。周囲に人気は全くない。
小屋と呼ぶには簡易にすぎるが、屋根がついており、棚には番号が割り振られていた。
手元のメモを読む。
(56番だよね)
東宮の厨で使う薪の場所は決まっているらしい。あらかじめリーナから聞いている番号札の上を確認すると、庇の間に小さなスペースがあった。
(ここだな。よいしょっと)
周囲を見渡して素早く手紙を差し込む。
(大丈夫かな?風で飛ばされないといいけど)
図書館で勉強をしたのち、夕方に再び薪小屋に立ち寄る。
(56番の庇……これだった)
すでに返事の手紙が差し込まれていた。
(なんかワクワクする)
自分事ではないが、エミリーは高揚感に包まれた。
劇場まで思わず走る。
(お手紙、嬉しいんだろうなきっと)
毎日運んでいるうちに、エミリーはシリウスがどんな人なのか少し気になり始めた。
欠かさず返事を書くということは、結構まめな男には違いない。
昼過ぎには手紙を差し込むとシリウスも分かっているのだから、しばらく待っていたら顔を見るくらいは出来るだろう。
ただ図書館での勉強を休んでまで見る気は起きない。
(まあ、リーナさんが酒場にいつか連れてくるかもしれないし)
酒場での出し物は毎日変わるので、リーナとあまり話す機会はなかった。
今ではリーナの方からエミリーに声をかけてくるようになった。
「毎日ありがとうエミリーちゃん」
「いえいえ。図書館に行くついでなので」
「雨の日も休まず届けてくれるって彼も手紙で感謝してたよ」
エミリーは手紙を届けることで、この二人の幸せのおすそわけを頂いているような気持になっていた。
胸がドキドキするというか、ワクワクするというか。
(配達って素晴らしいお仕事だなあ)
ある日の夕方。
いつも通り手紙を受け取りに薪小屋に向かっていた。
すでに日は短く、辺りは暗い。
何度手探りしても手紙が見つからない。
(今日は彼からの手紙が入ってないな。珍しい)
リーナからは当初より「手紙が無ければ届けなくてもよい」という指示を受けている。
当然のことながら、彼にも仕事の都合があるだろう。
帰ろうと思った瞬間。
「おーい」
背後から急に声を掛けられてエミリーは飛び上がりそうになった。
「エミリーちゃんだよね?」
(ああ。この人がシリウスさんか)
近付いて見ると線の細い青年だ。
暗がりでも白い歯が見えた。
「いつもありがとう」
「いえ」
青年はエミリーに手紙を渡し、薪を抱え込むと忙しそうに東宮に戻って行った。
(結構細いのに、あんなに沢山持つんだなあ。さすが男の子だな)
リーナは今日も手紙の返事を首を長くして待っているだろう。
エミリーは劇場へと急いだ。
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アグラットは満足気だ。
「魔王様。エミリー様はここでもしっかりと責任感を持って仕事に取り組んでますね」
「うむ。娘にふさわしい仕事だ」
剣の魔将軍は今日も素振りをかかさない。
「人間のつがいは毎日気持ちの確認をするのでしょうか」
「どうだろうか。春だけの便りで満足してる奴らもおるかもな」
アグラットは完成したぬいぐるみに頬擦りをした。
「それはそれでロマンチックですねえ」




