聖女
ニコラが見たところ、魔術学校の生徒ではないようだ。
懐にタクトを持っているようだが魔力容量も少ない。受験生だろう。
「勉強熱心ね。この像は聖女ミリアムよ」
「何をした人なんですか」
「大戦で魔族を幾度となく退けた英雄のひとり。最期は魔王城を落とすための攻城魔法の詠唱中に亡くなったの。享年16歳。まあ厳密には詠唱中というか、転移魔法を使ってというか……」
「魔術師だったんですね」
「聖女って呼ばれてるけど魔術師ね。当時は今よりも冒険者がずっと多くてね。彼女は攻撃魔法に特化した魔術師だったわ」
「私の知り合いにファイアボールが得意な人が居るんですが、聖女ミリアムはどんな魔法を使ってたんですか?」
「それこそ色々な魔法を臨機応変に使いこなしてたわ。彼女は特異体質でね。大がかりな魔法を唱えると空の色が変わるのよ」
「へえ~!」
「彼女が使うサンダーは、杖からじゃなくて天空から招雷してたわ。魔王が異世界の火の矢を放つ鉄の鳥を持ち出した時なんて、空にオーロラを出して。すると鉄の鳥はマヒして次々落ちていくの。龍族が押し寄せたときは魔法剣を並べてレールを敷いて、磁力で加速させて落としてたわ」
「像をお掃除してるだけあって、おばあさん詳しいですね」
ニコラは笑って像を見上げた。
(そりゃ何年も一緒に旅したもんねえ……)
「図書館で大戦記録を読んでみると良いわ。あの時代の話は沢山載ってるから」
「色々教えて頂き、ありがとうございました」
「いえいえ」
「あの。私これから仕事なので、またお話聞かせてください」
「私は福音大聖堂で暮らしてるの。いつでも遊びにいらっしゃい。あと……」
「はい?」
「あなた。どこの生まれ?」
「ホンウェル村です」
「聞いた事無いわね。ごめんなさいね。知り合いに雰囲気が似てたので同郷かと。じゃあまたね」
老婆はにこやかに手を振った。
戦争の痛みは薄れていくもの。当時を知る者が語り継いでいかねばならない。あのような若い子たちに興味を持ってもらうにはどうしたらよいだろう。
ニコラは先ほどの議会でのやりとりを思い浮かべてため息をついた。
後進の指導を間違えてしまったようだ。
摂政マインツは頻繁に自邸の魔法塔に騎士団長ヘルドレイクを招き、金を与えている。
「そなたの剣を振るう時が近付いておる」
「若い衆も早く戦いたくてうずうずしています。私の剣も血を啜りたいと申しております」
彼の佩くだダーインスレイヴからは禍々しい妖気が漂っている。
「しっかりと奴らの手綱を握っておけよ。そのためにそなたを呼び寄せたのだ。今月も新たな騎士見習いを雇う。戦力にならぬ者はどんどん追い出していけ」
「お約束します。俺の騎士団は帝国史上最強になるでしょう」
「頼もしい限りだ」
マインツから金貨の入った袋を受け取るとヘルドレイクは下がった。
入れ替わりにヨハンが入室してきた。
「随分と頻繁に金を与えていますね」
「まだ金で動くやつは信用できる。情で動くやつよりもよっぽどな」
「馬鹿どもは分かりやすくて良いですね。城下で血なまぐさい事件ばかり起こしているようですが」
「ほうっておけ。血の気の多いやつらには、もうじき存分に血を啜らせてやる」
「議会で予算も通りましたね」
「なんとかな」
「小国への示威行動と信じている議会も馬鹿者ばかりです」
「ふふふ。人間が結束するのは共通の敵を持ったときだ。真の結束は近いぞ」
マインツなりに帝国の行く末を思っていた。
城内のとある詰所。
暇を持て余した男たちが煙草をふかしていた。
治安維持の名目で騎士たちは帯剣のまま闊歩することが許されている。
広大な敷地内を見廻るにはグループを作り、分担する必要がある。
「とりあえず暇だし博打でもすっか」
「3人で?あいつも暇だろ」
「おーい、ウェルターさんよ。メンツが足りねえから入れよ」
ウェルターは槍を磨いている。常に武器の手入れを怠らない。
ぞんざいな扱いをすれば、いざという時に救ってくれない気がするからだ。
「俺は良い。お前たちでやれ」
「けっ。先輩面しやがってよ」
古くから居る者で残っているのは力のある騎士だけだ。ウェルターが残されたのは当然ともいえよう。
だが強さだけを求める方針に怒り、騎士の身分を返上した者も少なからずいる。
(グラハム団長が死んだとき、俺は何も言えなかった)
リュクロスに何か言ったのは遠くからでも確認できた。
保身だと思われようが騎士を辞めない理由もある。
ウェルターには魔族の血が混じっている。
大戦の折に人間に与した数少ない魔族と人間との間に生まれた子供たちがいた。皇帝は事情を知った上で貴族にまで取り立てた。
短命な一族ではあるが忠誠心は強い。
(俺が帝国で生きるにはこの道しかない)
かつての騎士団員はウェルターに魔族の血が流れていることを皆知っていた。
帝国を守護する同じ仲間であった。
彼らの間には確固たる絆もあった。
グラハム団長もウェルターの才を認めて、なにかと世話をしてくれた。
だからこそ、悔しかった。
剣でヘルドレイクに敗れたとは思っていない。
新体制がどうであれ、騎士としてここに残り、帝国の発展に寄与する。
それがウェルターの選んだ道だった。
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「ふうむ」
王座の繭の中で魔王は深く安堵の息を吐きだした。
やはりニコラはエミリーに何もしなかった。
「ニコラでも、気付かなかったようだな。それにしても娘に余計な昔話ばかりしおって」
剣の魔将軍は巨体を身震いさせた。
「レールを敷いて加速させた魔法剣。わが軍の龍族たちがバタバタと撃ち落されたのを昨日のことのように思い出します」
アグラットはぬいぐるみを作っている。
「聖女なんて呼ばれておきながら、火力で戦場を蹂躙するタイプでしたね。あの女は。それに比べてエミリー様は正反対の穏やかな方に育って良かった」




