小競り合い
少し前。
巣穴に放り込まれたエミリーはドラゴン達に囲まれていた。
一匹が近付き、しきりに匂いを嗅いでいる。
(どこかに出口がないか)
どう考えても崖下に飛び降りるしかない。
さっきからドラゴン達は唸り声のような発生を繰り返している。
(何か話し合ってる?)
ジリジリと崖に向けて後ずさりする。食べられるよりはマシだ。
あまり現実的な策ではないが、ひょっとしたら木の枝に引っかかって助かるかもしれない。
(今だ!)
目を瞑って飛び降りた瞬間、ドラゴンは予想していたのか、エミリーの服をタイミング良くぱくりと咥えた。
そのまま舞い上がる。
どうしても逃してくれないようだ。
エミリーは目を閉じたまま体にかかる加速に耐えていた。
担ぎ上げられた山の頂には巨大な龍が待っていた。
運んできたドラゴンはエミリーをそっと降ろした。
(間違いない。黒龍王だ)
冷たい空気を振るわせて、黒龍王は先ほどのドラゴンと同じような唸り声を発した。
エミリーは恐る恐る尋ねてみた。
「分からない。何か喋っているの?」
黒龍王は首をかしげた。なぜ通じないのかとでも言いたげだ。
「最近の……」
(最近?人間の言葉だ!)
「魔王の使者は人間に擬態するのが上手いな」
エミリーは意味が分らない。ワイバーンに餌として運ばれたのは間違いないが、黒龍王は何か勘違いをしているのだろうか。
嘘がばれるのが怖い。正直に言うことにした。
「私、使者とかじゃありません。餌として捕まったんです」
「ははあ。我を試しているな。仲間達が魔王に救われた恩義、忘れておらぬわ。半端な魔族では分からぬだろうが、この独特な魔力の残滓。魔王の使者かどうかは、我が配下でも判別はつく。汝は魔王と長期間寝食を共にしたはずだ。つまり側近だ」
魔族は人間に化けることがある。
一見すると見分けがつかないが、高位の魔術師は看破できると図書館の本で読んだ覚えがある。
「60年前の密約、覚えておる。人間どもが一定の出力であの忌まわしき魔法を使えば、我らがすぐに帝都を焼き払う。昨年からその魔法の兆しを感じ取り目覚めたのだ。魔王への借りは必ず返す」
(帝都を焼き払う?何か怖いことを言ってる)
「あの!」
そんな事よりも言いたいことがある。
「あなたの巣の下で、私の大事な人が死にそうなの!助けて!」
「さっきからワイバーン達と争っている人間どもの話か」
「あなたの寝顔を見に来ただけなのに、先に襲い掛かったのはワイバーンの方なの!仲良くするように言って!時間がないの!お願い!」
黒龍王はエミリーをじっと見つめている。
魔王の側近に人間が加入したということだろうか。
「汝は不思議だ。我に乗れ、とりあえず止めに行くか」
乗れと言われてもどこから乗ったらいいのか。
「早くしろ」
「あの、どこから登れば」
「頭に」
どう見ても酒場の二階くらいの高さがある。
黒龍王は長い首を下げた。
「魔王の使者のくせに脆弱な個体だな。人間は衰退に向かっているらしい。昔の戦いでは随分と頭に斬りかかられたものだが」
そして間に合った。
再会したジュリアとエミリーは固く抱き合った。
どうやら黒龍王に害意はないようだ。
下っ端同士の小競り合いなど眼中にないといったところか。
それが分かると皆、その場にへたり込んだ。
「ジュリア。本当に良かった」
「まさかエミリーに救われるなんて」
黒龍王は帝国騎士ウェルターを見つめながら言った。
「どうにも魔王の意図が分からぬ。帝国の騎士よ。おかしなことをするなと上の者に伝えておけ。去れ」
5人は満身創痍で山を降りた。
「ジュリア。靴はどうしたの?」
「あはは!山登りには向いてなかったねあれ」
しばらく下ると山道にワイバーンの死骸があった。
焼け焦げているが炎によるものではない。
「電撃使いがやったんだろうね。きっとあの逃げ足の速いやつだ」
ウェルターは申し訳なさそうに頭を掻いた。
「まさかこのような事態になるとは。追加報酬を申請しておく」
「頼むよホントに……。あの杖、二度と手に入らないんだから……」
エミリーはジュリアの落胆も分かる気がした。
+2のマジックワンド。しかも炎の属性が付いているジュリアにぴったりの物がそうそうあるとは思えない。
(私は蛇の杖を取り戻さないと……!)
男性陣は疲れ切っているようで無言になった。
腕自慢が集まり、戦争でもないのに、これほどの被害が出ることは滅多にない。
エミリーはジュリアに話題を振った。
魔術師の先輩から話を聞ける貴重な機会だ。何事も勉強である。
「ジュリア。魔王って60年前の大戦の当事者だよね?一昨年グリーデン王国に攻めて来た人と同じ人?」
ジュリアは問いに驚きで返した。
「受験生なのにそんなことも知らないの?」
「歴史は苦手というか、興味が湧かないというか……」
「いやいや、常識だよ。彼がこの世界に出現した確実な記録からでも千年経っている。寿命って概念ないんじゃないかな?こないだの戦いの噂を聞く限りは、殺されれば死ぬと思うけど」
「そんなに長生きして退屈しないかな?」
「それより、学校出てない私が言っても説得力ないけど、歴史が苦手ならなおのこと先に覚えるべきじゃないの?」
「う、うん。そうかも。でも苦手科目やると眠くなっちゃうんだよなあ」
帝都に戻ると王宮で報酬を受け取った。
ウェルターが約束してくれた追加分は後日払いになるだろう。
戦死者の亡骸を回収する部隊も派遣されるらしい。
エミリーは金貨を20枚渡された。
「ええ。こんなに?」
ジュリアは笑った。
「命の恩人に払う額としては安いほうだと思うよ。もっとあげたいけど、私も杖を買ったり靴を買ったり治療したり魔力回復アイテム補充したり……気が滅入る」
エミリーはペコリと頭をさげた。
(あの時、このお金があったら。たった金貨6枚で買い戻せたのに)
ジュリアと別れ、一人で酒場へ帰る。
どこを怪我したわけではないが体が重い。今日の仕事は休ませてもらおう。
酒場の前ではマスター、クレア、マークが待っていた。
「ああ!エミリー!良かった生きて帰って……」
「ただいまです!」
「キメラの時といい、また死にかけたな」
「面目ない……」
死傷者多数、ほぼ全滅という話は、耳の早い常連のマーカスからすでに伝わっていたようだ。
黒龍王の目覚めの一報は帝都中に知られるところになるだろう。
「ひどい有様じゃないか。怪我は?」
「大丈夫」
服は泥だらけでボロボロである。
ワイバーンに掴まれたり、ドラゴンに嚙まれたり。
(ひどい目にあったけど、黒龍王を見ることが出来た)
これはきっと誰でも経験できることではない。
つらい事の後には嬉しい事がきっとある。
人生は波があるのが普通なんだ。
エミリーは帝都で働くうちにそう信じるようになっていた。
===================
アグラットはいつものネイルの手入れをしながら尋ねた。
「魔王様。黒龍王との盟約、覚えておられますかぁ?」
魔王城を直接叩き潰そうとしたあの忌まわしい魔法。
「いや、いろんな種族と盟約交わしたのでうっすらとしか」
剣の魔将軍はこん棒を振り続けている。
「黒龍王が目覚めたからワイバーンが必死に働き始めたのですね」
「いい加減ですねぇ。ワイバーン共も」
「それを言うなら我が魔王軍も、余が弱ったら好き勝手なことを始めるからな」
あまり現れないサタナキアがいろいろと苦労しているのは分かる。




