初めての戦闘
魔術師たちはワイバーンの数をみると、報告書を抱いたまま走り出した。
10匹ほどのワイバーンがそれを追う。
残った傭兵と帝国騎士は臨戦態勢である。
相手の数が圧倒的であるためか、逆に腹をくくったジュリアは冷静だった。
(そのために金を貰ってるから仕方ないよね。でもこれは無理っぽいな。中級魔術師の墓場としては妥当な場所かもしれないけど)
すぐに乱戦になった。
ワイバーンの火を浴びて転げまわる者、空に掴み上げられる者。
岩を背に弓を放ち続ける者。剣や槍で突きかかる者。
急襲されたため仕方ないが、人間側には司令塔がおらず、組織的な動きが出来ない。
一方、ワイバーンは小さな個体から順々に襲い掛かってくる。
ジュリアは防御魔法を敷いた。
「翩翻として炎の障壁、我を包み折衝せよ、カノ、エオロー、ソーン」
炎のカーテンがジュリアを包み込む。
ジュリアは腰につるした魔力回復アイテムを飲みながらワイバーンに火球をぶつける。
「激浪たる灼火、閃めき来たれ、カノ!」
5つの火球が次々とワイバーン達の横腹を撃つ。
エミリーはジュリアの横顔から悲壮な決意を感じ取っていた。
魔力が尽きるまで戦う気だ。
(このまま、何もしないで見ていていいの?)
正解が分からない。動くなというのは、エミリーの命のためだろう。
岩陰から彼らの奮闘を見る。
(弱そうなワイバーンからかかってきている。ワイバーンの中にも序列があるのかな。人間みたい)
飛び掛かる仲間たちを尻目に岩の上からひときわ大きな個体が様子を見ている。
(きっと黒龍王の洞窟に人間が入ったのが許せないんだ。あの子がリーダーなら、倒せばみんなが助かるかも)
岩陰からそっと抜け出した。
(この距離ならいけるか?静かにもうちょっとだけ近付かないと)
「エミリー!戻りなさい!」
ジュリアは慌てて叫んだ。
魔力の少ないエミリーは魔法を連発する事はできないだろう。
目眩しのライト以外、使えるとは思えない。
エミリーは杖を握りしめた。
ジュリアで酒場で教わり、何度も書き取りをしたバインドの魔法を唱える。
一発勝負だ。
「藹然たる靄よ……なんだっけ」
唱え終わるより先に大きな個体がこちらに気付いた。
逞しい脚と爪を見て、エミリーは震えあがった。
「なんだっけ!なんだっけ、えっと……」
迫り来る敵を見ながら叫ばずに呪文という独り言を続けるには、特殊な才能がいりそうだ。
ワイバーンは羽を広げた。
「そうだ、凝集だ!藹然たる靄よ、凝集して罪人を縛縄せよ、ニイド!」
ワイバーンに絡みつくように煙が立ち上る。
獣の吠える声が響く。
岩場から立ちのぼった煙に片足を絡めとられた大きな個体はバランスを失い、岩から転げ落ちた。
「やった!」
人間に襲い掛かっていた小さなワイバーン達は振り返った。
その隙に乗じて人間たちは反撃をする。
だが岩から転げ落ちた個体は頭をふって起き上がる。致命傷には程遠いようだ。
(うわ!ダメージになってない!)
転がり込むように隠れていた岩陰に走り込む。
間一髪で爪が岩をえぐった。
(ここは狭いから届かないはず)
頭を抱えてうずくまる。
だが、グイっと背中を掴まれた感触。
(まさか)
あっけないほど容易く、軽く、エミリーの身体は宙に浮いた。
(やっちゃった!)
何かに縋りつく余裕さえなかった。
「エミリー!」
ジュリアの絶叫が聞こえる。
その声を聞いて妙な感覚だがエミリーは命の心配よりも、ジュリアが酒場のマスターに責められるのではないかと心底心配した。
バサッバサッ!
大きく二度翼がはためいた。
がっしりと掴まれてはいるが、背中に痛みは感じない。過剰な厚着のせいだろうか。緊張感からだろうか。
空中から戦場を俯瞰するのは不思議な経験だった。
倒れた人間が10人ほど。落ちているワイバーンが20匹ほど。
少し離れて様子を見ている大きめのワイバーン達が周囲の岩にとまっている。
ジュリアの周りにワイバーンが多い。
(……人間に勝ち目はない)
全体的に見てみれば、圧倒的に数が少ない人間がワイバーン相手に善戦しているのは分かる。
戦場の北に目をやると大きな槍を振り回している帝国騎士の姿があった。
その隣では鞭使いが追い散らすように弓兵をワイバーンの爪や牙から守っている。
近くにはいくつか洞窟が見える。この数を相手に逃げ込んだところでどうなるわけでもなさそうだ。
(ジュリアが北の人達と合流したら何か変わるかも)
瞬時に、なんとなく思っただけだが、ジュリアに伝えたい。
エミリーは杖で北を指し示した。
ジュリアはずっとエミリーを目で追っている。
優秀な指揮官は戦場を俯瞰すると図書館で読んだ。
だが今の自分は哀れで無力な人質にすぎない。
再び翼がはためいた。
ぐんぐん戦場から遠ざかる。
(さよならジュリア)
巣に運ばれるのだろうか。
(子供の餌にされるのかな。かといって今暴れてもまずいことになりそう)
鳥が暴れる小動物を落して拾う姿を見たことがある。
餌が死体だろうが、生きてようが、ワイバーンにとっては些細な違いにすぎないのだ。
(今は大人しくしていよう)
先ほどの眺めよりもはるかに絶景のはずだが、楽しむ余裕はない。
生存手段の試案が頭の中をぐるぐると浮かんでは消える。
巣に着いたら、杖を投げつける。飛び降りる。
きっと駄目だ。
すぐまた捕まるだろう。
そもそも飛び降りられる場所に巣があるのだろうか。
(子供のワイバーンが相手なら何とか逃げ出せるかな。逃げ出せないかな)
行きの目印になっていた双耳峰が見えてきた。
(ワイバーンの生息地?でも……)
数百と岩肌にとまっているのは真っ黒な個体。
ワイバーンよりも一回りも二回りも大きい。
エミリーは贄として運ばれてきたのだ。
(最悪だ。子供どころかドラゴン達へのプレゼントなんだ私は)
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「ううむ」
魔王は唸ったまま動けない。
ワイバーンがエミリーを落とせば終わりだ。
手に力が入るが、見ていられない。
剣の魔将軍は剣を手放して見入っている。
「魔王様。やはり身辺警護を付けるべきだったのでは」
「あとからでは何とでも言えるわ!」
文字通り見守るしかない。見守るだけというのが、いかに困難なことか。




