ワイバーン
帝都から馬車で3日かけて北方山脈に着いた。
うっすらと雪が積もっている。
事前に注意事項をジュリアから聞いていたエミリーは厚着を用意してきた。
モコモコと過剰なくらいの厚着だ。
魔術発動具である杖はもちろん登山用ストックとしても有効で、これがあるだけでも体の負担は大分軽減される。
エミリーにとって登山は初体験だ。
ひょっとしたら幼い時に登ったのかもしれないが、ここ最近の記憶しかないため分からない。
目的地はそれほど標高の高い場所ではないが、山道は思わぬ怪我を引き起こすため気を引き締めている。
目印である双耳峰を見上げながら浮石に注意しつつ進む。
「ジュリアは毎年来てるの?」
「毎年じゃないけど、今年で三回目。当選したら必ず来るよ。人気なんだよね。寝てる龍を見物して金が貰えるなんて楽な話だよ。登山は大変だけどね」
「早く見たいなあ」
集団の先頭の方には調査報告書を作成するための帝国魔術師達の姿も見える。
「あの人たちも戦うの?」
「報告を持ち帰るのが最優先だから、何かあったら私たちが先にやる。彼らが戦う状況になるならおしまいだね」
不安そうなエミリーの顔を見てジュリアは笑った。
「大丈夫!大丈夫!ワイバーンとなんて戦闘にならないし、巣から離れた一番安全なルートを選んでるわけだし」
今日は少し風が強い。
砂埃が舞い、視界は相当悪い。
突然、後方で悲鳴が上がった。
ジュリアは反射的にエミリーの頭を押さえた。
「エミリー伏せて!」
まるで大きな鳥に掴まれたウサギのようだった。
爬虫類の体に蝙蝠のような翼、力強い脚が二本。
人間を連れ去るワイバーンの姿がかすかに見えた。
皆の血の気が一気に引いた。
「弓兵!」
さらに二匹。彼らは岩の上からこちらを見えている。
放たれた矢は風のせいで彼らには当たらなかった。
しばらくにらみ合いが続いたが、やがて飛び去って行った。
「ふう……」
「被害は?」
「一人さらわれた!」
「可哀そうに。助かるまい」
不意を突かれたとはいえ、誰も気付かなかったことにエミリーは恐怖を感じた。
(自分も周囲に気を配らないと)
集団の進行速度は極端に遅くなった。
足元に注意しながら、上空にも気を張らねばならない。
こうなってくると金貨100枚では割にあわない。
皮肉なことに、警戒を始めてからは何事も起こらず、目的の黒龍王の大洞窟にあっさりと到着した。
洞窟内は黒龍王のテリトリーであり、モンスターが入り込むことは滅多にない。
帝国魔術師達はメモを取りながら内部へと進む。
「ジュリア。黒龍王ってどんな格好で寝てるのかな?」
「仰向けってことは無いよ。黒龍王の本名知ってる?」
「なんか図書館で読んだような」
「入試に出るんじゃない?黒龍王フェルニゲシュ。異世界から伝わる名前らしいね」
「異世界由来の名前は武器だけではないんだね」
洞窟の先にはひときわ明るい空間が広がっていた。
そこには泉が点在し、不思議な光を放っている。
「おい。あれを見ろ」
人々はざわめいた。
居るはずの場所に黒龍王が居ない。
あるのは黒龍王の鱗と思わしきもので、あちらこちらに散在している。
「どういうことだ?」
魔術師たちは鱗を採取したり、泉の大きさを測ったりしている。
「黒龍王いないね。せっかく来たのに」
がっかりだ。
「前回はそこに大きな顔があって、寝息を響かせていたんだけどね」
エミリーは泉を覗き込んだ。
其処には水晶の柱が幾重にも折り重なって沈んでいる。
「ジュリア。綺麗だね」
「感じないかい?大した魔力だよこれは」
おそらく採取すれば優秀な魔法具を作れるだろう。
だがここは黒龍王の巣だ。
禁忌に触れるような心地がするのか、泉には誰も手を出さない。
調査にはかなり時間がかかった。
「そろそろ行きましょうか」
人々は王の巣穴から引きあげた。
洞窟を出ると晴天が広がった。
さっきまでの視界の悪さが嘘のようだ。
地平線の一画にクリミアハリルが小さく見える。
「なんて綺麗なんだろう」
エミリーはその絶景にはしゃいだ。
先ほどの砂塵が嘘のようだ。
ジュリアはつぶやいだ。
「妙に見晴らしが良い。いやな予感がするね。とっとと山を降りたいもんだ」
下りは速かった。みな不安を感じていたからだろう。
人々の足は止まった。
「おいおい。まさかあれ……」
鳥の群れのようだが違う。
真っ赤な体をした集団が飛来してくる。
近付くにつれ、その数は膨れ上がる。
さっきのワイバーンだ。
ジュリアはエミリーの前に立った。
「100?いやもっと居るね。……ごめんねエミリー。全てが終わるまで岩陰に隠れてな。決して動くんじゃないわよ」
獣の叫びが山に響き渡る。
「ワイバーンだ!戦闘準備!」
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「おい!今度こそ死ぬぞ!アグラット!」
「魔王様!アグラットはまだ戻れません。帰路かと」
「サタナキア!」
「は。ここに!」
「黒龍王の住処に一番近いものを向かわせよ!」
「ただちに!」
分かっている。エミリーが選んだ人生だ。
おそらく間に合わない。
見ているだけなので、いつも後手後手だ。魔王は己の無力さに歯噛みした。




