成長
先日、高すぎるスープ代を払った青年は怒鳴った。
「マスターはいる?帝国騎士様が実況見分にいらっしゃったぞ」
後ろから男たちがぞろぞろと入ってきた。5人。みな鎧を着ている。
「何の騒ぎでしょう?」
一番背の高い騎士がマスターを睨みつけた。
「ここはぼったくり店らしいな」
「何のことでしょうか」
「こいつにスープいっぱいで金貨6枚とられました!」
マスターは顔色一つ変えない。
「証拠は?」
「共犯者の小娘がいるはずです!」
エミリーはジュリアの足元で震えている。
「今、営業中だから困ります。元々そいつが詐欺をしたのが発端だ。裁判でもなんでもやってくれ」
裁判と聞いて金髪の青年は黙った。詐欺師として余罪が露見しそうだ。
帝国騎士は薄ら笑いを浮かべた。
「舐めた口ききやがって。裁判になったら店がつぶれるぞ?だから今日ここで話をつけてやろうって言ってるんだ」
「話をつけるとは?」
「金貨1000枚で許してやる」
マスターは怯まない。
「みなさん、本当に帝国騎士ですか?俺の知ってる騎士とは大分違いますね。きっと新参騎士なんでしょうね」
摂政マインツの意向で腕っぷしだけが取り柄の騎士が増えているのは帝都民は誰もが知っている。
歓楽街で難癖をつけてみかじめ料をとる新参騎士の話はマスターも聞き及んでいた。
一度金を払ったらいつまでもとられるだろう。
「なにい?」
新参者であることを指摘された騎士たちは気色ばんだ。
金髪の青年はニヤニヤしている。
(思った通りの馬鹿なオヤジだ。大人しく金を払えばいいのに)
背の高い騎士がマスターの胸倉を掴んで言った。
「痛い目に遭いたいらしいな。店をぶっ壊してやっても良いんだが、それは許してやろう。貴様は表へ出ろ」
「私的決闘罪は騎士の資格をはく奪されると聞きますが、良いんですかね」
「決闘だと?逆らう気か?これは下級市民への制裁だ!出ろ!」
ジュリアはくっくっくと笑いながら言った。
「こういう面白いのちょっかい出したくなるんだよね。荷物持ちのお礼にひとつ呪文を教えてあげよっか。」
そういうとジュリアは小声で呪文を唱え始めた。
「藹然たる靄よ、凝集して罪人を縛縄せよ、ニイド!」
次の瞬間、背の高い騎士の足元に煙が立ち上がり、縄のように絡みついた。
不意をつかれ、バランスを崩した騎士はそのまま机に突っ込んで派手な音を立てて転倒した。
頭をしたたかに打ったようで口からは泡を吹いている。
それを見たクレアは騎士にかけよると大げさに言った。
「まあ騎士様大丈夫ですか!打ち所が悪くて白目をむいていらっしゃる!早くお医者様にみせないと死んでしまいます!」
騎士たちは大慌てで失神した騎士を担ぎ出した。
一人残された金髪の青年も慌てて逃げ去った。
ジュリアは手にしたグラスを空にするとくっくっくと笑った。
「呪文は覚えておこうね。試験で出題された時に、騎士様みたいに白目にならないように」
翌日。
さっそくエミリーは自宅でジュリアに教えてもらった呪文の書き取りをしている。
アグラットは眉間にシワを寄せてゴロゴロ転がっている。
「今日は図書館に行かないの?」
「うん。書き取りは自宅でしてるの」
「じゃあ私、昨日の橋のところで干し肉売ってくるねぇ」
「がんばってね。笑顔で売り込んでみると良いよ」
体調が悪そうなアグラットを見ると無理しないでねと言いたいが、励ました方がいいと思った。
なんとしても売らねば魔王様に申し開きがたたない。
(笑顔ってどうだっけ?)
へらっとした笑顔で声をかける。
それにしても頭が上から引っ張られる感覚が抜けない。
「干し肉いかが~?おいしいよ~。一枚銅貨5枚だよ~」
とりあえず来る人全員に声をかける。
服装にぎょっとして10人に1人は見てくるが、ほかの9人はスルーだ。
(橋という場所が悪いのかしら?)
通り過ぎる者の数は多いのだが。
自ら食べてみる。魔力が少し回復する。頭も少しは晴れた。
美味しい。魔力も回復する。売り子も我ながら美しい。
なのに。
声をかけても無駄なので、人間たちをじっと眺めることにした。
様々な格好の人々が通り過ぎる。
魔力のあるもの。全くないもの。
体が大きく、生物として強そうなもの、弱そうなもの。
魔族ならば淘汰されていそうな者が多いが、胸を張って生きている。
かと思えば、力はありそうだが肩を落として暗い表情で歩く者もいる。
(人間の最大生息地かぁ)
ふと目をやった橋の欄干には、60年前の大戦で犠牲になった聖女のレリーフが刻まれている。
「どう?売れた?」
しゃがみ込んで頭を抱えるアグラットにエミリーが声をかけた。
「無理ぃ」
「これ、書いて来たから使って」
昨日、騎士が倒れて壊れた机に紙が貼りつけてある。
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ホンウェル村の私が作りました!(フリフリの子の方)
魔力、枯渇してませんか?
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手には爪楊枝を持っている。
「はい!立って!手伝うよ!」
エミリーはニコニコと営業スマイルで来る人に片っ端から声をかける。
左手に皿、右手に爪楊枝にさした試食用に肉。
まずは皿を見せる。
「無料だよ。美味しいよ」
魔術学校の生徒らしき少年の集団に声をかける。
「何の肉?」
「食べてみたら分かるよ」
「おいしい!」
(何の肉なんだろう)
他の子も次々手に取る。
「銅貨5枚だよ?」
「いや、買うのはちょっと。でもごちそう様」
またしても売れない。だがエミリーはくじけずに声を掛けていく。
「はい。一枚どうですか」
こんどは通りすがりの男性に爪楊枝にさした肉を差し出す。
「うむ」
食べたが、そのまま通り過ぎる。
「いらっしゃいませー!美味しい美味しい、ホンウェル村特製、魔力回復の干し肉だよ!まずは一枚、タダで食べてみてー!」
アグラットはエミリーを見ながらぼうっと突っ立っている。
エミリー様はすごい。私には出来そうにない。
「ほら、アグラット、真似してやってみて。絶対にいける!」
(真似。姿勢を見せろということか)
覚悟を決めた。魔王軍幹部の本気を見せねば。
「ダンジョンに行きそうなそこのお兄さん!魔力切れの備えはバッチリ?この私が作った美味しい干し肉!試食やってるよ。ほら遠慮しないで一口どうぞぉ!あーん」
「おいしいけど、この後ダンジョンにはいかないよ」
試食の皿から肉が消えて行く。
「昼に職場で配るから10枚ちょうだい」
突然10枚売れた。
二人は顔を見合わせて笑った。
「やったー!ありがとう!銅貨30枚になります!」
(アグラット、売れたらジャンプして喜ぼうよ二人とも)
(分かった)
酒場で毎日鍛え続けられているエミリーとの営業力の差を認めざるを得ない。
橋の向こうから学生の集団がやってきた。さっきの子たちだ。
すさまじい売れ行きだ。
「お姉さん。さっきの肉、魔術学校で評判になってるよ。値段の割に効果が高いって」
アグラットは理解した。
商品の良さが分かる人には分かるのだ。
だが良い物も分かる人に最初に届けるまで大変だ。
エミリー様はそれが出来るお方だ。
人が群がり始めると、干し肉はあっという間に完売した。
「次はいつ来るの?」
アグラットは大満足だ。
「限定って書いてあるでしょ?二度とこないよ」
「そんな。作り方は……。なんの肉か教えてよ」
「それはヒ ミ ツ 」
「あっ。営業時間だ!」エミリーは慌てて酒場へ戻って行った。
アグラットはその後ろ姿に頭を下げた。
エミリーに挨拶せずに去るのは心苦しいが、帝都の魔族結界で頭が働かなくなってきた。
人間の世界での活動はもう限界だ。
そのまま帝都から脱出することにした。
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「おお。なんという成長だ」
エミリーは魔王の想像を超えて成長している。
「良いものが見れた。アグラットを送って本当によかった」
教わってばかりのエミリーが教える側になったことで実力が垣間見えた。
「わしも行かなくて本当に良かったです」
「どのような強さの人間でもみな喰わねばならない。捕食するだけでは暮らせない厳しい世界だ」
「確かに、生きるには知恵が要りそうな種族ですね」




