人間のまねごと
夜、エミリーの部屋で渡されたパパからの手紙は短かった。
「ちゃんとご飯たべてますか?村の皆は元気です。アグラットがこの手紙を持っていくと思います。けっこう長生きしてるので、困ったことがあれば彼女に相談してみてください」
試験の結果についてや、なぜクリミアハリルに残っているのかについては触れられていないのは意外だった。
(困ったこと……)
アグラットは床で寝息を立ててる。
体調が悪いようだ。食べ過ぎだろうか?
(蛇さん最後のアドバイスは「困ったら自分で考えろ。人に聞いてばかりいたら大事な時に判断できないやつになる」だったよね)
今困っていることで相談できることが思いつかない。
ただ、手紙を持ってきてくれただけでありがたい。
次の日。昼前に起床して図書館に行く準備をする。
「今日はアグラットは観光?図書館に行くけど付いて来る?」
「私はいいや。なんか、帝都に来てから頭の上が引っ張られる感じがするんだよね。この宿の近くで過ごすよ」
「お大事にね」
「ありがと。私も人間社会で稼いでみたいなぁ」
魔王からは人間社会で少しでいいから稼いでみろと言われている。
その難しさは体験しなければ分からない。
「じゃあマスターにお願いしてしようか」
「いや。私には無理だと思う。エミリーの仕事見てて分かった」
「慣れれば簡単だよ」
アグラットはトートバッグを開いた。
「この肉。売れるかなぁ」
エミリーも味見をしてみる。何か力が湧くような気はする。売れるだろうか。
使い道が分からない肉などマスターが買い取るとは思えない。あと、量が多すぎる。
「美味しいと思うよ。図書館行くから準備するね」
酒場の近くの橋まで見送る。
アグラットの隈が昨日よりも濃い。
「やっぱり頭が引っ張られる感じ」
「大丈夫?あれだけ吞んだから二日酔いかな」
「耐えられなくはないけど、急に村に帰ったらごめんね」
アグラットは橋の隅に座り込んだ。
「ここで売ってみる」
「頑張って!」
図書館へ向かう道すがら、エミリーは改めて自分の仕事について考えてみた。
食べ物を売っているが注文をとっているだけだ。
アグラットの干し肉のように自分で用意したものではない。
売るためには酒場という看板が要る。
さらに言えばマスターの提供する料理は他の店よりもすぐれているし、歌を聞きにくる人もいる。
そう考えると、アグラットが干し肉を売るのは難しいかもしれない。
数時間勉強をして、図書館から帰ってみるとやはり予想通りだった。
アグラットは頭を抱えて座り込んでいる。
「売れた?」
「干し肉の良さが分からないみたい。一個も売れない。美味しいのに売れない」
「声かけてみた?」
「男には声をかけてみたけどぉ」
「売りたいなら全員に声かけないと」
アグラットは頭を押さえている。
「今日はもう無理かもぉ」
「じゃあお部屋で待っててね」
おやつにしようと、干し肉を数枚もらって仕事の準備に入った。
営業が始まった。
今日もエミリーに会いに来た客がいる。
キメラ退治で一緒だった魔術師ジュリアだ。すでに酔っ払っているようで足元がふらついている。
「食べに来てねって言ってたから来たよ」
「ジュリア!いらっしゃいませ」
かなり出来上がっているようだ。
「会いたかったよ」
べたべたと抱きつかれたがクレアが引き離す。
「クレアも久しぶり」
「エミリーは私の妹みたいなもんだから手を出したら承知しないよ」
(そんな風に思ってくれてたんだ。意外だなあ)
「ハゲおる?」
「マスター!ジュリアさんです!」
「ハゲと聞いて躊躇せずに呼んだよこの子」
嫌そうな顔のマスターが厨房から出て来た。
「先日は世話になったな。酒はおごらんぞ」
「やだなあ。今日はお願いがあって」
「話してみろ」
「黒龍王の調査について来てもらいたいんだけど。詳しく話すと……」
先の大戦で魔王に加担した勢力の調査はいまだに続けられている。
中でも帝都から北方の山脈に生息する黒龍王は数万人をその炎で屠ったとされている。
大戦後、長い眠りについているが未だ重要監視対象なのは変わらない。
調査といっても黒龍王が眠っているのを遠くから確認するだけである。
おそらく数百年は眠ると言われている。
ところが先のグリーデン王国の戦い以降、巣穴周辺のワイバーンの活動が活発化している。
「ワイバーンと遭うことは無いと思うんだけどね。十匹くらいは迎撃出来るように今年は多めの人数で準備してるみたい」
エミリーはふと思いついた。
「黒龍王さんが起きてるからワイバーンが騒いでるとか?」
「怖い事言わないでよ。数百年に一度しか起きてこないみたいよ。近年の魔王軍の侵攻時でも起きなかったんだから」
「今年の募集は30人前後。付き人もOK。報酬は金貨100枚。私はすでに当選してるからアックスには30枚払うよ。帝国主催だから現金即日払いよ」
「やらない。弓兵を探した方がいいぞ」
「アックスって空から掴みかかる魔族を斧で迎撃するの得意じゃん」
「昔のように体が動かない。はした金で最悪ワイバーンとやりあうのは嫌だ」
「ええ~。残念だな」
「一人で行けばいいだろ。他にも参加者居るんだろ?」
「ほら、ヒール履いてるでしょ?山に荷物背負って登るのはちょっとね」
「山を舐めるな」
「ええ~!あのさ、自分が必要な時だけ頼って私のお願いは聞けないっていうの?」
「俺にも店があるんだ。金貨100枚以下の案件は受けない」
「じゃあ一人で行くわ」
となりで聞いていたエミリーは目を輝かせながら言った。
「あの、私付いて行ってもいいですか?荷物持ちするので。そしてらヒールで歩けるでしょ?」
「あらエミリー。荷物持ってくれるの?まあ確かにこないだのキメラよりも危険ではないかな。ワイバーンも必ず遭遇するわけではないし」
テーブルを拭きながらクレアは横から口を出した。
「あんたが好奇心旺盛なのは分かるが、いつか命を落としそうだよねえ。私はそれが心配だわ」
「気を付けます。私、珍しいものが見たいんです、きっと。なんか冒険ってわくわくしてしまって。マスターお休み頂いていいですか?」
「たまには良いだろう。勝手に行け」
「本当はアックスが来てくれると心強いんだけどな。でも話相手には良いかな。戦闘になったら私が護らないといけないし、金貨10枚でいい?」
金貨10枚!エミリーにとっては手にしたことのない大金だ。
「そんなに貰えるの!?」
クレアは首をすくめた。
「ワイバーンと戦闘して金貨10枚とか私なら絶対にやだわ」
魔術志望者としては、ジュリアの魔法をもっと見ておきたい。それに黒龍王見学も勉強の一環である。
「あ、そうだ!ジュリア」
「なあに?」
エミリーは先ほどの干し肉を差し出した、
ジュリアは何も聞かずにすぐに口に放り込んだ。
「聞きたいんだけど、これって魔力回復してるよね?」
「へえ。かなり優秀な魔力回復アイテムね。なんの肉かしら。今日は結構魔力消費したから助かるわあ!」
マスターはあきれ顔だ。
「ここに来るまでに何をしでかして来たんだお前」
話がまとまると、カウンターでジュリアは酒をあおりはじめた。結構いけるクチのようだ。
皿を運びつつエミリーはウキウキしていた。
(ドラゴンが見れる!しかも一番大きいやつだ。眠ってるって言ってたなあ。ドラゴンの寝顔は可愛いのかな?)
酒場の扉が荒々しく開けられた。
「いらっしゃいませ……」
入ってきた客を見てエミリーは素早くジュリアの足元に隠れた。
「何してるの?」
「また詐欺師さん来た。あの人、苦手」
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「アグラットは言いつけを守っているな」
「調子悪そうでしたね」
「ニコラの結界だな。ご丁寧に60年間かかすことなく結界を張りなおしておる」
「並みの魔族では動けないでしょうね」
「だが人間の世界で稼ぐことを知って戻ってもらいたい。頑張ってもらわねば」




