使命を全うした人間
当初の予定よりも少しかかったが、三週間ほどで目的の都に着いた。
その間、蛇の杖にしっかりと勉強を教えてもらった。
行商人の夫婦には独り言の多い子だと思われただろう。
馬車は帝都の宿屋街に到着した。
「運んでくれて、ありがとう。これはお礼」
礼を言い、銀貨を数枚差し出したがやはり固辞された。
「それよりもお嬢ちゃん、立派な魔術師になるんだよ」
エミリーは深々と頭を下げた。
(大人ってみんな親切なんだなあ)
ここから試験日までは帝都のなるべく安い宿に泊まるつもりだ。
帝都クリミアハリル。
60年前の魔王との大戦以降、発展めざましい。もともとは隣のグリーデン王国から分かれた国である。
「蛇さん、どうしよう。どの宿に泊まったらお得かな」
「俺は別に野宿でも良いんだがな」
それにしても人が多い。同い年くらいの子供の姿も見える。受験生だろうか。
きょろきょろと周りを見渡していると、急に声をかけられた。
「君、受験生?」
「え、私?」
金髪の青年だ。着ているローブには乙式魔術学校と刺繍されている。
「宿探しだよね。実は学校の伝統でね。受験生に宿を紹介してるんだ」
「えっ。でも」
「ほら。早くついておいで」
後ろから押し出されるように促され、帝都を歩く。
大きな黄色い看板に『受験生歓迎』と書かれた宿屋に到着した。
「ここが安くて良いよ。受験生特別割引してるし。ここで待ってるからさ。もしも嫌だったら他の店も紹介するよ」
どうやら、この時期は受験生を相手に商いをしているようだ。
宿屋の主人も人当たりがよく、宿泊費も足りそうだ。食事も出る。受験後は合格発表の日まで割引が続く。
宿の外で待っていた青年に、ここに決めたことを伝えた。
「ここは夜も静かだからね。勉強もはかどるよ。こんなに早く決めるなんて決断力があるね。きっと合格するよ」
「色々ありがとう」
「当然のことをしたまでさ。君は田舎から出て来たんだろう?帝都を少し案内するよ」
「え?いや、悪いし」
「まだ日も高いし、ちょっとだけだから。さあ行こうか。散歩したい気分なんだ」
さっきと同じく、それ以上に強引だ。
エミリーは少し迷った。でも、良い宿まで紹介してくれた人だ。無下に断るのも心苦しい。
今日は馬車の中で結構勉強が進んだのも確かだ。
気晴らしは必要かな。
「じゃあ少しだけ」
帝都は巨大な朱雀大路を中心として東西に小路が伸びている。王城に近い場所は美しい赤い屋根の貴族の屋敷が並ぶ。
どの屋敷も戦時には要塞として機能するように巨大な塀を持ち、高い塔を持つ。
行きかう人々は様々な肌の色を持つ。どうやら都では刺繍のローブが流行っているようだ。
(私、木綿の一枚服だ。なんか恥ずかしいかも)
「向こうは騎馬隊の練兵所、川のこちらからでも見れるよ。土手に腰かけてさ。馬が好きなら見ていて飽きないよ」
「あの。試験会場を見ておきたいな」
青年は目を輝かせた。
「そう!それは良い心がけだね!」
丙式魔術学校は赤いレンガ造りで、乙式魔術学校の向かいに位置していた。
学校の生徒たちだろうか。不審者を警戒するかのように二人をジロジロ見ている。
青年は気にしない。
「君はどっちを受験するの?」
「丙式を……」
魔術学校にはレベルに合わせて上から甲式、乙式、丙式と分かれている。
甲式を受験するには推薦状と金貨300枚が必要だ。貴族の子弟が受験することが多いらしい。
乙式と丙式は金貨3枚で受験することが出来る。特に年齢制限はなく、初学者は丙式へ行く。
卒業後は丙式から乙式へ進学する者もいるが、大抵はそのまま就職する。
「丙式ならもう受付してるよ。実はね、丙式は在校生が代理で受験手続をする決まりになっているんだ」
「え。でもパパは自分で手続きしなさいって」
青年は明るく笑った。
「ははは。それはね、数年前までの話。甲式魔術学校は推薦状が要るのは知っているかな。でも甲も乙も要らない。それだと信用ならない人が受験してしまう。だから在校生が代理で行うのさ」
「初めて聞いた」
青年は声を潜めた。
「それにね。実はここだけの話、手続きしてあげると僕は銀貨10枚もらえるんだ」
「なるほど」
妙に世話を焼いてくれる理由はそれか。
「別に、他の先輩に頼んでみても良いよ。女学生につなげようか?」
他の人を探すのも手間だとエミリーは思った。そんな時間があるならば、勉強せねば。
「じゃあお願い」
「よし!良かった。僕が手続きしてあげるから、ここで待っててね。受験料は金貨3枚だよ」
笑顔の青年は丙式校舎の方角へ消えて行った。
エミリーは門の前に足を抱えて座った。
日が傾き始めた。
そろそろ宿屋に戻りたい。
「あのよ」
「なあに蛇さん」
「先輩に対しては敬語を使わないといけないんじゃね?」
「そうなの?」
「仮にも目上なんだし。人間の付き合いは分からんけどさ」
「あーそうなんです?」
敬語が分からなくはないが、村ではあまり使う機会がなかった。
慣れない。
「お、おう。一応、目上と認識してくれてるんだな。なんか変だけど少しずつ慣れていきな」
「お兄さん遅いですね」
「俺にはため口でいいよ。人間じゃないし」
不安を感じ始めたころ、金髪の青年が出て来た。手に何か持っている。
「これ、領収書ね。受験日に試験会場に持っていくといいよ」
紙には大きな文字で『丙式受付済』と書いてある。
ほっとした。
「ありがとうです!」
「別にいいよ。じゃあね」
言い残して青年は足早に夕闇に消えた。
「良い人だったなあ」
「宿に戻って勉強するぞ!」
「はーい」
宿の一階で食事をとってから自分の部屋に入った。
小さな個室だ。ベッドと机がある。ぼろぼろの魔法書も何冊かある。
「わあ!紙の本だ!すごいすごい!」
ベッドの上に雑に投げ出された杖は呆れたように言った。
「そんなにテンション上がるもんか?」
エミリーは手に取った本を机に置いて、じっと表紙を見つめている。
「大した熱意だ」
三十分後。
「ZZZZZZZ」
「寝るのかよ!」
お腹いっぱいだし、今日はいろいろ歩いて疲れた。
エミリーは満ち足りた気持ちで眠った。
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剣の魔将軍は今日も大剣の素振りを繰り返す。空を裂く鋭い風音が静寂な空間に等間隔で響いている。
「魔王様、60年ぶりに見る帝都はいかがですか?懐かしくないですか」
「うむ。嫌いな都だが。それよりも注目すべきは、人間として初めて頼んだ者たちが使命を全うしたことだ」
「おかげでエミリー様は無事着きましたね。金髪の男も親切でしたな」
「しかし金のためと自分で言っていた。人は金のためにどこまで動くのか興味が湧いたぞ」
「さすが魔王様。人は金のためには何でもしますからな。戦でも金を積むのはうまい策ですな」
「とはいえ、金の力だけでは人間を滅ぼすことはできない。昔から金で動かぬ変わった奴らも居る。もっと学ばねばな」
「御意」




