ママの形見が喋り出す
あの日、どうすれば良かった?
絶命寸前まで魔王は追い込まれた。
繭の中で数年は回復を待たねばならぬほど。
あのつがいの絆は理解を超えていた。
人間にしてやられるのは何度目だ。
いい加減学ばねばなるまい。
学びに行くか?
自ら擬態して。
いや、自分の凝り固まった頭では、どうにもなるまい。
ならば、どうすれば良いのだろうか。
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目覚め。
ずっと暮らしてきたはずの部屋。
今朝は何故か新鮮な気持ちだ。
死んだママの夢を見ていたような気がする。
実のところママが死んでから、記憶が曖昧だ。
よほどショックだったのだ。パパはそう言う。
夢に出て来たママの顔もおぼろげだ。
ベッドで伸びをするとパパから声がかかった。
ママが居ないぶんだけ、パパは頑張って子育てをしていると思う。
「エミリー。朝ごはん出来てるぞ」
「はーい」
パパは足を引きずりながら朝食を用意してくれていた。
戦争で足を痛めてしまって、外に出るときはいつも杖をついている。
今日もいつものベーコンエッグ。
目玉がこちらを見ている。目が合った。
「うへえ!」
この村の名物、動く目玉焼きだ。
「好き嫌いは良くない」
「はーい……」
しぶしぶ口に運ぶ。
「おえっ」
「もうすぐ馬車が家に来るから。パパが先に話に行く。忘れ物ないかチェックしておけ」
今日、荷馬車に揺られて村を出て行く。都に受験に行くためだ。
荷物は筆記用具と路銀。そしてパパにもらった杖。
魔術師だったママの形見らしい。
蛇の彫刻が施され、その目には赤い石が埋め込まれている。
外に出るとパパが行商人の夫婦に運賃を払っていた。人を運ぶことはあまり無いらしいが、快く引き受けてくれた。
お見送りは4人。
パパと大きな剣を持った村長、フリフリの服を着た女の子とチャラチャラした男の子だ。二人はいとこだ。
みんな私に優しい。
ママが死んでから悪い意味ではなく、特別扱いされている気がした。
狭い村だ。
家の中からも視線も感じる。みんなが私を見守る。
きっと大丈夫。
「じゃあ行ってきます」
「ああ」
「気を付けてな」
「いってらっしゃい」
「良い旅を」
親元を離れるのは初めて。
正直、不安だ。
帝都までは馬車で二週間はかかるらしい。
手にした路銀を数えてみる。
金貨3枚に銀貨50枚。金貨は受験料なので手を付けてはならない。
村にも貨幣経済は及んでいる。
足を引きずりながら大工仕事をこなすパパを毎日見てきた。
元気だった頃のようには稼げない。
それでも村人は優しくて、不自由な体で一日なんとか働けば銀貨1枚を稼ぐことが出来た。
藁を敷き詰めた荷馬車はよく揺れた。
夕方に小さな宿屋に着いた。
宿泊費と食事代込みで、だいたい銀貨1枚とパパから聞いている。
払おうとすると行商人の夫婦がすでに払っていた。
「そんなの悪いよ。お金は持ってるよ」
「子供が気を使いなさんな。路銀は命綱だからとっておきな」
「あ、ありがとう」
受験日までは帝都で暮らす。到着してから10日ほどの余裕を見ている。
毎日安宿に泊まれば、銀貨は余るはずだ。
(パパが必死に稼いだ銀貨だ。無駄遣いしないようにしよう)
宿の主人もエミリーが受験生だと聞くと感心しきりだった。
夕食後にぶどうジュースのおまけも出してくれた。
(旅は楽しいな。みんな良い人ばかり)
次の日も朝から荷馬車に揺られる。
お昼過ぎのこと。
馬車が急にとまった。
気になるが息を殺して幌から顔を出さなかった。
パパから言いつけられている。野盗が金をせびることがあるらしい。
素直に小銭を渡して去るのが良い。子供とはいえ、若い女が乗っていると分かるとややこしいことにもなると聞いた。
(こわいな)
聞き耳を立てると外からは女性の声がする。
複数人のようだが、馬車の主人以外は女性のみなのか男の声はしない。
馬車は再び動き出して、ほっと胸をなでおろした。
(道を聞かれただけか)
幌の隙間から少し覗いてみる。
よく見えないが三人組。一人は大きな白い盾を背負っているようだった。
さらに揺られること二日。
「おい。勉強はしなくていいのか」
うたた寝をしていたエミリーはビクリと周りを見渡した。他に誰か乗っているわけがない。
(夢か)
起きがけに夢と現実が混ざることはよくあることだ。
「結構余裕なんだな」
「!?」
声の主は杖だ。薄暗い幌の中で杖の目だけが光っている。
ママの形見の杖がしゃべっている!?
「今、あなたが声を出したの?」
握り込んで見つめる。
「俺以外の誰が居るんだ」
「わあ!すごいすごい!」
ママの形見がこんなに不思議なものだったとは。
「そんなことより。お前、勉強しなくていいのか」
「あ、そうだよね。着いたら試験まで日がないもんね」
「おいおい。大丈夫か。とぼけた奴だなあ」
「そんな言い方しなくても」
杖に叱られるのは人生初だが、確かに勉強しておくべきだろう。
幌の隙間を少し開く。日中なので手元は見える。
木の皮を丸めたルーン文字一覧表。
その文字一つ一つ違った意味を持つ。呪文はその意味に沿って唱えられる。
文字の形とその意味を暗記しなければならない。
蛇の杖が覗き込んできた。
「え。まじかよ。まだこんなものも覚えてないのかよ」
「違うって!復習、復習。なんか蛇さん口が悪いね」
「蛇さんじゃねえ!カドュケウス。伝令使の杖、ケリュケイオンと言った方が分かるか」
「なんて言ったの?」
「俺の名前だよ。聞いたことくらいはあるだろ」
「誰なの?」
「ま、まじか。宝物の代表格だぞ。レガリアのひとつで……って、さすがに試験に出るだろ!受験生だよな?知らないの?」
エミリーはバツが悪そうに笑う。
「……。お前はこの世に発生してあまり経ってないんだったな。悪かったよ。でも俺って知名度低いほうなの?なんかシンプルにショックだわ。ほらエクスカリバーとかグングニルとかなら聞いたことあるだろ。レガリアの」
「発生ってなに?私は13才だし、人間は誕生って言うんだよ。それにレガリアってなに?」
「あー。全く知らないわけね。オーケー。だったら俺がいろいろ教えてやるよ」
相手が杖だろうが、話し相手が出来たことにエミリーは喜んだ。
どうやら国などの集団が権威として持つ財をレガリアと呼ぶらしい。
由来は古く、異世界から届けられた物もあるらしい。
「そんな大層な杖なら、なんでここにあるの?」
「そこまあ。あれだ。お前のママが拾ったんだろダンジョンとかで」
蛇の杖は口ごもった。話題を変える。
「それより勉強すぐに教えてやるから無駄口叩くな。今までパパに教わってたんだっけ?」
「うん」
「お前のパパは人間の受験を舐めてるな。このままだと確実に落ちるぞ。俺がみっちり教えてやるよ」
「お前じゃなくて『エミリー』」
「はいはいエミリー」
「よろしくね、蛇さん」
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魔王の玉座を包み込む繭がどくんと脈打った。
その傍らを護るように、剣の魔将軍は大剣の素振りを繰り返している。
「魔王様。エミリー様が楽しそうでなによりです。人の旅は危険と聞いていましたが。あの行商人の夫婦も存外に気にかけてくれているようです」
不審に思われない程度に、金に色をつけて渡したかいがあった。
「うむ。人間は適切な金さえ払えば基本的には無害じゃ」
威厳に満ちた低い声が繭から響く。その声には人間に対する不信感がこもる。
「魔王様。手負いの身で毎日毎日、大工仕事を頑張りましたもんね」
「そこはな。ずるをしてはならぬところなのでな」
「それにしても思いきりましたね」
「何がだ」
「お供を付けないなんて」
「エミリーはわしが初めて育てた大切な娘じゃ。半世紀以上かけて使えるようになった素体も替えはきかぬ。だが……」
思いのほか、素直な子に育ってくれたと思う。だからこそ未知なる人間社会に送り出す不安もある。
「人間という底知れぬ種族を本当の意味で知るにはリスクを冒さねばならん。我々も見守ることで、共に学ぼうぞ」
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はじめまして!えむと申します!
第1話を読んで頂きありがとうございます!
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