引き継がれる想い
村の仕事を手伝いながら二か月が経った。
ユーリはこまめに村人に声をかけ、困っていること、手伝えることはないかと毎日聞いて回っている。
帝国領だからではない。よそ者でも出来ることは多少ある。
リュクロスは毎日ラフラスに稽古を付けてもらっていた。
老人の仕事が終わってからなので日に一時間ほどだ。
今の自分には鍛錬が必要だ。ユーリを狙う者たちは手練れが多い。
「ラフラス様。ラフラス様。聞こえてますか?次は何をしたらいいですか?」
「ん?ああ。飛矢への対処だったかな」
「それは昨日やりました」
始動を受け始めてすぐに気が付いた事がある。
少しボケが始まっているようで、意思の疎通が出来ないときがある。
(ご本人も分かっていて、それで議会への復帰を拒んだんだろうな)
そうとも知らず、あんなにまくし立てて、申し訳ない気持ちだ。
「次はわしが枝を魔力でコーティングしたものを投げつけるので剣だけで対処するのじゃ」
「はい」
老人はひざに載せた小枝を投げつける。
小枝は光を発しながら加速してリュクロスめがけて飛んでいく。
魔法剣ではじくと、まるで矢を当てられたかのような重い衝撃が腕に伝わってきた。
逸れた小枝は背後の木に突き刺さった。
「ちょっとラフラス様。当たったら大けがしてしまいます!」
「ん?ユーリは回復魔法も使えるはずじゃ」
次々投げつけてくる。
その勢いに容赦がない。
ボケているのか、リュクロスの身体能力を信頼しているからか分からないまま、とにかく必死でさばく。
老人とはいえ、魔王と一騎打ちをした唯一の超人である。
リュクロスは恐怖を感じ始めた。
限界を宣言しない限り、この老人の訓練はエスカレートしていく。
「慣れてきたら弾いた枝を目標に当てるのじゃ。敵の投げナイフをはじき返して他の敵に当てる要領じゃ。簡単じゃろ。まずは左手の切株に当てよ」
リュクロスからすると大きな剣はそのような用途に適していないと感じる。弾くのが精いっぱいだ。
段々と腕が上がらなくなっていく。
心なしか、狙いの方向へ弾けている気はする。
老人の投げる枝のペースは全く衰えず、むしろ加速している。
「ラフラス様!もう限界です!」
身の危険を感じて叫んだ。
「そうか。じゃ、今日はここまで。妹のリュミシーも騎士なら弓くらい撃てるだろう。撃ってもらえ。明日までには出来るようにな」
次の日の朝。
稽古のあとで、二人の騎士は衣服を洗う。
「ユーリ様がそろそろ出て行くって」
「本当!?」
リュクロスは嬉しくもあり、惜しくもあった。ここに居ればもっと強くなれそうなのに。
「ラフラス様の特訓って厳しい?」
「厳しいなんてもんじゃないよ!何度死にかけたことか」
意地を張り合う弟子だったら死ぬまであると思ってしまうやり方だ。
リュミシーは初日で命の危機を感じてからは参加していない。
代わりにユーリに魔法を教わっている。
「なんかさ、ごめんね」
「なにが」
「私ってぶっちゃけ役に立ってないよね」
「そんな事言わない!私たちは一心同体。ユーリ様のために命を捧げてるんだからさ。胸を張ろうよ。栄光の帝国騎士なんだよ?」
「うん……」
リュミシーは帝国騎士の質が低下しているのは自分のような者のせいだと感じる。
もちろんリュクロスは騎士としてふさわしい力を持っている。
だが自分は違う。
おそらく稀有な才能を持ったリュクロスの双子の妹だからこそ騎士に選ばれたのだ。
確かに幼い頃から騎士になるべく教育を受けて来た。
忠誠心なら誰にも負けないと思った日もあった。
だが忠誠心だけでは主君は救えない。
(魔法も半端。剣もだめ。家柄だけで騎士になれた……。でも炊事と洗濯はリュクロスに負けてられない)
リュミシーは洗い駕籠から次の衣服を取り出した。
「リュミシー。リュクロス。ご苦労様」
後ろから声をかけたのはユーリだった。
「ユーリ様!」
「そろそろこの村を出ましょう」
その言葉に二人は顔を見合わせた。また危険な旅路が始まるのだ。
「ラフラス様に沢山の紹介状を書いて頂きました。まずは公爵領。もちろんグリーデン王国へも向かいます」
「いよいよですね!」
「命がけの旅になるでしょう。私の臣は今は貴方達二人だけ。私にとってはかけがえのない二人です。今後も一緒に茨の道を歩んでくれますか?」
無理ならば、ここに留まってもらい、事が済んだ暁に迎えを寄こそうと思う。ラフラスと一緒なら安全だろう。
リュミシーが真っ先に答えた。
「もちろんです!死するその時まで片時も離れません」
「先に言われちゃったけど、私も同じ。いつも負けちゃうんだよね」
三人は笑い合った。
マインツの館の隣には、帝国博物館がある。
その地下にある研究室には常設展示されていない武器や鎧、魔法具などが並べられている。
ヨハンはマインツのために帝国文化財保護の名目で新たな研究室を用意した。
発見された魔法具の解析とレガリアの研究。
そこで働く研究員たちは全てマインツの息がかかった者たちだ。
むろん帝国の財源により運営されている。
「マインツ様。今月分の魔法具が各地から献上されました。条件を満たすものをこれから分別します」
魔法具はブレスレット、杖などさまざまな形態がある。いずれも術者の魔法を補助、強化する力を持つ。
「はじめは酷いものだったが、良質な発動具が集まるようになってきたではないか」
「はい。これもレガリア研究の成果かと」
レガリアには異世界から伝来した物も多い。
人類はそれを模して新たな疑似レガリアとも言える存在を生み出すことに成功しはじめている。
「魔法陣の司令塔の役割を果たすレガリアは発見できたのか?見つからなければ作らねばならぬ」
「申し訳ございません。いくつか機能的に最低限満たせそうな候補はあるのですが……」
研究員の一人が噂を報告した。
「そのことなのですが、ナウシズ様が相当な杖を質屋で手に入れたと聞きました」
「相当な杖?ミリアムの杖に匹敵するほどか?」
「いいえ」
もったいぶってから研究員は言った。
「それそのものという噂です」
良くやったという喜びの表情を見せてから、マインツは命じた。
「まずは金を積め!それが無理なら力ずくで取り上げろ!」
一番の目的の物が手に入るのならば、もっと急いでもよかろう。
「その他の魔法具は来月の帝国議会の承認を得るまでに可能な限り集めておけ」
「そのことなのですが……」
ヨハンは声をひそめた。
「経済状況を理由に皇女のシンパが議会で反対しそうです」
「ほぼ全員に金を掴ませたはずだが。今度は誰が中心だ?」
「幼な君のお母様が」
「さきほども言ったが、金で動かぬならばどうするか分かっておろう。殺してもよい」
「承知しました」
強大な魔王との戦いは人間同士の争いの抑止力になっている。
だが、人間の脅威は常に人間である。
最も雄大であった60年前の帝国の力を引き継がねばならない。
(徴税も見直す必要がある。それにもはや勢力とも呼べぬが、やはり皇女のシンパは徹底的につぶしておく必要がある。我々の手を汚さずに)
旅立ちの朝、三人は村人たちに見送られた。
「よそ者の私たちをとても親切にしてくださった恩、一生忘れません」
「お嬢さんたちは帝都に帰るんだよね。また遊びにおいで」
ユーリの人柄は、その地位を知らぬ村人にも受け入れられると知り、リュクロスは誇らしく感じた。
珍しく宝剣を腰にさげたラフラスはリュクロスに言った。
「久しぶりに鍛えがいのある騎士じゃったわ。才だけならわしよりあるが、戦場すら無い世では場数が圧倒的に足りぬ。姑息な輩に足をすくわれぬようにな。それから道中は、研鑽を続けろ。今度会った時にわしが生きておったら卒業試験をしてやるからな」
リュクロスは意外だった。毎日付き合ってくれているのは皇女の手前だからだろうと思っていた自分が恥ずかしい。帝国最強の勇者に過大な評価を貰っていたのか。
「お前が最期の弟子じゃ」
思いもよらぬことばにリュクロスは目頭が熱くなった。
「足りぬ技量に恥じ入るばかりでした。ありがとうございました」
「リュミシーよ。お前は盾を背負い、どんな時もユーリ殿下に張り付いて離れるなよ。後悔せぬようにな」
その忠誠心はこれからも皇女を救い続ける事だろう。
(わしは目の前でミリアムを……)
ラフラスは背を向けた。
「ユーリ殿下。帝国を頼む」
村を出た一行はすぐ立ち止まった。
「案の定ですね」
あの日逃したサイクロプスが大木の陰で待ち構えている。
ばればれだが気付かれていないと思っているのか微動だにしない。
ユーリは杖を構えた。
「私がこの距離から先制魔法を撃ちます。リュクロス、追撃をお願いできますか」
「はい」
その時、上空を金切り声のような音をあげて、一陣の光風が通り過ぎた。
次の瞬間、サイクロプスは大木と共に真っ二つになって倒れた。
(音速剣だ)
絶技を見たリュクロスは振り返って村に一礼をした。
今日のラフラスは村長の屋根の上で修理を手伝っていた。
村人は大声で言った。
「突風に気を付けてください。なんか今屋根が大きく揺れましたよ」
(少し力加減を間違ったわ。ちょこっと手助けするだけのつもりだったんじゃが)




