金の力
クレアが注文をとろうと近付いたが、エミリーはそれを遮るように声を掛けた。
「ご注文は?」
怒りで声が震える。ちらりとこちらを見た。
「あー。オレンジジュースとバロティーヌ。あとパンも」
だが、やはり気付いてないようだ。
「その前に金貨3枚返して」
「え?」
訝しげな表情で青年はもう一度顔を上げる。ウェイトレスの顔に見覚えがある。
「あ~。今年の」
「あのお金は本当に、本当に大事なものだったの!」
青年は全く動じる様子もなく、エミリーの服装を見てニヤニヤしている。
「へえ~。田舎娘かと思ったけど結構、似合ってるじゃん」
「あなたのせいで、私、どんなに……!」
様子を見ていたクレアが割って入った。
「エミリー、知り合い?お客さんじゃないの?」
「私の、金貨3枚を奪った詐欺師です!」
「俺は客だぞ。人聞きの悪いこと言わないでくれ。あれは観光案内。だって実際、学校の場所分かんなかっただろ?」
すらすらと出てくる口上は明らかに常習犯のものだ。
何を言っても金は戻ってこないだろう。
色んな感情が沸き上がって言葉が出てこない。
「ううっ……」
エミリーは悔し涙を流しながら踵を返すと酒場の二階へ駆けあがって行った。
クレアは青年に注文を再確認した。
「ご注文はオレンジジュースとパン、バロティーヌ?」
「あと、ここに書いてあるおすすめのスープって?」
「今日はロヒケイットね」
「じゃあそれで」
青年は愉快そうだ。
厨房に戻るとクレアはマークに注文を伝えた。
「忙しいんだけど。エミリー泣きながら部屋に戻ったよ」
「はあ?なんで」
「金をとられたって」
隣で聞いていたマスターはキッチンナイフを置いた。
「何の話だ?金?」
「いや、ここに来る前のことらしいけど。入口に座ってる金髪の兄ちゃんにエミリーが騙し取られたって」
「いくら」
「金貨3枚」
「ふうん」
客の入りはピークを迎えた。
店内は隣の人の声が聞き取れないほどの盛況ぶりだ。
今日はパーカッションと踊り子のショーだ。
ドンドンと音が屋根裏まで響く。
エミリーは自室でベッドに突っ伏して泣いていた。
(観光料?悔しい。私は観光に来たんじゃない)
笑い声が聞こえる。さっき放棄した職場の喧騒が伝わってくる。
(何も言い返せなかった)
それも悔しい。
あの日、私は無力だった。でも。
私が今出来ることは少ないけど、ある。仕事をすることだ。
マークがクレアの肩を叩いた。
「エミリーが戻ってきたぞ」
足早に階段を下りて来た。迷惑をかけてしまった。
「ごめんなさい。ちょっと気分が悪くなってしまって」
マスターは振り返らずに声をかけた。
「別にいくら休んでも良いが黙って居なくなるなよ。今度からは一言必要だぞ」
「はい!」
もしも部屋に篭ったままなら、ずっと泣いていたと思う。
仕事をしていると何も解決してないのに気がまぎれる。不思議だ。
催し物が終わると客のピークが過ぎたようで席が空き始めた。
金髪の青年は席を立った。なかなか旨い料理だった。
最後に泣き顔でも拝んでいこうかとエミリーに声をかける。
「お勘定置いていくぞ。確かめて」
エミリーが行こうとするとマークがひきとめた。
「あ。ちょっとお客さん」
マスターが声を掛ける。
「ん?」
「今日のおすすめスープ代を頂いておりません」
「え?今、払ったけど。机を見なよ」
「お客さんのスープ代は金貨3枚になります」
「あ?」
金貨3枚。青年は察した。なるほど。そういうことか。
普段はこういうトラブルを避けるために知らぬ存ぜぬを通すのだが、今日はおちょくり過ぎたようだ。
「ああ。あれね。田舎から出て来たって言うもんだからさ。頼まれて帝都を案内してやったんだよ。本人に聞いてみなよ。おかげで試験会場を見つけることが出来たって感謝までされたよ」
饒舌な青年とは対照的にマスターは黙ったままで睨んでいる。
でかい男だ。青年は舌打ちをした。
「じゃあこれで」
マスターは青年の髪を掴んだ。
酒場は騒然となった。
「痛い!痛い!禿げる禿げる!」
事情を知らぬ酔っぱらいが集まって来てはやし立てる。
「おおっ!無銭飲食か?」
「ハゲだってよ!」
「あ?俺のことハゲっつったな。もう許さんわ」
常連客達がどっと笑った。
とっくに青年は金貨3枚を差し出している。
「スープ代払うから。ここに!離して!」
「マスター!離してあげてください!」
エミリーが止めに入った。
「私は金貨3枚戻ってきたらそれでいいですから!」
「おっ。エミリーもか?じゃああと3枚だな。スープ代と合わせて6枚になります」
マスターは金貨6枚を受け取ると青年を叩きだした。
「騎士団に言いつけてやるからな!」
青年は捨て台詞を吐いて逃げ去った。
営業後、エミリーは賃金の銀貨5枚と金貨6枚を渡された。
「あの。マスター困ります。私3枚で結構ですから」
「エミリー。贈与でも無ければ金には金利ってもんがかかるんだ。その3枚は金利だ。覚えておけ」
「よ、良くわからないけどありがとうございます」
エミリーは金貨と銀貨を両手でぎゅっと握った。
これで予定よりも早く蛇の杖を買い戻せる。
まさかこのような形で到達できるとは。あの日、諦めて村に帰らなくて良かった。
あの日、働くという選択肢を選んだ自分を褒めてあげたい。
世間は起き始める時間だが、エミリー達にとっては就寝時間だ。
鳥のさえずりが聞こえる。
(こんなに小さい物なのに)
薄闇の中だからこそ、窓から差し込み始めた朝日で金貨は過剰に光っている。
(私の人生を変えてしまったような気がする)
自分の何が変わったのか。
きっと村に居たらパパのご飯を食べ、村の皆と暮らしているだろう。13歳の村娘の平凡な暮らし。
(たった二か月)
あっという間の二か月だった。
明日、杖を買い戻したら村に帰る。
(パパ、ママ。私がんばったよ)
だが心残りもある。
(杖を取り戻して村に戻ったら、来年も受験をする気になるだろうか)
人間は成長するが、成長し続ける生きものではない。
少し不安になった。
自分の実力も見えてしまった気がする。
ひと眠りした後、いつもの図書館には行かず、エミリーは質屋の前に立った。
「ついにこの日が来た」
質屋の扉を開く。
あの日と同じように店内に店主が一人。
「蛇さんの杖。返してください。金貨3枚。6枚まで払えます」
「あんたか。出入り禁止にしたはずだが」
黙って金貨6枚を差し出す。
店主は受け取らず、目も合わせない。
「売れたよ」
「え?」
「あんたの杖は売れたんだよ。もう店には無い」
エミリーの頭は理解を拒絶した。
はいそうですか、と引き下がれない。
「誰に売ったの」
「知らないよ。常連客じゃなかったからな」
「特徴は?」
「覚えてない」
「いくらで売ったの?」
後ろめたいことでもあるのか、店主の声が大きくなった。
「うるさいな!」
「じゃあ小声で聞きます。……おいくらで売ったの?」
「帰ってくれ。話すことはもうない!」
店を出たエミリーは妙に冷静な自分に気が付いた。
「売れちゃってたか……」
その可能性もあると思っていた。
以前なら泣きわめいていたかもしれない。
(どうしたらいい?自分で考えるんだ)
蛇の杖は帝都に消えた。
(私の力ではもう探せない)
だったら……。
エミリーの行動は早かった。その足で冒険者ギルドへ向かう。
「『音楽の都亭』の嬢ちゃんか」
「依頼を出しにきました。個人的な」
「この申し込み依頼書に記入して手数料銀貨10枚と一緒に提出してくれ」
エミリーは二件の依頼を出した。
蛇の杖の情報提供。
そして自身のために家庭教師募集。
(パパごめんなさい。私はまだ帰れない。ここで頑張ると決めたから)
『探し物 質流れ品 話すことの出来る蛇の杖 情報を求む。報酬銀貨10枚』
『家庭教師募集 女性限定 丙式魔術学校受験予定 週二回一時間銀貨3枚』
いずれも連絡先は『音楽の都亭』エミリーだ。
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「上がったり下がったり、気持ちが追い付かぬ。とりあえずマスターには礼をしたい気分だ。かといって魔族が金を送ればエミリーの居場所が無くなるかもしれぬ。どうしたらよいのか」
今日の剣の魔将軍は大剣を掬い上げる動作を繰り返している。
「魔王様、やっと人の強さが見えてきた気がします。個としては得手不得手がありながら、信頼関係があれば、みな協力をするのですね」
アグラットも今日は珍しく正座をして見ていた。
「それにエミリー様のご成長。まさか自分から依頼を出すとは。エミリー様強くなりましたねぇ」
(うむ。自分で考えて生活をしている)
魔王は満足だが、ため息をついた。
「わしは恥ずかしい。こんな繭にあと何年も籠らねば何も出来ぬ。手紙の返事もどう書いて良いのか分からぬわ。きっかけの金を出す以外に親は何が出来る?見守るだけか?」
魔王は繭の中で娘から届いた手紙を何十回と読み返している。
映像で毎日娘を見ているのに、紙による近況報告は違う。
気持ちが宿っているのだろうか。
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17話まで読んで頂きありがとうございます!
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