大切な場所
家々から人々が出て来た。キメラの死骸を取り囲む。
「まさかキメラが村を襲うとは」
エミリーは何とか大通りまで這い出て来た。
「エミリー。宿屋に居たんじゃなかったの」
「こ、腰が抜けちゃって」
「あらまあ」
ジュリアはエミリーをおぶった。
村長は苦い顔をしてマスターに報酬を渡す。
「本来なら村に入られる前にやってくれたらよかったのですが」
マスターは禿げ頭をなでながら言った。
「そこは謝る。だが依頼は退治だ。死人が出なかっただけでも幸いとしてくれ」
絶命したキメラの尾は工房から盗み出した杖をしっかりと咥えていた。
エミリーはキメラが工房からそれを持ち出すのを見ている。
「ジュリアあれを見て。しっぽが咥えてる杖」
ジュリアは驚きの声をあげた。この距離でも一目でわかる。
滅多に見られないとんでもない逸品だ。
おそらく+3はあるだろう。
ジュリアは近づくと指をさした。
「村長、あれ。盗られなくて良かったね」
村長は真っ青になった。
「おお。これは今月中に城に納品する物なのです。まずいことになるところでした」
開発費も相当かさんだことだろう。
納品すればどれほどの金貨を受け取ることが出来るだろうか。
「な。俺たちに感謝しろよ」
村長はおそるおそる杖を引っ張ると、大事そうに抱え込んだ。
宿に戻ったエミリーはすぐに布団にもぐりこんだ。
まだ興奮が冷めやらず震えている。
ジュリアはニヤニヤしている。
「さっきライト打ち上げたのってエミリーでしょ」
「えっ」
「他に誰が居るのさ。あの距離でよく喰われなかったね。相当運がいいよ」
「うん……」
ジュリアの炎の魔法、喋るキメラ、マスターの斧。
命の危険はあったが滅多に見れないものを沢山見れた。
(文字の知識と現場の知識は全く違う)
一番驚いたのは、自分の中に見つけた冒険者へのあこがれだった。
こわい。けどカッコよかった。
一行は帝都に戻るとまず冒険者ギルドに報告のために立ち寄った。
夕方には酒場に帰ることが出来た。
『音楽の都亭』はちょうど立て看板を出すところだ。
「お帰りなさい。今回は早かったね。楽勝?」
「おう。変わったことは無かったか」
「特になにも。エミリー楽しかった?」
「楽しかったけど……」
「ジュリアが言うにはキメラに一人で立ち向かって死にかけたらしい」
「あはは。そんなわけ」
クレアは冗談と受け取ったようだ。
エミリー本人もひとつ学んだ。
自分の身は自分で守らなければならない。
(私にも使える魔法がもっと欲しい)
分かる人に聞くのが一番だが一応、聞いてみる。
「クレアさん、魔法の勉強ってどうやったらいいですかね?」」
「私が分かると思う?」
「いえ……」
帰りの馬車でジュリアに聞くと「慣れ」という答えが返ってきた。本当に学校を出ていないようすだった。
なんにせよ、教えを請う相手として適正とは思えなかった。
(そうか。先生も自分で探さないといけないんだ。自然と出会うものだと勘違いしてた)
クレアは思いついたように膝を打った。
「そうだ。図書館で自習してみたら?」
「図書館?」
「大分離れてるけど、帝都の西区画にあったような」
酒場の客から場所を聞き、次の日、行ってみることにした。
昼過ぎに起床した。
冒険の直後であり、そもそも、さっきまで働いていたので疲れはたまっている。
エミリーがずっと通う事になる大切な場所。
帝国図書館はクリミアハリル西区画、国立公園の敷地内にあった。
聳え立つという表現がふさわしい。
「大きい!」
図書館エントランスから続くカーペットには帝国の歴史が美しく織り込まれている。
なんとなく踏むことが躊躇される。
(ドキドキする)
屋内の壁際には一定間隔でいくつものスペースがあり、木の椅子とテーブルが付けられている。
一階の中央スペースから本棚が並ぶ。
屋内は巨大な吹き抜けで、五階の本棚までかろうじて見える。
エミリーは口を半開きにしたまま唖然と見上げていた。
本の香りなのかインクの匂いなのか嗅覚も刺激される。
(目がまわりそう)
きょろきょろと周りを見ながら、とりあえず一冊を手に取ってみる。ずしりと重い。
(ど、どの本を読めばいいんだろう)
まるで見当がつかない。
あっという間に夕刻になった。仕事がある。帰らねば。
(すごかった!すごかった!)
初めてクリミアハリルをすごいと感じた。
酒場に戻り、営業の準備に入る。
「おかえり。どうだった」
「宝の山でした!クレアさんありがとう!」
「気に入ったようだね。まあ、あたしは本なんて読まないけどね」
冒険者ギルドの依頼書を壁に貼り付け、机を拭く。
ひげ面の常連、マーカスはすでに酔っ払っている。酒場が開く前から他の店でかなり呑んで来たようだ。
彼に何か話せば大体、帝都中に言いふらされるが悪い人間ではない。
クレアは店のイベント周知のために利用している。
「よっ。エミリー。ビールをくれ」
「はい!」
「なんかニヤニヤしてるけど良い事あったか?彼氏でも出来たとか」
「えっ。顔に出てます?でもそんなんじゃないですよ」
最近はオーダーミスも減った。
おおよそ頼まれる人気商品も分かってきたし、頼む人も見えて来た。
慣れてしまえば、みかけの種類ほどメニューも複雑ではないようだ。
(大体、肉料理と酒だけ覚えておけば大丈夫)
それは日が変わる頃だった。
「いらっしゃいませー!」
ふらりと酒場に入ってきた金髪の青年。
エミリーは固まった。
この顔。忘れるわけがない。黒いローブはあの日と同じ格好だ。だが、今日はネームプレートを付けていない。
(私を騙した人……!)
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剣の魔将軍の素振りの速度が増した。
「魔王様。こやつのせいで。切り刻んでも飽き足らぬわ!」
アグラットはぶどうを食べている。
「食べに行こうかしらぁ」
「待て。こやつにはそれ相応の報いを受けさせたいが、それは人のやることだ。今宵も我慢して見護るぞ」
アグラットは繭をじっと見た。
(魔王様、気のせいかな)
いつの間にかサタナキアが居なくなっている。
魔王の威を恐れてアモンを探しに行ったのか女の所へ行ったのか。
(私がしっかりしないとねぇ)




