朝、元気に家を出て
「まあ、夜を待ってキメラ倒せばいいんでしょ。私たちにおまかせあれ」
「おお。さっそくお願いします」
村の防衛はやぐらの上の弓兵達に任せることにした。
今夜は念のために村の男たちが武器を手に徹夜で警戒する。
打ち合わせの後、夕方まで待機だ。
エミリーは約束通り宿屋にこもる。何があっても出てはならない。
ジュリアとエミリーは相部屋だ。
「ごめんね。宿泊代を払ってもらって」
ジュリアが支払うとマスターは甘やかすなとたしなめた。
「けちな大人だよね。あのハゲ。このジュリアに任せなさいよ」
「ありがとう。さっきの話、ジュリアはどう思う?」
「どの話?」
「キメラの餌がここにあるって話」
「あ~。結局あれでしょ。キメラ倒せばいいだけだからあまり気にしなくて良いよ」
ジュリアは複雑に物事を考えるのは苦手だ。シンプルな方がうまく行くと信じている。
「私、この村が自分の村と大分違うなって思ってたの」
「ふむ」
「黒い煙がいっぱい上がってるし、建物も立派だし」
「ああ。それはね、農業村じゃなくて工業村だからね。武器や杖を作ってるらしいよ」
(それで景気が良くなってるって言ってたのか。じゃあ武器が売れてるのかな?)
「受験生は勉強熱心だね。見学に行きたいの?」
「ううん。受験生なのかな私は。来年も受験するとは限らないし」
未練はある。だが断言はできない。
そもそも勉強以前に杖を取り戻して村に帰らねば。
「そっか」
「ジュリアはどの学校出たの?甲?乙?丙?」
「私?私は出てないよ」
「ええっ」
「私はね。攻撃魔法が好きで好きで。炎の攻撃魔法カノを唱えまくってたらこうなったのよ。他に質問ある?」
エミリーもそのカノとやらに興味ある。
なんならパパを癒すという理由がなければ回復魔法よりも興味がある。
「あとさ。なんでそんな動きにくい靴履くの?」
「私は固定砲台をイメージして魔法唱えてるのよ。その方が速く撃てる気がする。わかる?」
冗談なのか何なのか分からないが好戦的な人のようだ。
だがお金にシビアなマスターが依頼するくらいなのできっと実力はあるのだろう。
(受験のコツまで聞こうと思ってたのに少し残念かも)
かなり早めの夕食は三人で食べた。
相変わらずジュリアはマスターをからかっている。
「まるで家族みたい!一家団欒楽しいねお父さん!」
「黙れ」
「料理はマスターの手料理の方が美味しいです。ジュリアさんも『音楽の都亭』に遊びに来てね」
「ねー。お父さんの手料理が一番だよね~!」
「……」
わきあいあいと食卓を囲みつつ、エミリーが冒険の旅の楽しさを噛みしめていた。
マスターとジュリア、村人たちは村の北門から出て行った。
見送るエミリーは宿屋に戻る気はない。
(ジュリアの魔法を少しだけでも良いから見たい。そのために付いて来たんだ)
明日、見せてもらう約束にはなっている。
だが実戦でどう使っているのかが知りたい。
村ではパパや仲間たちが手取足取り教えてくれて、守ってくれていた。
でもここには自分しかいない。
蛇の杖の言葉を思い出した。
『困った時は自分で考えろ。人に聞いてばかりいたら大事な時に判断できないやつになる。考えた上で出した結論なら間違ってたっていいじゃねえか』
結局決めるのはいつも自分なのだ。
自分で見たもの、味わったものだけが残っていく。
(日没まであと少し。見つからないように完全に日が落ちてから村から追いかけよう)
村の工房は人の気配もまばらだ。
(私の村の工房と違って誰かが住んでいるわけじゃないのか。ここなら門も見えるし隠れやすいかも)
物陰でうずくまり、時が過ぎるのを待つのだった。
「キメラが目撃されるのはこの辺りですね」
「村に近すぎるな。ジュリア用意しようか」
ジュリアはマスターに防御魔法を唱える。
「協心したる茨の盾、聚蚊して雷と成れ、エオロー」
空気を震わせるような振動が起こり、フルプレートが微かな光を帯びた。
「キメラをおびき寄せる策についてだが……」
それは奇襲だった。
疾風のように林から飛び出してきたキメラはマスターに全力で体当たりをした。
弾き飛ばし、倒れたところにキメラは炎を吹きかける。
ジュリアが割って入って杖を掲げた。
「あちちっ!」
杖のおかげで炎は霧散し、その間にマスターは立ち上がれた。
「うおおお!」
飛び掛かり、キメラの頭めがけて斧を振り下ろす。
だがその刃は石造りの街道に深く食い込んだ。
身をよじらせて飛び退いたキメラは口を開いた。
「なかなかの使い手。これほどの戦力で狩りに来たということは村は今ガラ空きだな。脚力勝負といこうか」
その低い声に村人達は身震いをした。
(人語を解するのか)
キメラは村に向けて猛然と駆けだした。
「くそっ!ジュリア!」
ジュリアは素早く詠唱をした。
「激浪たる灼火、閃き来たれ、カノ!」
火球が5つ。宙に浮かぶとキメラを追撃した。
だが、地を火球が打ち付ける轟音と共にキメラは闇に消えた。
「外した。ごめん」
「おびき出されたのは俺たちの方か。村に戻るぞ。走れ!」
そのころ。工房の脇で膝を抱えてうずくまっていたエミリーは立ち上がった。
(そろそろかな。夜は始まったばかり。まだキメラは見つかってないと思うけど)
突如として櫓から早鐘の音が村中に響き渡る。
「ん?何の騒ぎ?」
バタン、バタン。
家々の扉や窓が一斉に閉じられる。
鐘の打ち鳴らす速度で脅威を伝える古典的な決め事がある。
エミリーはよそ者であるが、さすがに危機が迫っていることは察知できた。
(ど、どうしよう。表通りは危険かも。ここを動かないほうがいいかな)
危険な時は容易に動かない。飛び出さない。
選択肢としては悪くないが、今夜に限って言えばエミリーの考えは間違っていた。
村の門番の手には魔術強化が施された+1ロングボウが握られている。
ジュリアの火炎魔法の輝きは遠くからでも異変を教えてくれた。
弦を十分に引くことが出来た。
予想通りキメラは現れた。
だがキメラは直角に飛び、門の脇、暗がりへと素早く飛び込んだ。
むろん慌てて矢を放つが手ごたえはない。
かがり火が照らすわずかな綻びにキメラは体当たりをした。
牡牛を軽く凌駕する巨体は壁を突き崩した。
バリバリバリ!
「中へ入られたぞ!」
侵入に成功したキメラは路地を何度も何度も曲がり、門番は見失ってしまった。
「魔力の香りはどこだ」
キメラの山羊の頭がつぶやく。獅子の頭は鼻をきかせた。
「向こうだな。かなりの逸品が誕生したと聞く。それを献上したら将来の分け前が随分と増えるぞ」
家々の灯は完全に消えた。人々は目立たぬように息をひそめている。
エミリーは杖を握りしめた。
(何があったんだろう。こわい)
闇の中、荒い息遣いが近付いてきた。
(ひょっとしてキメラ?)
エミリーは冷汗が止まらない。
(少なくとも人間じゃない)
闇からゆっくりとキメラが現れた。かなりの巨体だ。まっすぐこちらに来る。
(お願い。気付かないで)
願いむなしく、獅子の頭はすぐにエミリーに気付いた。
「ほう。人間の娘か。久しぶりに喰らうのも良いな」
(私を食べるの?誰か助けて)
山羊の頭がたしなめた。
「優先順位を考えろ。あれの確保が先だ。この建物の中にあるのだから」
「今喰わねば逃げるだろうが」
「追っ手はかなりの強さだ。死にたいのか」
(喧嘩してる?ひょっとして助かるかも。山羊さんがんばって)
「分かった。だったら早く喰え」
(ええ~!)
キメラの大きな頭が眼前に迫った。
白い牙が闇に浮かび上がる。
(ママ、杖無くしちゃってごめん。すぐに行くね。パパ、さよなら)
「なんだ、この匂いは」
「どうした早く喰え。村の外の人間たちも戻ってくるぞ」
「魔王様の匂いが何故?」
(えっ。私に話しかけてる?)
「小娘。答えよ」
(どういう意味?)
腰が抜けたエミリーはその場にへたりこんだ。
「魔王様だけではない。なんだこの尊貴な香りは。喰らうことは出来ぬ」
キメラは巨体を揺らしながらエミリーから離れた。
そしてすぐさま工房の一画に体当たりをした。建物が揺れる。
(助けを呼ばなきゃ。腰がぬけて立ち上がれない。そうだ)
エミリーは杖を掲げた。受験で唱えたあの魔法。
「霽月の光風。晴れやかに照らせ。我は使役する、ソウェイル」
まばゆい光が周囲を照らす。
(誰か気付いて)
遠くから人の声がした。
「あの光!あっちだ」
工房からキメラが飛び出してきた。尾の毒蛇は美しい杖を咥えている。
キメラはエミリーを忌々し気に一瞥したが襲い掛からず、大通りに飛び出した。
「見つけた!取り囲め!」
炎を吹き出し応戦するキメラ。
エミリーはその様子を茫然と見ていた。
村人たちは遠巻きにしながら矢を射かける。
そこにジュリアが唱えた火球がキメラに降り注いだ。
(あれがカノ!)
マスターの声がした。
「やめろ!延焼する!」
「くっくっく!早くとどめ刺さないと私が焼き殺しちゃうよ」
進退窮まった獣は吠えた。
マスターが火に飛び込んで、バトルアックスを振り下ろす。
キメラの断末魔が響いた。
===============
魔王の繭はぶるぶると震えている。
「……たか?」
「はっ!」
サタナキアは甲高い返事をした。
「見たか?……今、通常なら間違いなく死んでたよな」
アグラットと剣の魔将軍は冷たい視線をサタナキアに向けた。
サタナキアは平伏した。
「申し訳ございません魔王様。この失態はアモンの命を持って償わせます!」
「……いや」
人と言う種を学ばねばならない。そう思って送り出したのは余だ。
「人間は朝、元気に家を出て、夕に亡くなる存在だ。それはよい。今回、安全だと思った娘が見たいものを見に行っただけだ。問題はエミリーを護る手段が無いことだ」
魔王の声は少し震えていた。
「人の親はこのような未熟な存在を見守っているのか」
アグラットが言った。
「恐れながら魔王様。エミリー様は人間として人間の社会に参りました。我々が人間を学ぶにはエミリー様にリスクが大きすぎます。かといって魔族が護衛に付けばエミリー様は普通の人間としての暮らしが送れません」
「分かっておる」
長い沈黙だった。
「護衛などつけぬ。人として生きる娘が選ぶ結末を見守るだけだ。たとえ骸となろうとも」
それを聞いた広間の魔族達はその覚悟に平伏するしかなかった。




