魅力的な冒険
『音楽の都亭』の屋根裏部屋でエミリーは手紙を書いていた。
赤い鳥の羽ペンにインク瓶と紙。
すべて稼ぎで買うことが出来た。
夕暮れの赤い光が窓から差し込み、部屋の床に影を落とした。
もうすぐ営業が始まる。
エミリーはサイズを合わせてもらった酒場の制服で寝起きしている。同じものを自腹で二着購入した。
もともとこの制服は肌触りがよくて動きやすい。痛んだらまた買える。
手紙は長い時間考えながら書いた。
「パパ、村の皆は元気?私は元気だよ。試験頑張ったけど駄目だった。私は今、帝都の東地区『音楽の都亭』でごはんをごちそうになってるよ。毎日おいしい。もっと食べたいので、あと三か月食べたら帰るかも。心配しないで」
これを酒場に立ち寄る交易商人に銀貨と一緒に渡せばよい。
「文章、かなり不自然だこれ」
お金をだまし取られ、杖を失ったと書けばパパは心配するだろう。余計なことは一切書けない。
(でも頑張れば買い戻せる)
エミリーは狭い屋根裏部屋を見渡した。
この杖も紙も全て自分の稼ぎで買ったものだ。
稼ぐということがこんなにも自分を前向きにするものだとは思ってもみなかった。まだまだ必要なものがあるが、仕事を続ければ手に入るだろう。
(なんか嬉しい。どうしてだろう)
扉をノックする音がした。
「どうぞ」
「ちょっと頼まれてくれないかな」
「クレアさん、お使いです?」
「そうそう。今日はこれを冒険者ギルドに返してきて」
茶色の紙が束になっている。
「これってなんです?」
「冒険の依頼書。ほら、どこの酒場にも貼ってあるやつ。って言ってもピンとこないか」
一枚、手に取ってみる。
『畑をゴブリンが荒らして困っています。一匹退治につき銀貨10枚。殲滅したらボーナス金貨1枚。ミモザ村農業管理組合』
「へえ!」
エミリーの目は輝いた。
クレアはエミリーの反応をからかった。
「冒険者エミリー誕生かな?ゴブリンさくっと退治しちゃう?」
「怖いし無理です!ライトしか唱えられないし」
「ええ。エミリーって魔法使えるの?そういや初めて会った日に変な杖握ってたよね?」
「多少は使えます。魔術学校は落ちたけど……」
「それは初耳だわ」
その話題にはあまり触れたくない。
「それで、冒険者ギルドに行けばいいんです?」
「ああ。毎月更新されるんだわ。新しい依頼書ももらってきて」
「はい!」
東地区の路地裏のさらに奥。
恐る恐る扉を開いて顔だけでのぞいてみた。
「あの。ここって冒険者ギルドさんです?」
「あ?表の看板見えなかったか?冒険者ギルドさんだよ。依頼か?」
「えっと、『音楽の都亭』です。依頼書を……」
「おお。アックスのとこの」
「アックス?」
「あんたの大将だろ。斧使いだからアックス」
安直な呼び名だ。
(つるつるおじさんって斧使いなんだ)
依頼書の束を渡すと何か書き込んでいる。
エミリーはギルドの壁一面に貼られた依頼書に興味津々だ。
『急募 ピアノ講師募集 帝国劇場出演経験者限定 1レッスン金貨1枚 ローゼン男爵邸内』
(これは冒険者と関係ないよね)
『ワイバーンの巣駆除 成功報酬 金貨1000枚 葡萄酒3年分 シュバリエ公爵領内』
(すごい!人数要りそうだけど、成功したらお家建ちそう)
「はい。お待たせ。これ今月の分。高い順に並んでるからね」
「これって私でも依頼出せるんです?」
「もちろん。手数料さえ払えば。ただし、トラブルになってもギルドは一切関知しない」
(今、お金に余裕があればなあ……)
酒場への道すがら、魔術学校の制服を幾人も見かけた。
学生は年齢制限がないため、まれに年配者もいる。だが大半はエミリーと同世代だ。
(いいなあ。どうすれば合格出来るんだろう)
このままでは何度受験しても落ちる気がする。村に戻ってパパと勉強しても無理ではないだろうか。
酒場の前でクレアが待っていた。
「ただいま」
「おかえり」
「さっきギルドで聞いたけど、マスターって斧使いだったんです?」
「料理にハマってからあまり依頼を受けなくなったけど、斧は今でも使うよ。薪を割ったりね」
「マスターっておいくつなんですか?」
「30代とは聞いてるけど」
(つるつるだし、もっと上かと思った)
「クレアさんは?」
「19」
「!?」
「もっと若いと思ったろ」
(もっとずっと上だと思ってた……)
木の扉からマスターが顔を覗かせた。
「開店前にいつまで立ち話してやがる!」
「ごめんなさい。これ今月のギルドの依頼書です。上から高いじゅんです」
マスターはペラペラとめくった。
「へえ。たまにはやってみるか」
「えっ。依頼を受けるんですか?」
「料理を増やすために厨房を改装してようと思ってな」
「どれやるんですか?」
マスターは一枚取り出して見せた。
『キメラ退治 金貨300枚 アリスタ村』
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「ああ、手紙が待ち遠しい。アリスタ村は誰の管轄だ」
「それは……」
素振りの手が止まる。剣の魔将軍はこういう内政や地理の把握は苦手だ。
気まずそうに黙ったままアグラットに視線を送る。
「アモンじゃないすか?」
床でくつろぐアグラットが欠伸まじりに答えた。
「ってことは。サタナキア!居るか!」
返事はない。
「サタナキア!!」
「そういえば奴はエミリー様の見送りの日から見ませんね」
「どうせまた女でも漁ってるんでしょ」
取り乱した青年が髪を整えながら闇から転がり現れた。
「魔王様。ここにっ!」
「アリスタ村のキメラ。心当たりは?」
「は。我が配下、アモンの眷属かと思われます。ただ、戦後の混乱で独自の動きをするものが多く。私も配下の全魔族を把握しているわけではございません」
「ならば、座れ。お前もここで見るがよい」
「は」




