皇女と女性騎士二人
「ユーリ様。行商人が言った通りの村が見えてきましたね」
「噂ではラフラス様はこの村に」
川の側で女性が洗濯をしている。
「あの、すみません」
女性は顔を上げて彼女たちの出で立ちを見た。
「見ない顔だね。若いね。冒険者かい?」
「似たようなものです。この村にラフラス様はいらっしゃいますか?」
「ああ。自警団のお爺ちゃんね」
辺境の村ではダンジョン攻略前の冒険者達が自警団に加わることがある。
衣食住を保証されるが村の危機に際しては命をかけて戦い、恩を返さねばならない。
彼女は手をとめて川向いの建築現場を指さした。
レンガを持った老人が歩いている。ご丁寧に帝国騎士の鎧を身に着けている。
「ラフラス様!」
「む?誰じゃ?」
ユーリはフードを脱いだ。リュクロスとリュミシーは一歩下がって跪いた。
「おお。ユーリ殿下。リュクロスにリュミシーではないか。これは驚いた」
ユーリは叫ぶように言った。
「ラフラス様、お力をお貸しください!」
洗濯している女性の視線にラフラスは気まずそうに言った。
「ここでは何だから家に来ぬか」
質素な小屋に木のベッド。物置だったものを改造した家だ。
木の器に水を入れて出した。
「この前までは赤子じゃったのに。いま幾つじゃ」
「16です。甲式魔術学校も卒業しました」
「ユーリ様は最年少で入学され、首席で卒業されたんですよ」
「ふむ。それはおめでとう。で、わしに頼みとはなんじゃ」
「今、帝国では摂政が取り仕切っているのはご存じですよね」
摂政は皇帝が子供もしくは女性で、政治の補佐が必要な時に立てられる。
「マインツか。優秀な宮廷魔術師じゃった」
「はい。兄があのような最期を迎えたので立てられました。兄の子はまだ二歳ですし」
「ふむ。それで?」
「ラフラス様に帝国議会に復帰して欲しいのです」
老人はあからさまに嫌な顔をした。
「わしが戻っても政治的な影響力はないぞ。議長だったのは今から20年近く前じゃ。リュクロスよ、わし幾つに見える?」
リュミシーはラフラスの骨格から推測した。
「50代後半でしょうか」
「あのな。大戦は60年前じゃぞ」
リュミシーは思い出した。学校の教科書で読んだ覚えがある。
「確か魔王と一騎打ちした勇者ラフラスは当時17歳でしたよね」
ラフラスは当年77歳である。
「というわけじゃ。老後を穏やかに過ごさせてもらえんかの」
一旦、場は静まった。そこまで拒否されたら復帰は無いだろう。
それでもユーリは話をすすめることにした。
「私は、マインツ様に命を狙われています」
「証拠は?」
「ありません。ありませんがクリミアハリルを出た直後、先日もここに至る途中に襲われました。襲ってきたのは魔族ですが」
老人はリュクロスの大剣に目をやった。
「最近の魔法剣は優秀そうじゃの。レガリアの研究も進んでおるようじゃな。魔王の力が弱まった今、魔族なんぞイチコロじゃろうて」
リュクロスは話をはぐらかそうとしているように感じて腹を立てた。
ひと際大きな声を出した。
「マインツ卿はユーリ様を亡き者にするためなら魔族と結託するような男なのです。このままでは帝国の将来は危ういのです!」
老人は首をすくめて反論した。
「耳は達者なので静かに話さんか。マインツは帝国の発展を望む男じゃ。もっとも、わしは帝国の行く末なぞ興味ないがな」
「ではラフラス様はなぜ帝国の鎧を着続けているのですか?なぜ魔族の影響がより強い辺境の村を護る自警団に所属しているのですか。魔族から帝国民を救うために尽力されているようにしか思えませんが」
「そんなのわしの勝手じゃ。それより夕食をふるまってやる。腹が減っては戦は出来ぬ」
そういうと勇者は料理を始めた。
鍋を使ってウサギ肉をバターで炒める。トマト、キノコをくし切りにしてワインで煮る。最後に合わせて完成である。
ユーリはラフラスに料理を作ってもらうのは初めてだ。帝国における彼の住まいは城の東区画にあった。
先々代の皇帝が是非にと送ったものである。皇女から見ても使用人が沢山いたことを覚えている。
「手際が良いですね」
「料理とは面白いものじゃ。人に頼らず、もっと若いころからやればよかったわい」
小屋のテーブルは四人でも狭く感じる。
一口食べる。美味しい。だが手料理を食べるためにわざわざこの地を訪れたのではない。
ユーリは食器を洗い、片付けた。
「泊めて頂いても?」
「この村にも宿屋はあるぞ」
「そうですか」
三人は藁を敷き詰めて雑魚寝をするつもりだ。
(強引な奴らじゃ)
四人で寝転がる。狭い。
「迷惑じゃ」
「はい。迷惑をかけに参りましたので」
ラフラス以外の三人は疲れていてすぐに眠りについた。
(今更、こやつらが帝都に戻っても居場所はあるまい。政治になぞ口を出さずに地方で暮らせばよいものを)




