【第38話】 箱の中の贈り物
朝の風待ち小屋には、いつもより早く人の声が集まっていた。
扉が開くたびに冷たい風が入り、そのたび暖炉の火が細く揺れる。作業机の上には手紙の束、毛糸を包んだ布、小さな木製品、干し果物の包みが並び、焼いた麦の甘い匂いまで漂っていた。
季節便仕分け箱の区画も、昨日までの空きが嘘のように埋まり始めている。
「これも、向こうの丘まで頼めるかい」
村人が差し出したのは、丸い麦菓子を重ねた包みだった。ユウトはすぐ箱へ入れず、作業机の端へ置く。
「届け先をお願いします。それから、中身は麦菓子だけですか?」
「ああ。蜂蜜を少し使ってる。三日くらいなら持つよ」
「受取人の名前と、家の場所も分かりますか」
村人が答える横で、リーネが季節便の一覧へ書き込んでいく。届け先、内容、期限、包みの状態。必要なことだけを確かめ、贈る理由までは尋ねない。
次に来た女性は毛糸の束を抱えていた。その後ろでは、手紙を握った老人が順番を待っている。
「急がなくて大丈夫です。一件ずつ確認します」
ユウトはそう声をかけ、自分の肩をかばいながら荷物を量った。持ち上げられない重さではないが、全部を一度に背負うことはできない。作業机に増えていく包みを見るほど、その判断が間違っていなかったと分かった。
リーネが、一つの布包みを持ち上げた。
「ユウトさん、これ、宛名が少し困るかも」
札には、ただ「丘の羊飼いへ」と書かれていた。
「丘には何人もいますね」
「うん。持ってきた人に聞いてみる」
送り主の女性は、名前を知らないわけではなかった。ただ、家では昔からそう呼んでおり、それで通じると思っていたらしい。
「家は丘のどの辺ですか?」
「古い石垣の向こうだよ。白い羊を多く飼ってる家で、娘さんが春に——」
リーネは相手の言葉を遮らず聞き、地図の端を指でなぞった。ユウトもこれまでの配達記録を開き、同じ特徴の家を探す。
「ここでしょうか。坂を上がって、風よけの石垣を右へ曲がった先」
「ああ、そこだよ」
「では、受取人の名前も書きましょう。似た場所へ届ける荷物がありますから」
リーネが宛名を書き直し、家の位置を示す短い印も添える。
「これなら間違えにくいね」
「はい。似た宛先ほど、先に確かめた方が安全です」
午前の半ばには、棚から麦菓子と干し果物の甘い匂いが混じり始めた。
風見鶏亭から荷物を運んできたセラは、作業机へ近づくなり鼻をひくつかせた。
「これ、同じ棚に入れたね?」
「まだ仮置きです」
「なら今のうちだよ。食べ物は分けな」
セラは麦菓子の包みを一つずつ確かめた。紙の端を軽く押し、底へ手を当てる。
「こっちは乾いてる。でも、これは焼いてすぐ包んだんだろうね。まだ少し湿気が残ってる」
包み紙の内側には、わずかに柔らかな熱がこもっていた。
「このまま毛糸の隣へ置いたら、匂いも湿気も移るよ。干し果物も、香りの強い物は手紙と離した方がいい」
ユウトは棚の空きを見回した。通常の手紙用の段、食品を置けそうな乾いた上段、暖炉から離れた壁際。
「食品は上の乾いた棚へ。匂いの強い物は端へ寄せます。手紙と毛糸は別の段に」
「包み直すなら、先に冷ました方がいいね」
セラが麦菓子を持ち込んだ村人へ説明する間に、ユウトは予備の紙と紐を出した。湿った包みは一度開き、内容を人目にさらさないよう布を立てて囲う。冷めたのを確かめてから乾いた紙で包み直し、紐を十字に結んだ。
「これで大丈夫です。ただし、配達は早い方へ回します」
荷物札へ期限を書き足すと、リーネが一覧にも同じ印を付けた。
その横で、ポルカの鼻が忙しく動いていた。
干し果物の包みへ一歩近づき、もう一歩近づく。白い首毛がふくらみ、前脚が包みの端へ伸びた。
「ポルカ、待て」
ユウトが手のひらを見せる。
リーネも地図鞄を軽く叩いた。
「こっち。札をお願い」
ポルカは干し果物と鞄を交互に見た。尻尾が揺れ、耳が伏せられる。しばらく迷った末、包みから鼻を離し、丸印の荷物札をくわえた。
季節便仕分け箱まで運ぶ途中で一度だけ振り返ったものの、包みへ触れず、指定された区画へ札を落とす。
「正解だよ、ポルカ」
「よく我慢したな」
「きゅ」
褒められたポルカは胸を張り、薄い羽を大きく膨らませた。干し果物の匂いを忘れたわけではないらしく、その場から離れようとはしなかったが、二度目の札も間違えずに運んだ。
昼近く、トマが薄い木の板を包んだ荷物を手に取った。
「これは駄目だ」
持ち込んだ男が眉を寄せる。
「割れてないぞ」
「今はな」
トマは布の上から板の縁を押した。中には薄く削った木製品が二枚重ねて入っている。
「これを毛糸や手紙と同じ箱へ入れれば、上から押される。布を巻いただけじゃ守れん」
「小箱が必要ですか」
「薄い板で囲う。だが、何個もすぐには作れん」
トマは風待ち小屋に残してあった端材を選び、反りの少ない部分を切り出した。木を削る音が、受付の話し声に混じる。
ユウトは季節便仕分け箱の脇へ新しい区切りを作り、壊れやすい品の札だけをまとめた。
「木製品は受付数を限ります。箱を用意できる分だけにします」
「持ってくるなってことか?」
「受けないわけではありません。ただ、安全に運べる包みが必要です。箱が足りなければ、後の便へ回します」
トマは返事をせず、小箱の角を合わせた。釘を多く使わず、蓋が外れない程度に紐を掛けられる作りだった。
「これで一つだ。次も同じ早さでできると思うな」
「分かりました。壊れやすい品は、先に相談してもらうようにします」
午後には、ユウトの腕ほどもある包みが持ち込まれた。中身は毛糸と干し果物と、木の器がまとめて入っているという。
持ち上げる前から、形が崩れかけていた。
「このままでは受け取れません」
ユウトが言うと、持ち主の女性は不安そうに包みを抱き直した。
「重すぎるかい?」
「重さだけではありません。木の器が干し果物を押しますし、毛糸へ匂いや湿気が移るかもしれません。紐も細いので、途中で切れる可能性があります」
「じゃあ、どうすればいい?」
「三つに分けてください。毛糸は乾いた布へ。干し果物は紙を替えて小さな包みに。木の器は動かないよう布を詰めます。急ぎでなければ、器だけ後の便へ回す方法もあります」
バルドが後ろから低く言った。
「決まりは皆同じだ。大きいまま押し込めば、他の荷まで傷む」
女性は包みを見下ろし、やがて頷いた。
「なら、今日は毛糸だけにするよ。残りは包み直して持ってくる」
「その方が安全です」
別の村人が持ってきた食品は、包みの底がわずかに湿っていた。セラが確かめ、首を振る。
「これは今日は預かれないね。傷む前に包み直しな」
「明日なら間に合うか?」
ユウトは季節便予定表を見た。
「受付には間に合います。ただ、乾いた状態を確認してからになります。難しければ後の便へ回しましょう」
断るたび、相手の顔を見る必要があった。それでも、受け取ってから傷ませるより、理由を伝えて戻す方が誠実だった。
受付が終わる頃には、風待ち小屋の棚が用途ごとに埋まっていた。
乾いた上段には麦菓子と干し果物。壁際には匂いの強い包み。通常の手紙は仕分け棚の中央。毛糸は湿気を避けた布張りの段へ置かれ、木製品はトマの小箱に収まっている。
ユウトとリーネは机を挟み、一覧、荷物札、実物を一つずつ照合した。
「丸印、七件」
「実物も七件です。うち食品が三件、壊れやすい品が一件」
「期限が早いのは二件。匂いの強い包みは別棚」
ポルカが札を一枚運び、季節便仕分け箱の前で落とす。今度は干し果物へ寄り道しなかった。
照合が最後の二件へ差しかかったところで、リーネの指が止まった。
「ユウトさん、この二つ」
片方は小さな木製品。もう片方は、手紙に干し果物を添えた包みだった。
荷物札に書かれた届け先は同じだった。
「送り主は別ですね」
「うん。それに、受付した時間も違う。お互いの荷物については何も言ってなかった」
ユウトは二枚の札だけを机へ並べた。私的な事情は書かれていない。書く必要もなかった。
ただ、同じ相手へ向かう二つの贈り物を、何も考えず同時に渡してよいとは限らない。
「一緒にまとめない方がいいですね」
「届け先が同じでも、依頼は別だものね」
「まず、どちらを先に渡すか考えましょう。受取人が留守だった場合の扱いも分けます」
リーネは一覧の端へ、小さく確認の印を付けた。
第一回受付分の仕分けは終わった。だが、箱へ収めれば仕事が終わるわけではない。
定期便も、後続の備蓄便も残っている。羊柵修理の返答に関する確認も、傷んだ板の運び込みも、旧道の清書と整備も、そのままだ。季節便だけを急いで進めることはできない。
ユウトは肩の痛みを確かめながら、同じ届け先の二枚の札を別々の場所へ戻した。
風待ち小屋の棚には、形も匂いも違う贈り物が並んでいる。その一つ一つに別の約束があり、同じ場所へ向かう荷物でさえ、同じようには扱えなかった。
「一つずつ片づけよう」
ユウトが言うと、リーネは一覧を閉じずに頷いた。
ポルカは二人の間へ入り込み、何も載っていない作業机の端で、誇らしげに胸を張っていた。




