【第37話】 季節の便りを運ぶ日
朝の風待ち小屋には、紙と乾いた木の匂いが満ちていた。
補修された窓から入る風は弱く、暖炉の火も静かに揺れている。受付中の棚には、昨夜バルドから預かった札と布包みが並んでいた。
ユウトは椅子へ座り、肩をゆっくり回した。痛みは前日より軽い。それでも、重い荷をまとめて背負えるほど戻ってはいなかった。
机の向かいでは、リーネが定期便予定表を広げている。ポルカは札の端へ前脚を載せ、並べ替えるたびに首を傾げていた。
「まず、相談の中身を分けよう」
バルドが短く言った。
札には、冬前の挨拶を書いた手紙、収穫を手伝ってもらった礼状、遠くに暮らす親族への便りがあった。手紙だけではない。干し果物を添えたい者、毛糸の飾りを送りたい者、小さな木工品を届けたい者もいる。
ユウトは布包みを持ち上げ、重さを確かめた。
「今の量なら運べます。でも、同じ相談が各集落から増えたら、通常の定期便へ加えるのは危険です」
「何が困る?」
バルドに問われ、ユウトは定期便予定表を指した。
「重さが増えれば歩く速度が落ちます。壊れやすい品が混ざれば、荷造りにも時間がかかる。届け先が同じ方向とは限りませんし、備蓄便の後続分も残っています」
机の端には、豆袋と毛糸を示す札が置かれたままだった。荷車の右車輪も直っていない。羊柵修理の返答に関する確認も、傷んだ板の運び込みも終わっていない。
「全部まとめて、一度に運ぶのは無理です」
口にすると、肩の奥がわずかに強張った。以前なら、数を減らす方法より、どう背負うかを先に考えていたかもしれない。
だが、今は違う。
「集落ごとに分けます。受付の時点で、届け先、期限、重さ、壊れやすい物かどうかを記録する。それから、天候が悪ければ延期できる日を残します」
「定期便へ無理に押し込まない?」
「はい。定期便とは別に日を取ります」
リーネが頷き、別の紙を引き寄せた。
「じゃあ、道から考えよう。受付日を先に決めても、配達が重なったら意味がないから」
彼女はこれまでの配達記録と、冬向けに書き足した地図を机いっぱいに広げた。低い道には水が溜まりやすい印があり、簡易休憩所には風向きと薪の位置が書き込まれている。
「ルミナ村から集める日と、ミルネル丘へ運ぶ日を続けると、戻り道で暗くなるね」
「その間に休みを入れましょう。枝音の集落へ行く日は、荷物が多いなら簡易休憩所を使う前提で」
「でも、旧道はまだ清書も整備も終わってない」
「森際は通しません。今まで使っている道を使います」
リーネは経路を一本ずつ指でなぞり、移動距離を紙の端へ書き出した。ユウトは地図と定期便予定表を見比べ、備蓄便と重なる日へ印を付ける。
受付日と配達日の表には、空白が多く残った。
「ここ、もう一件入れられそうだけど」
リーネが言いかけ、自分で首を振る。
「違うね。ここは延期用の余白」
「はい。雨や霧で動けなければ、そこへずらします」
「休配基準も同じでいい?」
「強い雨、濃い霧、それから風でポルカがまともに肩へいられない時は休みます」
「ぽるる?」
名前を聞いたポルカが胸を張る。ユウトは小さな頭を指先で軽く撫でた。
「張り切るところじゃないぞ」
昼前、セラが鍋ではなく小さな帳面を抱えてやってきた。
「風見鶏亭でも受け付けるよ。行商人も村の人も寄るから、その方が集めやすいだろう?」
「助かります。ただ、ずっと預かってもらうのは負担になります」
「食事時は駄目だね。昼前と夕方は手が離せない」
セラは帳面を開き、仕込みの時間を確認した。
「朝の片づけが終わってから昼の支度まで。それと、夕方の客が来る前。受け取る時間を札に書いておくよ」
「荷物は大きさも見てください。持ち込める物に上限を決めたいです」
バルドが低い声で付け加えた。
「抱えるほどの箱は受けない。期限を過ぎた物も、次へ回す。村の者にも守らせる」
「約束を破ったら?」
「今回は受けない。それだけだ」
厳しいが、必要な線引きだった。
午後になると、トマが板材を抱えて現れた。仕分け棚の空きを見るなり、眉間へ皺を寄せる。
「ここへ積む気か」
「通常便と混ざるので、別の箱が必要です」
「置く場所は」
ユウトたちは壁際の寸法を測った。薪棚からは離し、暖炉の熱が直接当たらず、床の湿気も拾わない位置を選ぶ。
トマは余っていた板の反りを確かめ、使える部分だけを切り出した。すぐに箱が完成するわけではない。板を削り、角を合わせ、底へ渡す木を一本ずつ確かめる。
「仕切りは動かせる方がいいよ」
リーネが紙へ簡単な形を描く。
「集落ごとに荷物の量が違うから」
「細かすぎる仕切りは折れる」
「じゃあ三つ。必要なら札で分ける」
トマは返事の代わりに板へ印を付けた。
完成した追加の仕分け箱は、低く横長で、内側を三つに区切れる作りだった。前面には札を差し込む細い溝がある。
「雑に引きずるな」
「大切に使います」
「用途は決まったのか」
ユウトは箱の中へ、集落名を書いた仮札を差し込んだ。
「季節の便りと贈り物を分けて置きます。これは、季節便仕分け箱にします」
トマは箱を一度押し、がたつきがないことを確かめた。
「なら、その名で札を作れ」
リーネが仕上げた表を掲示板へ掛ける。受付日、配達日、集落ごとの経路、使う休憩場所、延期できる日が一枚に収まっていた。
「この配達、呼び方が長いね」
「冬前の挨拶便、では贈り物まで含む感じが薄いですね」
「季節ごとの便りを運ぶんだから……季節便は?」
ユウトは表と仕分け箱を見た。
「分かりやすいです。それでいきましょう」
リーネは表の上部へ、丁寧な文字を書き足した。
季節便予定表。
その名が入ると、相談の束だったものが、ようやく形のある仕事になった。
ポルカには、印の違う軽い荷物札を渡した。ルミナ村は丸、ミルネル丘は二本線、枝音の集落は小さな木の印だ。
「ポルカ、丸はこっちだ」
「きゅ」
ポルカは札をくわえ、季節便仕分け箱の手前へ運んだ。二枚目も成功し、褒められると羽を膨らませる。
ところが札の束が増えると、急に興奮したらしい。三枚をまとめてくわえ、棚の上へ駆け上がった。
「ポルカ。待て」
ユウトが手のひらを見せる。
リーネも地図鞄を軽く叩いた。
「こっちへ戻っておいで」
ポルカは棚の上で耳を伏せたあと、一枚だけ落とした。残りをくわえたまま短く滑空し、リーネの鞄へ着地する。
「一枚ずつだよ」
「ぷい」
叱られたことは分かったらしい。次は一枚だけを運び、箱の前で胸を張った。
夕方、全員で受付方法を読み合わせた。
届け先、期限、重量、壊れやすさを荷物札へ書く。風見鶏亭で預かった物は、決めた日に風待ち小屋へ移す。期限を過ぎた物、大きすぎる物、包みが弱い物は、その場で受けずに直してもらう。
雨や濃霧の日は延期する。延期した場合は掲示板と風見鶏亭の札を差し替える。定期便と備蓄便を優先し、空いた日に詰め込まない。
「受付はセラさんと村側。記録はリーネさん。仕分けは俺とポルカ。配達は、その日の荷物に合わせて決めます」
「一人で背負わない形にはなったね」
リーネの言葉に、ユウトは頷いた。
手紙を運ぶのは自分だ。だが、集める者、記録する者、箱を作る者、決まりを守らせる者がいなければ、配達まで辿り着けない。
「これなら、続けられます」
「続けられない仕組みは作るな」
バルドが言った。
風待ち小屋の掲示板に季節便予定表が張られ、その下へ受付方法の札が並んだ。季節便仕分け箱には、まだ空の区画が三つある。
その日のうちに、最初の持ち込みがあった。
一通目は、収穫を手伝った親戚への礼状だった。次は干し林檎を三枚添えた小包。その次は、片方だけの毛糸の手袋と、寸法を書いた紙だった。
「片方だけですか?」
「向こうで同じ物を編んでもらうんだとさ」
持ち込んだ村人は照れたように笑った。
さらに、小さな木の笛、乾燥させた香草、子どもが描いた道の絵までやってきた。
想定していたより、どれも形も理由も違う。
ユウトは一つずつ重さを量り、壊れやすさを確かめ、荷物札へ記した。
ポルカが丸印の札をくわえ、今度は寄り道せず季節便仕分け箱へ運ぶ。
箱の中へ最初の便りが収まると、風待ち小屋の静かな棚に、これまでとは違う賑わいが生まれた。
まだ配達は始まっていない。天候次第では予定も変わる。備蓄便も、壊れた車輪も、旧道の仕事も残っている。
それでも、谷の人々が持ち寄った小さな約束は、無理なく届けるための場所を得た。
ユウトは受付中の荷物を見渡し、肩の痛みを確かめてから、次の札を手に取った。




