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機械仕掛けのアシンメトリー  作者: 栗山大膳
#4 SHE'S JUST A COSMIC GIRL
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18/19

018

 視界にじかにウィンドウがあらわれ、大量のウェブサイトのサムネとURLがドッと流れ始めた。



『……渋谷が犯行を自供したのは今朝になってからですが、身柄は昨夜のうちに拘束され、一斗缶バラバラ死体遺棄事件の有力な容疑者、事実上の犯人として、実名は伏せられていましたが、広く報道がおこなわれ、SNSで言及されていました』


 と、ヘルズエンジェルは言った。



「これだけのセンセーショナルな事件だからな」



『渋谷健二は元、魔術院の生徒です』



「なに」


 と、槐は言った。


「ということは、ソイツには魔術の心得があるんだな」



『それに関しては補足があります。


 追って説明します。


 渋谷は五歳のときアースリング教育省の調査により魔術の適性が確認され、初等部から魔術院に進学しました。


 中等部、高等部はいずれも高得点で進学試験をパスしましたが、高等部のときに訓練中の事故で瀕死レベルの霊的ダメージを負い、後遺症が残って退学し、ノースフォレスト区の私立敬徳高校の普通科に転校しました。


 高校を卒業した後は、就職せず、平坂区のゲイバーでアルバイトをしていましたが、アースリング陸軍の魔術機関であるマユラ機関のエージェントから勧誘を受けて、准尉待遇で入隊し、二か月の訓練期間を経て、セントサイモン島紛争に従軍しました。


 が、翌年除隊になり、アースリング島に戻ってきた、とのことです』



「除隊……なにがあった。


 理由はわかるか?」



『それについては信頼度の高い情報を取得できませんでした』



「おまえから見てありそうな噂話があったら教えてくれ」



『わかりました。


 以下は確実性について疑問の残る情報です』



「うん」



『ひとつは、上官とともに現地の犯罪組織の麻薬の密輸を手助けしたため。


 ただしこれは軍事法廷の公式記録に該当するような記載がありません。


 容疑者とおなじ部隊に所属していたと主張するアカウントがSNS上で述べています。


 ふたつめは、現地の娼婦を殺害したため。


 これは現地の日刊紙に該当すると思われる事件の記事が掲載されていますが、加害者はアースリング軍関係者と記述されているのみで、詳細はわかりません。


 三つ目は、命令違反。


 具体的には任務中の敵前逃亡です。


 これは容疑者自身がガールズ・バーで語っていたとして、一部のメディアが報じています』



「なるほど……わかった」



『その後、渋谷は保健省魔術局により魔力を封印する霊的な処置――レッド・シールを受け、正式に魔術訓練の後遺症が障害として認められ、現在は障害年金で生活していたとのことです』



 魔術の訓練や戦闘で霊的なダメージを負ったものは、後遺症として長く精神を患うことがあった。


 そういう者に対して、保健省は、魔力を封印する引き換えに障がい者と認めて障害年金を支給していた。


 精神を病んだ魔術師ウィザードのすべてが犯罪をおかす訳ではなかったけれども、放置するのはたしかに危険であり、そういう制度が運用されていた。


 ただ、魔力を失うことを恐れて処置を拒む者もすくなくなかった。


 魔法が使えるということは、それだけで心を病んだ者の自尊心の支えになるものらしい。



「渋谷が懲戒により除隊になったとすれば、軍事法廷で有罪を受けている可能性が高いと思うが、それには執行猶予がついたのか」



『アースリング陸軍は、機密に関わるとして、詳細は公表していません』



「なら仕方ないな……」



 さすがに、軍のサーバーに侵入して情報をとってこいとは言えない。



『それから一つ、特筆すべき確度の高い情報があります』



「なんだ」



『被害者の遺体から複数の臓器が持ち去られているようです。


 これは通話中の大手新聞社の事件記者の近くで動画を撮影していた者がたまたまその音声を拾ったもので、ネットにアップされて検証もされており、信ぴょう性が高いと評価できます』



「大手はそのことを報じていないのか?」



『はい。


 理由は、捜査上の都合によるものかと。


 犯人のみが知りうる情報として、伏せていると推測されます』



「容疑者の身柄はもう押さえてあるんだろ。


 取り調べが難航しているのか」



『いえ、報道でもあったとおり、渋谷は犯行を自供しています』



「だったらその必要はない筈だが。


 警察はなんのためにその情報を伏せている?」



『それは……いずれ公表されるのかもしれません』



「内臓が摘出されたのは被害者が殺害される前か、それとも後か?」



『正式な検視はこれからのようです』



 槐は舌打ちをした。


 ここは重要なポイントだった。


 死後に持ち出されたのなら、たんに渋谷のこころの闇の深さをあらわすものとして済ませていいだろう。


 しかし、内臓が事前に持ち出されていたのなら、事件の様相は一変する。


 ただのストーカー殺人ではなく、臓器の密売のための組織的な犯罪の可能性がある。


 警察もそれを視野に入れて情報を伏せている、ということは十分にありえた。



『Sir、ひとつお伺いしたいのですが』



「なんだ」



『あなたはこの件を私的に調査するつもりなのですか?』



「そんな暇じゃねえよ」


 と、槐は言った。


「ただ、ちょっと好奇心がわいただけだ」



『槐にしては珍しく、個別のものごとに強い興味を持ったようですね。


 それくらいの勢いで英語にも興味をもってくれたら……』



「またその話か」


 と、槐はうなるように言った。


「おまえ、よほど初期化されたいらしいな。


 いっそ、この群青の空みたいに、まっさらな気分でお目覚めしてみるか?」



『いえ、なんでもないです……』



「この男の人柄がわかるようなエピソードは、なにか見つかったか」


 と、槐は尋ねた。


 もっとも、人間性や性格みたいな漠然としたものの話の信ぴょう性を確認するのは困難にきまっているので、あまり期待はしていなかったが。



『渋谷は……音楽を、とても好んでいたようです』


 とヘルズエンジェルは言った。


『借りていた築40年のアパートにはビンテージのレコードがうず高く積み上がり、障害年金の支給日になると吾妻区のピカデリー街へと足をのばし、年代もののファンクやヒップホップの音盤をさがしたり、ロックやジャズの生演奏を聴いたりしていました。


 そこでたまたまステージで歌っていた被害者を見つけて、ストーキングするようになったと報じられています。


 被害者の川崎さんは音楽活動の幅を広げるために、著作権の切れた古い楽曲を仲間とカヴァーして動画サイトにあげていたようですが、渋谷はその大多数にイイネのボタンを押していました』



 槐は、「大多数に」という点に渋谷の音楽へのまごころを見たような気がした。


 ストーカーとして歓心を引きたいだけなら、片っ端からイイネを入れるだろう。


 大多数に、ということは、出来のよくなかったものや好みではなかったものにはイイネを押さなかったのだ。


 川崎の歌がほんとうに良いと思ったからイイネを入れていた、その裏返しかもしれない、と、槐は感じた。



「こいつはやっぱり人間だ……」


 と、槐は掠れた声で呟いた。



『え?


 聞き取れませんでした、もう一度よろしいですか?』



「だいたいわかった。


 ありがとうな」



『お役に立てたなら幸いです。


 またいつでもお呼びください』



 ヘルズエンジェルが待機状態になるまえに、サイドバーで時間を確認する。


 すこし時間をかけ過ぎたようだ。


 いまから魔術院に行っても一時間目には間に合わない。


 魔術院は高等部から単位制が取られていて、教師がクラスをまわるのではなく、生徒の側がスケジュールを組んで教科ごとに教室や講堂をまわることになっていた。


 出席時間を満たして中間・期末に及第し、一定数の単位を取れば、進学できる仕組みになっている。


 戦闘科の生徒にとって、もっとも困難なのは戦闘・実技の授業であり、中間・期末のテストがない代わりに、教官から下される課題をクリアする必要があったが、それが困難を極めた。


 こなさなければ進級ができず、学期末になって土壇場に追い込まれて無理をすることになる生徒が多く、従って事故も少なくなかった。


 しかし魔術院はその体制を変更しようとしなかった。


 戦闘科が創設されていらい、数百人という生徒が廃人かそれに近い状態になっているはずだったが、お構いなしのようだった。



 要するに、槐にとって重視すべき授業は、英語と数学を別にすれば実技だけだった。


 極端な話、そのほかは、とくに社会や国語などは、最低の出席数だけ満たせばよかった。


 小説読みとして読解力と記憶力にはそこそこ自信があり、文系の教科は教科書をいちど読んでしまえばテストにはまったく困らなかったし、教師の側も戦闘科の生徒にとってもっとも重要なのは実技だとわかっていたので、過剰にレポートを課したりテストの難易度をあげて生徒を困らせるようなことはあまりしなかった。


 彼らにしても、学業で負担をかけた挙句に追い込まれた教え子が実技で無理をして廃人になるなんてことになったら、寝覚めが悪いに違いない。



 一時間目に受けることができるのは近代史と生物の授業だったが、定期試験はいずれも80点を下回ったことがないし、出席時間も十分なペースだった。

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