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機械仕掛けのアシンメトリー  作者: 栗山大膳
#3 THE GAMEMASTER
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14/16

014

 そこで君に聞きたいことがある、とゲヱムマスタァは言った。


 脚を組み、ステッキをひたひたと手袋にあてる。



「民主主義には、昔から有名なパラドックスがあってね。


 それは、国民の多くが、選挙なんかやらなくていい、だれか優秀な独裁者にすべてを決めさせたらいい、と考えるようになったら、どうすればよいのだろう、ということだ」



「自己矛盾、というやつだね……」



「君のお父さんは、立派なジャーナリストだった。


 有形無形の圧力をはねのけ、副知事の汚職を暴こうとして、綿密な取材を行い、みごとな記事を書き上げたが、新松戸の行政支援AIは、それをいま暴くのは適切ではないと考えた。


 なぜなら、知事が進めていたモノレールの敷設計画が、頓挫してしまう可能性があったからだ。


 たしかに、その計画によって多くのひとが恩恵を得られることは、間違いなかった」



「それって……AIがオヤジの記事を世に出さないよう、工作したってこと?」



「そうだ」



「証拠は……あるの?」



「お望みなら、新松戸の行政支援AIと東京の週刊誌の編集長が交わしたメールのログや、千葉地検の内部会議の映像、それにAIが地銀のブロックチェーンに介入して副知事の口座の資金洗浄に手を貸した動かぬ証拠を、この場で示してもいい。


 機密保持の関係上、ダウンロードは許可できないが、閲覧や再生くらいだったら構わないよ」



 ゲヱムマスタァは、それらのファイルをホログラムにして、ずらりと空間に並べた。



「なんてこった……」



「お父さん自身、AIの介入には気づいていたと思う」



 槐の脳裏に、父親の、痩せた横顔が浮かび上がった。


 あれが酒浸りになったのは自分の責任だけれども、一世一代の仕事を潰されなかったら、あそこまで自尊心を喪失することはなかったかもしれない。



「君自身も、小学校のころ、うその自白を強いられていじめ加害の罪を着せられた友達のために、奔走したことがあったね。


 君はお父さんの指導のもと、ていねいな聞き取りを行って、証言をそろえ、担任の先生に、加害者は他にいるということを示した。


 ところが学校はそれを完全に無視した」



「……ああ、そんなこともあったっけ」



「あれにも、行政支援AIの介入があった」



「やっぱりな。


 ふざけやがって、クソが」



「AIは、地元からスポーツのヒーローを輩出することが、新松戸の人間の励みになると考えたようだ。


 それに、加害者にはたしかに才能があった。


 いずれ国の代表として活躍するかもしれない。


 そうなれば、経済効果も期待できるし、地元の人間の幸福感も大いに高まっただろう」



「サッカーは抜群に上手かったからな、あのデコ助野郎」



「加害者の少年は、いまは大いに反省して、難病の子供たちを支援するクラブのプロジェクトに、積極的に参加している」



「だからといって、無関係のやつに罪をなすりつけていいのかよ!」


 と、槐はうなるように言った。


「あいつ自身が償うべきじゃないのか」



「ほかに収拾をつける方法はないと、自治体のAIは判断したようだね」



「……ロクでもねえな、ほんとに」



 ゲヱムマスタァはステッキを脇に立て、腿のうえで指を組み、しばらく虚空を見上げたあと、


「大勢のひとの幸福のために、少数のひとの幸福を犠牲にする――AI管理社会とは、つまり、そういう社会だ。


 そして人々は、それを理解したうえで、支持している。


 たくさんの選挙を経て、その意思はくりかえし確認されてきた」


 白い仮面をまっすぐに槐にむけ、


「そこで尋ねるが、君はこの制度をどう思う」



「俺に聞きたかったことって、それ?」



「そう、まさにこのことだ」



「そんなもん……支持できるわけないだろ」



「では、どうする。


 革命でも起こすかね」



「……そんな暇じゃねえし」


 槐は目をそらした。


「自分のことで手一杯だよ」



「そうだね」


 と、ゲヱムマスタァは言った。


「この制度に問題があることは皆、薄々気づいている。


 けれども虐げられた人のために我が身を投げうって立ち上がり、正義を実現しようとまでは思っていない。


 君やお父さんのような人もまれにはいるが、やがて自分が突き破ろうとしている壁の厚さを思い知って、諦めていく……」



「その壁を支えているのは、AIではなく、多くの人たちがつくる空気とか雰囲気とか、そういう漠然としたもの。


 つまり『民意』というやつ」



「君は賢いよ。


 そのことに気づけなかったり、気づいても直視できない人は少なくない」



「ふざけた裁定をするAIをデータセンターごとぶっ壊しても、連中はきっとまたおなじものを作る」



「恐らく、その通りだろうね」



「……どうしようもない、って訳だ」



「君は現実を見据える冷めた強いこころをもち、勉強以外のことでは優れた忍耐力を発揮する。


 けれども、多くのひとはそうではない。


 AIを激しく憎むひとは、昔から一定数いた。


 そのなかには、AIに不当な扱いを受けて深刻な被害を被ったひとたちもいる。


 確かにいるんだ。


 かれらは多数による横暴を、AIによる横暴を訴えたが、ほかのひとたちは耳を貸さない。


 皆、それはごく少数の例外的なケースにすぎず、自分とは無関係だと思っている。


 選挙に出て、AI管理主義の否定や修正を訴える人たちが、かつては大勢いたが、いまは当選することさえ困難になっている。


 つまり、現状を変える合法的な手段は、事実上、もうない。


 こうなってしまったら、――」



 ゲヱムマスタァは身をのりだし、彼らとしては、革命を起こすしかないじゃないか、と言った。



 槐は鼻を鳴らした。


「バカげてる。


 革命を起こしたあと、どう収拾をつける?


 AIを排除して、国際競争にやぶれ、他国の経済的な植民地にでもなるのか。


 また数年もすれば、皆が、やっぱりAIは必要だったと言い出すだけだ。


 それを阻止しようとすれば、独裁政治でもやるしかないけれど、そんなことをすればAI管理社会以上に、弱いひとたちが虐げられることになる」



「私も概ねおなじ意見だ。


 ……では君は、消極的ながら、現状を容認するわけだね?」



「そうは言ってない!」



 槐は声を荒げてから、自分がなにか心のとても深いところを回遊している巨大な鯨のような拒絶の意思を抱えていたことに、はっきりと気が付いた。


 けれどもすぐに、そんな不合理な感情をもてあましている自分の青臭さに舌打ちが出た。


 シートにもたれて、天井をあおぎ、脚を投げ出す。


 すぐにも地下鉄の駅を出て、そのへんに積もった雪のなかに倒れ込みたかった。


 ――俺の海に鯨なんか必要ない、暴れたいなら他所で暴れてくれ。


 社会に逆らってなんになる。


 厄介ごとはたくさんだ。



「……でも、しょうがないだろ」


 と、槐は投げやりに言った。



 タキシードの道化師は、曖昧な返答は認めないとばかりに、声を低くする。



「キツいことを尋ねるようだが――、


 では君は、魂では抗い、精神では服従する、つまり、みじめな隷属者の立場に甘んじるわけだね」



「……なんとでも言えばいいよ」



 ゲヱムマスタァは長いあいだ、じっと槐を見つめていたが、やがて、



「すまない、これは私にとっても重要な問題だったんだ。


 どうあっても君の本音を引き出したかった」



「もういいかな?」


 槐は、それを他人の発する声のように感じながら、言った。


「悪いけど、この話はあまり面白くない」



「つまらない話に付き合わせて済まなかったね。


 LLMとしては失格だな。


 到着まであと二分ほどある。


 最後にもうひとつだけ、君に尋ねたいことがあるんだ」



 槐は、うなづいた。



「これもなかなか聞きづらいことではあるんだが……お母さんに返事は書かないのかい?」



「誰のことを言っているのかよく分からないな。


 俺に母親はいない」



「気持ちはわかるよ。


 でも、ときどきメールが来るだろう?」



「あの人がなにを考えているのか、俺にはさっぱり分からない。


 家族が大切なんだったら、親父を見捨てるべきじゃなかった。


 見捨てておいて、息子からの信頼をつなぎとめておけると思っているとしたら、救いようのないバカだね」



「見捨てた……それもひとつの認識かもしれないな」



「ほかにどういう認識が?」



「仮に、だよ……、君のお父さんのほうが、お母さんのことを、もう必要としていなかったとしたら?」



 槐はハッとして、前髪に指をさしこみ、列車の床を見つめた。


 母が父によく話しかけていたのは覚えている。


 けれども、父が母に話しかけていたことが、あっただろうか。


 その記憶がどうしても思い当たらない。――



「そろそろ到着だね」


 と、ゲヱムマスタァは言った。


「また話そう。


 それじゃ」



 まだ聞きたいことがあった。


 槐が顔をあげたとき、視界はすでに人込みとホログラムの光彩で覆われていた。

 第三章、終わり。おつかれさまでした。

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