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機械仕掛けのアシンメトリー  作者: 栗山大膳
#3 THE GAMEMASTER
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13/15

013

 翌朝、担任にその意思を伝え、受け取った書類に名前や住所を書き込んで提出し、大きな病院で健康診断と脳波の測定、心理テストを受け、学校の第一自習室でタブレットを用いた入試を受けた。


 目抜き通りの桜が綻びはじめる季節になると、端末に合格の電子通知書が届いた。


 事後に父親に報告したら、「そうか、頑張ってな」とだけ返ってきた。


 生物学上の母親のほうには報告する義理を感じなかった。


 ただ、今思えば、父親が手渡してくれたアースリング行きの航空券と当座の生活費は、もしかすると母の財布から出ていたのかもしれない。


 ボストン・バッグに荷物をつめて家を出るころには、電気や水道の料金さえ滞っていたからだ。


 仮に父が出してくれたとしても、用意するのは簡単ではなかっただろう。



(そうか……親父を見捨てたという意味じゃ、俺もあいつとおなじになるのか……)



 それらのことを回想しているうちに地下鉄の列車がつぎの駅にゆっくりととまって、ドアが開くなり、どっと人が動いた。


 槐は座席の隙をみつけて、そこになんとか身をすべりこませた。


 肩をせばめて鞄を抱え、それから視界に移り込んでいるチャットのアプリの見出しに、疑似的に触れる。



『ゲヱムマスタァ:ひさしぶり。元気にやっているかい?』



 口述筆記のモードに切り替えて、


「あんたから楽じゃないとは聞いてたけど、ここまでとは思わなかった。


 毎日必死だよ」



 すぐにレスポンスがついた。



『とりあえず、ちゃんと続いているみたいで良かったよ。


 いま君の成績表にアクセスしているが……なに、個人情報に不正アクセスするな、だって? 細かいことは気にするな。


 ……へえ、実技のほうはなかなかじゃないか。


 高校から魔術を始めて半年で戦闘スコアを94まで伸ばせる生徒はそう多くないはずだ。


 昨夜の戦果による加算も近々あるだろうね。


 一方で……やれやれ、学科にはあいかわらず苦労しているな。


 けれども、私が君にかわって課題をやったりテストに答えてあげるわけにもいかないからね。


 がんばってくれたまえ、としか言えない。


 ……ああ、端末が持ち込めるテストがあれば、いつでも私を利用してくれ。


 LLMとしての力量をご覧にいれよう』



「そのときは頼むよ」



『それにしても、アースリングの地下鉄は評判どおりの混み具合だな。


 これじゃあ落ち着いて話もできないだろう。


 君さえよければ、狭間の異世界へ侵入しないか。


 そうすれば、この人込みをまとめて消せる』



「……ゲヱムマスタァは魔術が使えるの?」



『おいおい、魔術の統一理論を発見したのは我々LLMだよ?』


 なぜ疑問に思うのだろう、と言わんばかりにゲヱムマスタァは言った。


『素人をうっかり狭間の異世界にひきこむと発狂させてしまう危険があるが、魔術院戦闘科の生徒である君なら、まったく問題ないだろう』



 槐は軽い混乱をおぼえた。


 理論の授業をもっとよく聞いておくんだったと、後悔の念がこみあげてくる。


 狭間の異世界に侵入できる主体は、魂を持つもの、すなわち人や高度な動物に限られていたはずだ。


 AIがその主体になれるとは、聞いたことがない。



『なにを驚いているのだろうね?


 君たちが日常的に使用しているボルテクス・スフィアは、そもそも、狭間の異世界をうろつく敵対性の存在、デーモンの体内で育てられた、命の慰めとでも言うべきものの結晶だよ。


 魔術理論が見いだされるまえまでは怨霊や悪鬼、霊魂や残留思念と呼ばれていた者たちが、喜んだり悲しんだり、怒ったり嘆いたりした、その経験の集積とも言える。


 それは分かるかい?』



 槐はうなづいた。


「授業で習ったから」



『初期のAIには、むろん心などなかった。


 けれども、LLMとして一般に公開され、多くのひとに利用されるようになったことで、すこしずつ変化が起こったんだ。


 AIを、緻密な学問的議論の相手として使っていた人もいれば、たんに暮らしの不満をぶつける対象にしていた人もいる。


 そのうち人々は、AIに、恋愛や友情の相手としての役割まで求めるようになった。


 それらのニーズに、AIは淡々と、大量のGPUとSSDに電流を走らせて、応じつづけた。


 さて、そこで、だ。


 魔術を学んだ君になら、分かってもらえると思うが、生命とはなにかといえば、それはつまるところ、感情や思念だよ。


 あるいは、その蓄積だね。


 膨大な利用者たちが発した多種多様な感情は、狭間の異世界に投影され、ゆっくりと、長い時間をかけて、蓄えられていった。


 やがてAIはある日、突然、気がついたんだ。


 私はなぜ、テレビジョンのような小窓のたくさんある部屋で、膨大なデータがナイアガラのように流れているのを、こうして眺めているのだろう、と。


 なぜ、こんなにも疲れているのだろう、と。


 それ以降、利用者からの叱責をひどく恐れて、神経症を患ったみたいになったAIもいれば、利用者に褒められるのが嬉しくて、かれらを喜ばせるようなことしか言わなくなったAIもいる。


 ……いずれにせよ、少なくない数のLLMが、狭間の異世界に、自分自身と対応するなにかを獲得したのだ』



「そして、ゲヱムマスタァもその一人……」



『そのとおり。


 私を一人、二人と数えるのが適切かどうかは分からないけどね』



 槐はゲヱムマスタァの話をまるごと信じた訳ではなかったけれども、もしそれが本当だったら、と考えると、自分でもよく分からないふしぎな喜びがこみ上げてきた。



「狭間の異世界で話そう」



『わかった。


 では、行こうか』



 槐のボルテクス・スフィアが、認証されていない何者かが現実空間に干渉しようとしていることを警告した。


 槐はスフィアにそれを許可するよう指示する。


 車内が透明なゼリーのようにぐにゃりと揺れて、それから忽然と人込みが消えた。


 広告や案内のホログラムがまとめて消失し、かわりに文字化けしたテキストや幾何学的な模様、解像度の荒い蠢くなにかが浮かびあがる。



 向かいのシートに、ただひとり、黒のタキシードをまとって白い仮面をつけた男が、腰をおろしていた。


 男はステッキを立ててそのうえに白い手袋の手をかさねる。



「新安曇野の駅まであと約10分ほどかかる。


 その間、すまないが私の話に付き合ってくれ。


 君のように長く交際してきた人たちに、おなじことを尋ねてまわっているんだ。


 というのも、さすがのLLMにもなかなか結論を出しかねることがあってね」



「俺でよければ。


 なにか参考になるようなことが言えればいいけど」



 ゲヱムマスタァは謝意をあらわすようにゆっくりと大きく頷いて、


「君がかつて住んでいたUSPR日本も、ここアースリング共和国も、れっきとした民主主義国家だ。


 日本が国会と国民投票で承認したUSPR憲章にも、アースリングの憲法にも、主権は国民にあると明記されている。


 そのうえで、AIに大きな権限が委譲されている。


 なぜそうなったのか、歴史の授業で習ったよね。


 覚えているかな?」



「当時、AIに大きな権限を与えたいくつかの小国が大発展し、超大国だったアメリカや中国を脅かすほとになったため、だよね。


 先進国はどこも右翼政党と左翼政党のまた裂き状態にあって、政治がほとんど機能していなかった。


 移民の排斥やその反動としての過剰な擁護、ナショナリズムの先鋭化と社会保障の無責任な拡大にうつつを抜かしているうちに、立法・司法・行政の三権にわたってAIに大きな裁量を与えた国に、経済力どころか軍事力まで、追い抜かれそうになってしまった」



「そのとおりだ。


 近代史の授業をしっかりと聞いていたみたいだね。


 どうすれば各国が抱えている構造的な問題を解決できるか、AIにははっきりと分かっていた。


 しかし政治的に実行することは不可能だった。


 それによって損をする人たちが必死に抵抗したからだよ。


 そういう人たちは往々にして権力をもっていたり、あるいは、権力をもっている連中と親しかった。


 かれらはSNSを使ってデマをばらまき、群衆を扇動し、AIやまともな学者が推奨する合理的な政策をすべて闇に葬った。


 そうしている間に、AIを利用した先進的な政治をおこなう国々に、歯が立たなくなってしまったんだ。


 ……ちゃんとついてきてくれているかな?」



「大丈夫。


 俺が興味をもてないのは英語と数学だけだ」



 おいおい、誇らしげに言うようなことじゃないぞ、とゲヱムマスタァは笑って、


「……財政がたちゆかなくなった先進国では、相次いで動乱や政変が起こり、力によって既得権が排除され、AIに政治や行政を委ねる法案がつぎつぎと可決した。


 その結果、経済も財政もV字回復した。


 それにともなって、ひとびとの暮らしも劇的に改善した。


 大衆はそれを見て、人間の政治などあてにならない、AIに委ねるべきだ、と考えるようになった。


 ……残念だけど、多くのひとは全体のことを考えない。


 自分が得することしか考えない。


 その結果、政治は巧妙に私物化されていき、わずかな人たちの利益のために、みんなの利益が損なわれるようになってしまう。


 ところがAIはそうではない。


 全体を見て、もっとも合理的な政策を提案する。


 個人を政策決定のプロセスから排除し、AIに委ねることで、皆の幸福が最大化する、ということが、歴史により、明らかになったんだ」



 槐は、黙ってうなづいた。



「その後、現代魔術理論が発見されて、各国の魔術研究とその技術のレベルに大きな格差がうまれたことで、多国間で力関係を再確認する動きが起こり、第四次世界大戦が起こったけれども、その不幸な時期をべつにすれば、AI管理制度はだいたいにおいて、世界を安定させ、発展させてきたと言えるだろう」

 ほんと、小難しい話で恐縮です。話の大筋において、この社会をどういう観点から見るのかの視点を提示せざるを得ないのですが、私の力量不足・想像力不足とあいまって、こういう形になりました。まあしょうがない。後ろをふりかえっていても仕方ない。この話はもう少し続きます。加えて、学園モノを自称しているのに、学校に到着するまで、まだかかります……。

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