第9話:覚醒
「……まだ始まりか」
嫌な予感ほど当たる。
倒れた影の向こうから、さらに大きな影が現れる。それも続々と……。
私だけで、りこを守れるのか。
不安と焦燥が胸に渦巻く。
「なぎ、だいじょうぶ?」
顔に出ていたのを見られていた。
「大丈夫よ、私に任せて」
必死に私は表情を取り繕う。
「りこ、見てて!」
弓をめいっぱい引き、一番手前のホラーに放つ。
矢は青い核を貫き、ビュオォォ――風が吹き抜けるような嘆き。
巨体が融けるように崩れ落ちる。
「……なぎ、すごい」
目を見開き、わぁっと手を叩くりこ。
その声だけで、私の震えも止まった。
その時――
りこの小さな胸の鼓動と同期するかのように、氷のホラーが数を減らす。
「えっ……?」
偶然?夢の錯覚?いや、ここは夢の中。
一体誰の力……?
……そんなの決まってる。
ここはりこの夢の中。
りこの感情が夢に影響する。
まだ吹雪の中、氷のホラーがいくつか残っている。
でも、りこを守る――その気持ちだけは揺らがない。
「りこ、凄いの見せてあげる!」
私は再び矢を放つ。
青い核が光り、氷の腕がバリバリと砕ける。
巨体が崩れるたびに雪が舞い、冷たい風が二人を包む。
「なぎ、すごい!すごい!」
りこの瞳が輝き、手をぱちぱち叩く。
その小さな喜びで、私の緊張が少しだけ和らぐ。
残りのホラーはまだ数体。
足元の雪は膝まであり、踏み込むたびに重くのしかかる。
でも、私はふとあることを思いついた。
「よし……りこ、少しだけ遊ぼうか」
そう言うと、私は雪をかき集め、簡単な雪玉を作る。
それを手前の氷のホラーの近くに投げると――不思議なことに、ホラーの一体がそれに反応してよろめいた。
りこは笑いながら歓声を上げる。
「わぁっ、なぎと雪合戦できるの!?」
私は弓を構えつつも、雪を投げる動作を続ける。
りこは私の為に雪玉を作ってくれる。
その手は霜焼けか、赤く染まるが気にしていない様子だった。
ホラーを倒しつつ、雪玉で遊ばせることで、りこの恐怖は少しずつ和らいでいく。
すると夢界の奇妙な法則なのか、氷のホラーの数も、りこの笑顔に応えるかのように減っていく。
……やっぱり。
雪と風の異界の中で、二人だけの小さな時間が流れる。
恐怖と戦いの緊張の合間に、ほんの少しだけ温かさが生まれる。
「……なぎ、ここ、楽しいね」
りこがそう言う。
その声に、私は小さく頷く。
「そうね。楽しもう、もう少しだけ」
最後に残った氷の巨体を矢で打ち倒すと、異界の空間がゆらりと揺れる。
あれだけ寒かった体はポカポカと暖かい。
雪の粒が舞い上がり、吹雪の向こうに出口の光が見えた。
「行くよ、りこ」
私は手を差し伸べる。
りこは笑顔でその手を握り返す。
二人の心が一つになり、雪の夢界――異界のダンジョンホールから、現実へと帰る一歩を踏み出した。
がばっ!と上半身を起こすとそこは事務所のソファーだった。
横には、穏やかに寝るりこ。
さっきの夢は、やっぱり夢……?
「あら?起きたの」
デスクライトに照らされる紗夜の姿。
「何?驚いた顔して、怖い夢でも見たの?」
私は無言で頷く。
紗夜は軽くため息をつき、微笑んだ。
「まったく…まだ子供ね」
私は咄嗟に否定する。
「ち、違うの!」
その声でりこが小さく眉をひそめ、くるりと向き直る。
目が覚めたら私が隣にいる――少し安心したようだった。
でも、あの夢はただの夢じゃない。
私はそっと紗夜に囁いた。
「紗夜……りこちゃん、もしかしたらシェイプシフターかもしれない」
紗夜の目が一瞬、驚きに光る。
そのまま、微かに頷きながらも、声は落ち着いていた。
「ふーん、そう。あんまり信じすぎないほうがいいかもね」
でも、その瞳の奥には、少しだけ興味が光っていた。
再び丸くなるりこの寝顔を見下ろすと、小さな胸がゆっくり上下している。
夢の中で見た雪とホラーの異界――あの恐怖も、あの笑顔も、全部、彼女自身の力だった。
私は深く息を吐き、手をそっとりこの小さな手に重ねた。
夢の中での出来事は、現実でも二人を少しだけ強くした。
そして――次の夜、またダンジョンホールが現れたとき、りこの力はどう影響するのか。
私はまだ分からない。
けれど、少なくとも、二人ならきっと――大丈夫だと、そう信じられた。
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