第58話︰……
凪はゆっくりと立ち上がる。
「この……青い水」
知っている。
顔はもう思い出せないが、あの兄妹の妹が使っていた能力。
「……どうして」
見上げる凪の目に熱はない。
見下げるネームドは首を傾げる。
「俺達は"人類の希望"」
生き残っているホラーがその言葉に反応した。
「そして、俺は未来を見る力を与えられた」
ネームドの視線が、凪の首元へ落ちる。
「それか」
小さな桜の花びらが入ったペンダント。
戦闘の衝撃に晒されながらも、まだ首元に残っていた。
ネームドは静かに目を細める。
「覚えている」
凪の動きが止まる。
「……」
「あの日、お前は拾った花びらを優しくハンカチに包んでくれたな」
淡々とした声。
感情はない。
だが、その言葉は確かに“知っている者”の温度を持っていた。
『自分ひとりになってしまった。だから、繋がりが欲しかった』
『お揃いのペンダント』
『……家族との絆?』
断片。
脳裏に流れ込む記憶。
夕暮れ。
並んで歩く影。
満面の笑みで手を繋ぐ、凪の顔。
凪の指先が、わずかに震えた。
「やめ……て」
「お前は随分、あれに救われていたらしい」
ネームドは続ける。
「壊れかけていたお前を、繋ぎ止めていた」
赤い風が揺れる。
空間が軋む。
「……黙……れ」
「だが、もう意味はない」
ネームドが一歩踏み込む。
青い水が腕に絡みつき、刃の形を取った。
「未来を失った存在に、思い出は不要だ」
思い出が凪の身体を縛りつける。
意思では動けない。
青い閃光が走る。
軽い金属音。
そして――
ぱきり、と。
ひどく、小さな音が響いた。
視線が落ちる。
砕けた銀。
切れた鎖。
壊れたペンダントが、地面を転がっていた。
落ちた衝撃で花びらの入ったペンダントトップは割れて、中から溢れる。
二人の間に広がる静寂。
赤い風が止まる。
いや。
違う。
あまりにも濃くなりすぎて、風ですらなくなっていた。
凪は動かない。
壊れたペンダントを見下ろしたまま、沈黙している。
感情は見えない。
怒りも。
悲しみも。
何一つ。
ただ。
世界だけが、軋んでいた。
「……そっか」
凪が呟く。
静かな声だった。
「壊れたんじゃない、壊したんだ」
その瞬間。
空間が、沈んだ。




