第56話:名も無き王
凪は紗夜から聞いた場所に向かいバイクを走らせる。
目的地に向かうにつれて、夕方というのに人が多い。
それはダンジョン災害から逃れる人々の波。
凪は知らなかったが国からダンジョンの予測が発表されたことがきっかけだった。
前回の予測が外れたこともあり、人々は早めに退避しているのだ。
押し寄せる人波を避ける。
流れに逆らう凪はすれ違う人々から、忌避の目を向けられるが、最早何も感じない。
ダンジョン発生予測の余波で、思うように進まないが凪の心に焦りはない。
まるでその感情が欠けたように――
目的地に着く頃には、陽が落ちていた。
白い施設。
辺りには街灯もないのにやけに、明るく見える。
門には銃を構えた警備員が二人。
時刻は0時に差し掛かろうとしていた。
ふと、夜空を見上げる。
ダンジョン発生の予兆。
赤い幕が夜空を切り裂くように舞い降りようとしていた。
施設までの距離は約500メートル。
街灯のない開けた土地でバイクのライトは目立つ為、すでに警備員には把握されている。
ならば、堂々と正面から突っ込めばいい。
短絡的な感情にすら、違和感を覚えない。
バイクのアクセルを全開にしようとする。
だが、一瞬だけ手が途中で止まるが、体ごと押し込むようにハンドルを捻った。
「止まれっ!」
門を守る警備員からの警告。
どうでもいい。
そして、バイクで疾走する中。
全身を包み込む不快な感覚。
頭に響く鐘の音。
ダンジョンの幕は降りた。
この中で視認出来るのは凪だけ。
警備員達は慌てて、暗視ゴーグルを装着するが遅すぎる。
バイクのハンドルから手を離して、素早く矢を放つ。
戸惑いはない――いや、ただの処理。
矢は寸分の狂いもなく、警備員達を貫いた。
力なく崩れる姿を見ても、心に波風ひとつ立たない。
「ありがとうは――ないのね」
門を抜け、入り口に向かいバイクのアクセルを全開にする。
今、頭を満たすのは合理的な判断だけ。
フルスロットルのバイクから飛び降りると、無人のバイクは入り口に衝突して、派手に爆発した。
炎と煙の中から見えるのは、ひしゃげて僅かな隙間を作った扉。
「……邪魔」
身体が勝手に動く。
手には深紅の弓矢。
一閃。
3重の扉は吹き飛んだ。
足を一歩だけ踏み出して、止まる。
「遅かったな」
その声が誰のものか分かっている。
遠くでホラーの呻き声が聞こえた。
りこを連れ去った時は、ハッキリと認識出来なかった。
でも、今は違う。
ダンジョンの中だからなのか、それとも目の前にいるネームドと――
凪は深紅の矢を放つ。
しかし、ネームドは首を僅かに傾けるだけで矢を避ける。
凪の眉がピクリと動く。
ニ連射、四連射、八連射。
全ての攻撃を造作もなく、避ける。
凪は再び深紅の弓を構える。
その周囲には無数の矢が現れた。
ネームドは優雅に距離を詰める。
矢は当たらない。
まるで矢が意思を持って避けているように。
深紅の矢はネームドの背後にあった、白い施設の地上部分を瓦礫に変えた。
瓦礫の下から生まれるホラーの呻き声。
這いずり、集まってくる。
ネームドを囲み、平伏す。
ホラーを従える姿は支配者。
凪と視線が交わる。
手を伸ばせば、届く距離。
「未来の欠片……使えるな」




