第50話:検知
対象者と兄妹が別荘からバイクで走り去って行った後。
森の中から、ひとりの男がゆっくりと現れる。
特徴のない顔。
記憶に残らない姿。
そして、存在しないような気配。
どれもが異質だった。
男は戦闘の跡が残る別荘に近付く。
その瞬間だった。
男の足が止まる。
「……あれ?」
わずかに首を傾ける。
視線は、戦いの跡じゃない。
――車の方。
破壊され尽くした瓦礫の中。
そこに立つ“何か”が、男にだけビジョンを見せる。
「……今、運命が揺れた」
本来一つであるはずの流れに、わずかな“ズレ”が生じている。
それは偶然じゃない。
誰かが、未来に触れている。
ぽつりと、呟く。
兄妹の運命か。
違う。
男だけが、確信する。
「未来が、二重になってる」
その言葉の意味は、誰も分からない。
ただ一人を除いて。
本来あり得ない分岐に、男は薄笑う。
視線が、車内へと落ちる。
――収束している。
揺らぎの中心が、一点に集まる。
「当たり、見つけた」
その目は、車内で小さく震えるりこを捉えていた。
ガードレールに立つ男。
「――もういいよ」
ネームドが、あっさりと凪に対する興味を失った声を出す。
よく見れば、その腕の中にはりこが抱えられていた。
意識はない。
「……り……こ?」
紗夜から無意識に声が漏れた。
「……」
凪の瞳もネームドの腕に抱えられるりこに向けられていた。
男は兄妹に告げる。
「未来の欠片が、手に入った」
軽く、そう言う。
「想定以上の結果だ」
紗夜の顔が歪む。
「……待て」
低い声。
凪だ。
ネームドは一瞬だけ視線を向ける。
その目には、さっきまでの“興味”がもうない。
「君は、用済みだ」
切り分けるように。
はっきりと。
「壊れるかどうか、分かったから」
それだけ言って。
視線を外す。
「――あとは任せるね」
軽い声。
だがその言葉は、兄妹に向けられていた。
命令でも、相談でもない。
ただの“処理の押し付け”。
兄は何も言わない。
妹は、くすっと笑う。
「いいの?」
「いいよ」
不気味な笑顔。
「君達はまだ評価段階だ」
その一言で。
完全に“役割”が分かれる。
「――じゃあね」
ネームドは、ガードレールから後ろへと飛ぶ。
気配が、薄れる。
まるで闇に溶け込むように。
「せいぜい楽しんでくれ」
最後まで軽い。
そのまま、完全に闇に溶ける。
その場に残されたのは。
兄妹と凪から立ち登る殺意だけだった。
木々がざわめき、月が陰る。
「あは、始めよっか」
妹の声だけが浮いていた。
最初に動いたのは、兄。
凪に目を向けることなく、突き進む。
「くっ!?」
紗夜が舌打ち混じりに息を漏らす。
互いに速度特化のスタイル。紗夜は銃を投げ捨てると腰の刀を抜いた。
距離が半分になった時、凪が阻止するために腕を振る。
可視化できるほど、濃密な赤い風。
人を容易く壊す現象はアスファルトを削り、大気の壁のように広がり、兄に当たると思われた。
だが、その勢いは青い水に阻まれる。
能力同士による相克。
衝突すると音にならない音が発生した。
兄が空いた穴から抜け出す。
同時に声を届けながら。
「あなたの相手は私」
その言葉で妹の周囲に水の塊が浮かび上がる。
「私と、遊んでよ」
凪の表情は変わることなく、自身を囲むように赤い風が渦巻いた。
車一台通らない夜の山道。
そこで戦いは二つに裂けた。




