第47話:試し
山道を抜け、別荘の明かりが見えた。
「……戻ってきた」
紗夜が、わずかに息を吐く。
逃げたはずなのに、逃がしてもらったはずなのに。
目を覚ました凪に「私がいないと……二人とも死ぬよ」と言われて戻ってしまった。
出た時と変わらない別荘。
まだ、戦いは始まっていないと思った。
だが安堵は、続かなかった。
「……変だ」
凪の声が低い。
抑えたトーン。
「……中にいる」
ぽつりと。
「まだ、生きてる」
断定だった。
その根拠を、凪は説明しない。
ただ――そう“判断した”だけだった。
「確かに静かすぎるわね」
エンジン音が近づいているのに中から、何も反応がない。
灯りは点いている。
なのに――“気配が薄い”。
「社長……?」
紗夜が小さく呟く。
凪は答えない。
その名前に、わずかな“引っかかり”だけを残して。
その瞬間。
――バキィッ!!
別荘の中から、何かが“叩きつけられる音”。
壁。
いや、人だ。
「っ!!」
紗夜がアクセルを開ける。
一気に別荘へと距離を詰める。
玄関前でブレーキをかけると砂利が跳ねた。
「りこはここで待ってて!」
紗夜の静止。
「さよ!なぎ!」
りこは叫んだ後、無言の凪を見ていた。
でも、凪はりこに対して反応を見せない。
二人は車内から飛び出す。
同時に。
そして――視線が合う。
男が一人で立っていた。
無言の影。
「……」
ヘッドライトに照らされても、表情は変わらない。
ただ、こちらを見ている。
値踏みするように。
返すように凪の瞳が、細くなる。
「……お前が対象者か」
ぽつりと。
理解した声。
その直後。
「おかえり」
軽い声が上からする。
視線が動く。
屋根の上。
月明かりの中に、若い女が屋根に座っていた。
足をぶらぶらと揺らしながら。
「遅かったね」
笑っている。
完全に遊びの顔。
「中、もう終わってるよ?」
紗夜の表情が変わる。
「……中の人たちは」
「うん」
妹が楽しそうに頷く。
「まあまあ頑張ったよ、あは」
他人事みたいに。
軽く。
「でもさ」
ゆっくりと、立ち上がる。
屋根の端。
そのまま、ふわりと飛び降りる。
音もなく着地。
「君たちの方が、面白そう」
無防備に距離を詰めてくる。
迷いなく、一直線に。
紗夜が、一歩前に出る。
凪を庇うように。
その動きの意味を、凪は一拍遅れて理解する。
――庇われている。どんな感情で。
「中に入りたいなら、先に私達と遊んでよ」
「……」
「別にいいでしょ?」
妹は首を傾けるが紗夜の警戒は上がる。
「その方が、たくさん褒められそうだし」
その言葉と同時に兄が、わずかに動く。
一歩、前へ。
圧が、変わる。
凪も紗夜も二人から視線は外さない。
「二人は、何しに来たの?」
凪の問い掛け。
妹は、少しだけ考えるようにしてから。
笑った。
「試しだよ。どっちが強いか」
あっさりと。
悪びれもなく。
その瞬間、兄が消える。
「っ!」
紗夜の反応が一瞬遅れる。
背後。
振り返ったら、もういる。
凪のすぐ後ろに。
「危ない!」
叫ぶが間に合わない。
だが、凪は動かない。
ただ――
「……遅い」
低く呟く。
ドンッ!!
空気が弾ける。
不可視の圧が、背後へ叩きつけられる。
兄の身体が、わずかに浮く。
そのまま後方へ流れる。
だが。
着地。
崩れない。
無傷。
「へえ」
正面の妹が、目を細める。
「やっぱりそうなんだ」
興味が深まった顔。
じっと凪を見る。
「天然型」
ぽつりと。
「調整されてないやつ」
呟く。
その言葉に凪の反応が、わずかに遅れる。
ほんの一瞬。
「図星?」
妹が笑う。
その隙に兄が、再び動く。
今度は正面から。
一直線に。
速い。
兄妹は凪だけに、意識を向けていた。
だが――
「凪!」
紗夜が加速の能力を使い、停めてあったバイクに飛び乗る。
エンジン始動。
即座に、前に出す。
凪の前に割り込むように。
「乗って!」
叫ぶ。
「中に入る!」
――優先順位は、そっちだ。
凪は迷わない。
でも、体は違った。
紗夜が運転するバイクの後ろに乗る。
同時に、兄の拳が振り下ろされる。
だが、届かない。
ギリギリで回避。
砂利を蹴り上げながら、バイクが加速する。
「逃げるの?」
妹の声。
後ろから追ってくる気配。
「いいよ」
楽しそうに。
「その方が面白い」
不気味に響く。
バイクを走らせ、態勢を整える為に別荘から距離を取る裁断だった。
「紗夜、戻って」
凪からのお願いではない、指示。
「少し時間をちょうだい!」
頭の中を整理するのに時間が欲しかった。
なのにもう一つのエンジン音が届く。
後ろから。
いつの間にか、バイクに乗った兄妹が追いかけてきていた。
速度は速まり、気付けば並走。
「は……!?」
紗夜の目が見開く。
あり得ない。
まだ、何も整っていない。
――なのに。
「じゃあ」
並走するバイクに乗る妹が話し掛けてくる。
自然に。
当たり前みたいに。
「続き、やろうか」
月明かりの下。
二台のバイクが、同時に加速する。
山道へ。
闇の中へ。
――そこから先は、もう。
逃走じゃない。
狩りだ。




