第42話:小さな光
部屋の空気が、わずかに張り詰めている。
私は、息を殺していた。
視線の先。
ベッドの上。
凪が、りこの隣に座っている。
手は、止まっている。
何もしていない。
ただ、観察するように見ている。
――違う。
私は、小さく眉を寄せた。
“見ている”だけじゃない。
あれは、測っている。
確かめている、人を。
「……なぎ」
りこが声をかける。
反応は、少し遅れて返ってきた。
ゆっくりと、首が動く。
視線が合う。
「……なに」
平坦な声。
温度がない。
私とりこは、ほんの一瞬だけ言葉を失う。
分かっていたはずなのに。
目の前にすると、違う。
こんなものじゃ、なかった。
――凪は。
「それ……やだ」
思わず、りこの口から出た言葉。
理由は説明出来ない。
ただ、嫌だった。
「……?」
凪は、首をわずかに傾ける。
理解していない。
当然だ。
私は、唇を噛む。
りこは凪の服を強く掴む。
視線が、りこを捉える。
小さな体。
無防備に座っている。
やっと、りこという存在を認識したように。
その首元。
――見える。
チェーン。
その先の、小さなペンダント。
凪が、りこの為に作ったお揃いのペンダント。
凪の指が、わずかに震えた。
「……それ」
手を伸ばす。
躊躇は、一瞬だけ。
りこの首元に触れる。
ペンダントを掴む。
恐る恐るといった具合に。
そのまま、引き出す。
光が、露わになる。
「……」
凪の視線が、そこに落ちる。
動かない。
完全な停止。
私は、それを見ていた。
確信はない。
でも。
――これだ!と思った。
「……ごめん、りこ」
小さく呟いて。
私はそのまま、りこの首からペンダントを外した。
チェーンが、静かに外れる音。
その瞬間。
――空気が、変わる。
ぴたりと。
何かが、切り替わる。
「……っ」
凪の指が、わずかに震えた。
視線が、揺れる。
焦点が、合わない。
呼吸が、乱れる。
「……な、ぎ?」
私が、りこが一歩近づく。
凪は動かない。
ただ。
何かを、掴もうとしているみたいに。
ペンダントを、見ている。
「……なに、これ……」
声が変わる。
ほんの少しだけ。
でも、確実に。
「……やだ」
ぽつりと。
何に対してかも分からないまま。
ただ、拒絶だけが残る。
その言葉に、私の心臓が跳ねる。
「なぎ……?」
ゆっくりと、りこの顔が上がる。
目が合う。
その瞬間。
私は、息を呑んだ。
――戻ってる。
完全じゃないかもしれない。
でも。
さっきまでとは、違う。
確かに、そこにいる。
「……りこ?……紗夜?」
名前を呼ばれる。
それだけで、分かる。
声の奥。
かすかに残っていたものが、はっきりと形を持つ。
「……凪」
私の声が、震える。
さらに一歩、近づく。
触れようとして。
止まる。
壊れそうで。
「……あれ」
凪が、周囲を見る。
ゆっくりと。
状況を確認するように。
「……私、なにして……」
言いかけて、止まる。
視線が、自分の手に落ちる。
わずかに、眉が寄る。
「……やだ」
小さく。
さっきよりも、はっきりと。
「やだ……やめて」
拒絶。
ペンダントを持つ手から波紋のように震え出す。
でも、次の瞬間。
それは、ふっと感情とともに震えも消える。
「……」
また、あの目だ。
表情が、抜け落ちる。
そして身体の力も、抜けた。
その一瞬、凪の目が私を縋る。
傾きかけた身体を受け止める。
前よりも軽くなった身体。
空白。
一瞬だけ。
私に助けを求めていた。
そう思ってしまった。
「……なぎ、だいじょうぶ?」
りこの声で私の心臓が、止まる。
「……大丈夫よ。ちょっと疲れたのね」
凪をゆっくりとベッドに寝かせる。
りこはわずかに首を傾ける。
理解していない目。
でも、私は見た。
凪が治るところを……。
いや、違う。
戻った。
今、確かに。
「……」
私は、手の中に握られたペンダントを見る。
凪と、りこを繋ぐ絆。
凪を戻す、小さな光。
「……これがあれば……戻る」
ぽつりと、呟く。
確信はない。
でも、見た。
確かに、ほんの一瞬でも。
あれは――紛れもなく凪だった。
……そう、思いたい。
視線を上げて、眠る凪を見る。
起きた時には、また“違うもの”かもしれない。
それでも。
「……戻す」
もう一度。
今度は、祈るみたいに。
言葉を掴む。
私は、ペンダントを強く握りしめた。
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