第38話:無機質
誰もが息を潜める射撃場の中。
黒崎が腕時計を確認する。
「4時半を越えたな」
それが合図となり、紗夜は射撃場の照明をつける。
真っ暗だった射撃場に明かりが灯った。
電気が供給されていることが確認されたことで、ダンジョンホールが解除されたことを確信する。
「……上に行こうか」
肩が凝ったのか、社長は肩を回す。
「りこ、嬢ちゃんを運ぶぞ」
社長の意を汲んで、黒崎が動き出す。
しかし、りこは体力の限界を超えていたのか、凪と手を繋いだまま寝ている。
「仕方ないね」
社長は繋いだ手を離そうとするが二人の手は固く握られていた。
まるで、それ以外をすべて手放してもいいと決めたように。
外の様子を見に行っていた紗夜が戻ってくる。
「外はどうだった?」
まだ、完全には警戒を解いていなかった黒崎が問う。
「……静かなものよ。生き残ったのは恐らく私たちだけね」
分かってはいたが今回の出来事は国に大きな波紋を及ぼすことになるだろうと、三人は予測する。
「忙しくなりそうだな」
「そうね」
二人の視線は凪に向いていた。
なんとか凪からりこを離すと黒崎が凪を運ぶ。
まだマシな事務所のソファーに寝かすと、三人は自然と集まる。
「壊れたものはまとめて、隅に置いときな。どうせ使いものにならないんだし」
社長の声音には少しだけ、名残りが残っていた。
三人で事務所を片付けるが時折、手が止まる。
まだ早朝ではあるが緊急ニュースが流れ、続々と被害の実態が明らかになっていく。
『それでは国からの発表があるそうです』
国からと聞き、三人の手は完全に止まっていた。
今回の被害及びダンジョンホール予測が外れたことに対する見解と今後の対応についての会見だ。
テレビの画面が切り替わる。
無機質な白い光。
影すら許されないような均一な照明の下で、男は頭を下げた。
『今回の件につきましては――想定内の事象であり……』
「……は?」
黒崎の声は低く、短い。
だがその一言で、空気が軋んだ。
誰も言葉を継がない。
継げなかった。
――理解してしまったからだ。
この男は、何も見ていない。
恐怖の叫びも、 真っ暗闇の中で助けを求めて伸びた手も。
『ダンジョン省の予測自体が正確には三日以内の発生を予期したものであり……』
その声には、一切の揺らぎがなかった。
人が死んだ数だけ重くなるはずの言葉が、 まるで事務処理の一行のように読み上げられていく。
責任の所在は曖昧に。
言葉だけが滑らかに整えられていく。
その一語一語が、現場で死んでいった人間の重さを削り落としていくようだった。
「……っ」
黒崎が歯を噛みしめる。
その手に持っていた工具が、わずかに軋んだ。
怒鳴ることはしない。
怒鳴る価値すらないと、分かってしまったからだ。
だからこそ、従えない。
『また、被害に遭われた地域には速やかに救助の要請を――』
誰も、もう聞いていない。
テレビの光だけが部屋を照らしている。
青白く、生きている人間の顔色を奪うような光。
その中で――凪の指が、わずかに動いた。
ぴくり、と。
それは回復の兆しではない。
指は、何かを掴むように――
何もない空間を、確かに“なぞった”。
日中は建物内の被害の確認と片付けに追われ、禄に食事を取れないまま、日は暮れていった。
その間、凪もりこも目を覚ますことはなかった。
夜、ブルーシートで簡易的に穴を塞いだ部屋で、今後の方針と行動の話し合いが行われた。
「とりあえず、この事務所は補修するがその間はハンター稼業はお休みだね」
社長は未だに眠り続ける凪を一瞬だけ見る。
紗夜は静かに頷くが黒崎は腕を組んで、考え込む。
「そのことについてなんだが……」
「ああ、分かってる。ハンター稼業を続けるのは各々の判断で構わない」
「助かる」
明確に収入がなくならないと分かった黒崎は安堵する。
「それでなんだが、事務所が直るまで拠点を移そうと思ってる」
再び、社長は凪を見るが今度は優しい目で見つめていた。
「どっちに行くの?」
紗夜は郊外にある倉庫と他県にある社長の隠れ家的別荘を思い浮かべていた。
「二人がこんな状態だ。静かに過ごせるように別荘に行く」
社長の言葉に、誰も異論はない。
だがそれは、休養のための移動ではなかった。
――隔離だ。
この街には、“何が起きたのか”を知る人間がいるかもしれない。
そして、“何がまだ終わっていないのか”を薄々感じ始めている。
紗夜は、眠る凪を見る。
呼吸は穏やかだ。
だが、――何かが、違う。
「……早い方がいいわね」
その一言に、全員が頷いた。
理由は、誰も口にしない。
口にした瞬間、現実になってしまいそうだったからだ。
拭えない苛立ちと不安を抱えても、次の朝はやってくる。
紗夜の頭の中では何かが、ひび割れるような音を立てて、"壊れ始めていた"。




