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ダンジョンは壊れた夜に舞い降りる――壊れたのは、世界か、私か  作者: くろのわーる


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第35話:予測不能



 翌朝、空はどんよりと曇り、わずかな光も灰色に溶けていた。


 事務所の外には、いつもとは違う、重苦しい空気が漂っている。


 避難する人達で混雑しているのだ。


 その様子を窓から紗夜が眺める。


 しかし、表情は違うことを考えていた。


 一日、休息を取ったことで凪は起きられるようにはなった。


 でも、目には生気が感じられず、視線も安定しない。


 まるで抜け殻のように。


 唯一、強い反応を示すのがりこに対してだけ。


 黒崎が言ったように、りこを守ることが使命だと思っているのか、はたまた過去の自分と重ねているのか。


 まともに話せない状態ではどうしようもない。


 心の何処かで凪はまだ大丈夫だと思ってた自分が情けない。


 窓ガラスを曇らせる息は続く。


「紗夜、凪とりこちゃんのご飯が出来たから持って行ってくれるかい?」


 お盆に乗せられた小粥と小さなおむすび。


 立ち登る湯気がやけに現実的だった。


 凪の部屋、そのベッドの傍にはりこが付き添っている。


「りこ、凪はどう?」


 りこは眠そうな顔でこちらを向く。


「ねてる」


 私は苦笑いを浮かべながら、お盆を机の上に置く。


「りこ、凪にご飯を食べさせるから起こすわよ」


 小さく頷くりこ。


 それと同時にりこの小さなお腹の音が鳴った。


「ふふ、りこの分もあるから凪と一緒に食べようね」


「……うん」


 私は凪を優しく起こすと腰の辺りに枕を移動させて、食べやすいようにしてあげる。


 目が開いた凪の反応はまだ薄い。


 お盆を持つと、りこにおむすびを渡す。


「凪、ご飯食べて元気出して」


 まだ熱い小粥をレンゲで掬い、冷ましてから凪の口に運ぶ。


 小さく少しずつ、小粥は喉の奥に流し込まれていく。


「凪、これまで随分と頑張ったから今はゆっくりと休んでいいのよ」


 特に反応はない。


 それでも元気になって欲しい一心で、しっかりと食べさせる。


 りこはお腹が膨れたのか、眠さが限界にきたのか寝てしまった。


 りこの視線がなくなった途端、心の底から込み上げる涙が止められなかった。


「…凪、あなたが元気になるのをみんなが待ってるわ……私も」


 食べさせ終わるとお盆を片付けて、ベッドにもたれ掛かって眠るりこを凪の隣に寝かせる。


 凪の手が動き、りこの頭を撫でる。


 大切なものを守るように……。


 私は部屋を出て、扉を閉めると呟く。


「凪、あなたは私が守るわ」


 背筋を伸ばすと強い足取りで歩き出した。


 その日の夜、みんなが寝静まった頃。


 事務所がある地域の上空から異界の膜が舞い降りる。


 ダンジョンホールの発生は一日早まった――政府の予報よりも速い。


 人々は不意なダンジョンホールに取り込まれ、あちらこちらの家から悲鳴が響く。


 異様な気配に私はベッドから飛び起きる。


 そして、視界は暗闇で何も見えない。


 間違いない!ダンジョンホールに取り込まれた。


 だが、どうして、何故よりも早く手探りで戦闘用のリュックの中から予備の暗視ゴーグルを取り出す。


 そこは紛れもなく、私の部屋。


 異界の自然フィールドじゃなかったことは幸運だが同時に、りこの夢見の予知通り。


 だとすると嫌な予感がする。


 愛用の刀を握り締めると隣の部屋に急ぐ。


 部屋に飛び込むと無表情な凪がいた。


 凪は自室で、無意識にりこをかばうように立っている。


 その足にはりこがしがみついている。


 私に数秒遅れること、お母さんと黒崎もやってくる。


「全員、無事?」


「政府の奴ら、予測を外しやがった!」


 二人とも暗視ゴーグルをして、その手には愛用の銃器が握られていた。


 しかし、凪を見て呟く。


「凪……」「嬢ちゃん……」


 凪の本能が反応する。


 胸の奥に渦巻く熱、視界の奥に広がる赤と黒の光――それは制御を超えた感覚だった。


「りこ……!」


 凪は無意識に声を上げる。


 りこはすでに社長に抱えられ、恐怖に震えている。


 その瞬間、部屋の空気が歪んだ。


 壁や机、床、そして外の景色までもが、赤い光のフィルターに包まれる。


「……何、これ」


「一体、なんなんだ……」


 暗視ゴーグル越しにも赤い光が見えていた。


 その光の中で、異形のホラーが扉を突き破り、侵入してくる。


 ──本物だ。現実だ。


 反応したのは凪だけ。


 手に深紅の弓が現れた。


 矢を構えるだけで、身体が勝手に動く。


 目に映るすべてのホラーが、鼓動と感情の揺れまで手に取るようにわかる。


 誰かが「凪、落ち着いて!」と叫ぶ声。


 でも、凪は聞こえない。聞く余裕もない。


 作業のように深紅の矢が放たれる。


 壁にめり込む、頭を貫く、腕を裂く。


 撃つたびに、凪の体の中で赤い力が脈打つ。


 まるで身体にヒビが入り、悲鳴をあげている様だった。


 周囲の人間が一歩後ずさる。


 紗夜が目を見開き、血の滲む手で腕を伸ばす。


 その指先は震えていた。


 黒崎は戦う者ではなく、警戒する者として、距離を保ちながら豹変した凪を見つめる。


 最悪の場合を想定して……。


 凪の矢は正確だった。


 恐怖はない。


 けれど、笑っている自分に気づいた。


 ──狂気だ。


 それでも、守るべきものは守れている。


 りこは社長の腕に抱かれ震えながらも、凪の背中を見つめている。


「ゆめとおなじ……」


 凪の動きは止まらない。


 ホラーが一体、また一体と倒れていく。


 そのたびに、胸に重い疲労が押し寄せ、膝が震える。


 でも、止まれない。


 息を整える暇もない、血の流れだけが加速する。


 止まったら、りこも、他の誰も守れない。


 深紅の矢は、凪の意思を超えて飛び続ける。


 視界が揺れ、耳鳴りが響く。


 それでも、凪は立ち続ける。


 その声は、力に酔ったものではなく、揺らぎながらも決意を込めたものだった。


 事務所の外には、避難を試みた人々の声、叫び、悲鳴が混ざる。


 だが、凪の前には赤く光る矢の軌跡だけが、静かに、正確に、敵を貫き続けていた。


 誰も触れられない、力の暴走と守護の狭間。


 その光景を部屋にいる誰もが、息を呑んで見守るしかなかった。


「……大丈夫、りこは、私が守る……」



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