第34話:分離
政府のダンジョン省より発表されたことでこの地域はにわかに慌ただしくなった。
それでも三日の猶予がある事で人々には少しの余裕が感じられた。
ただ、余裕のない場所も同時に存在する。
「この荷物はどこに運ぶの」
「おーい!こっちは片付いたぞ」
異界に変わり、ホラーに荒らされては困る物は範囲外にされている倉庫へ、全員総出で事務所内の片付けと運び出しをしている。
ダンジョンホールが三日後に迫る中、りこと社長は明後日には避難する手筈。
りこも自分のリュックにお人形やハーバリウムを詰めている。
「ねえ、なぎ……どこにいくの」
その声は明らかに沈んでいた。
「大丈夫よ、おばあちゃんとちょっとだけホテルに泊まるだけだからね」
「……うん」
その夜、荷物が運び出され、気持ち物悲しくなった部屋で、りこと寝ていた。
気が付くと、私は訓練室の中にひとりで立っていた。
この感覚には覚えがある。
りこの夢見の予知が発動したのだ。
私は回りを見渡す。
これが夢見なら、絶対にりこもいるはずだから。
「りこ!どこにいるの!」
訓練室にはいない。
私は訓練室を飛び出すと階下へと続く階段に急ぐ。
一段飛ばしで駆け下り、3階の自室が並ぶフロア。
そのひとつ、私の部屋から子供の悲鳴が聞こえた。
「りこ!」
私は叫び、自分の部屋の扉を開けた。
扉の先にはショートボブの髪型に見慣れた戦闘服、その手には使い慣れた弓が握られる後ろ姿。
その後ろ姿は"私の幻影"。
りこはその前に尻もちをつき、恐る恐る見上げている。
私の心臓は締め付けられ、喉が呼吸を拒むように締まる。
「なぎ!」
りこの叫びで私の幻影が振り返る。
その顔には赤く染まった大きな目玉がひとつ。
口だけは笑っていた。
「りこ!」
咄嗟に腕を伸ばす。
手の平から現れる深紅の弓。
幻影も弓を構える。
発射は同時だった。
私の深紅の矢は目玉の中心を射抜き、幻影の矢は胸へと刺さる。
幻影は笑いながら、塵のように消えていく。
「……なぎ……なぎ!」
胸に刺さる矢も幻影。
だけど、その痛みは本物。
でも、りこは守れた。
この力のおかげで……。
その場でうずくまる私にりこが這うように近付いてくる。
小さな手が私に触れる。
私は大丈夫よ、と言うように顔を上げた。
りこの身体が大きく揺れた。
無意識に私の顔は笑っていた。
「…な…ぎ……」
「……大丈夫、りこは…私が…守るからね」
その雰囲気は狂気そのものだった。
ゆっくりと立ち上がると、扉の方を向く。
扉の向こうから、幻影がやってくる。
「りこ、全部私がやっつけるから」
深紅の弓が呼応するように鈍い光を放つ。
赤く染まった瞳はもう目の前の敵しか、見えていなかった。
永遠に続く、戦いで――
りこの夢見は悪夢に染まった。
翌朝、起きてこない二人を紗夜が起こしにきた。
「雨宮、りこ。いつまで寝てるの」
返事のない部屋に紗夜は足を踏み入れる。
ベッドには額に汗をかきながら眠る凪と、その横で震えながらうなされる、りこの姿。
その姿に紗夜は慌てて、二人を揺すり起こす。
「なぎ!りこ!」
やがて、りこは目を覚ますがその目は涙で溢れていた。
「…さよ」
だが凪は目を覚まさない。
「凪!起きなさい!凪!」
廊下に響く声。
その尋常じゃない声に黒崎が駆け付けた。
「どうした!」
彼の問い掛けにも振り返らず、紗夜は凪に声を掛け続ける。
「さよ……なぎが……」
再び泣き出す、りこを黒崎が引き受ける。
「りこ!凪がどうしたんだ!」
黒崎の存在に気付いた、りこが泣き付く。
「なぎ…おかしくなっちゃった」
紗夜達から凪の心の状態を聞いていただけに、不安が頭を過ぎる。
「凪!いい加減起きなさい!」
一向に目を覚まさない凪に紗夜は強行手段に出る。
彼女は馬乗りになると凪の頬を何度も張る。
その様子にりこは更に泣き叫んだ。
紗夜の判断のおかげか、凪のまぶたが動く。
「凪!起きなさい!」
紗夜の声も肩も手も震えていた。
「……紗夜」
凪の意識が戻ったことで紗夜は抱き締めると、声を押し殺して泣いていた。
誰も食堂に来ないことで、様子を見に来た社長が現れたが……。
「朝食どころの騒ぎじゃないね」
頷いたのは黒崎だけだった。
凪の目は覚めたが身体を動かすことは出来なかった。
事情を知っているのは、一緒に寝ていたりこだけ。
凪が再び眠りにつくと、全員は食堂へと向かった。
「りこちゃん、おばあちゃんに教えてくれない」
普段よりも優しく、傷付いたりこをあやすように問い掛ける。
紗夜は少しでも話しやすいようにと、手を握っている。
黒崎はオレンジジュースをりこの前に置いて、機嫌を取る。
すると、少しだけ落ち着いたりこが話し始めた。
「ゆめ、みたの」
それは夢見の予知だと、全員が感じた。
「なぎがいて、でも……なぎがおばけで」
思い出したら、りこから涙が流れる。
だけど、誰も急かそうとはしない。
紗夜はティッシュで涙を拭う。
「こわかった……でもなぎがきてくれて…でもなぎがこわくて…ずっと、わたしをまもるって……」
正直、状況は得ないがりこを守るために無理したのだと思った。
やがて、りこも疲れたのか眠りについてしまったので、話し合いは三人で行われる。
「どうする、次の戦いに嬢ちゃんも参加させるつもりなのか」
黒崎の視線は守る者ではなく、警戒する者の目だった。
「……」
紗夜は答えられない。
でも、握り締められた手からは血が滲んでいた。
「紗夜、今回は避難させましょう」
彼女の肩に優しく手が置かれた。
黒崎の視線は、もう“守る者”のものではなかった。




