第31話:依存
熱砂のダンジョンホールを、なんとか切り抜けた私たちは、いつもとは違う疲労感を抱えて帰宅した。
「おかえりなさい」
「おかえりなちゃい!」
出迎えてくれる社長とりこ。
しかし、出掛けた時とは違い過ぎる姿に社長は困惑の表情を浮かべていた。
「トラブルがあったみたいね」
ハンターにトラブルは付き物だが、それを未然に防ぐのもハンターの力量。
見過ごすことは出来ない。
「ええ、後で話すわ」
だが今は話す気力が湧かない。
それだけ言うと紗夜は自身の部屋へと向かった。
「なぎ、どうしたの?」
りこの無垢な顔。
予知夢が外れたから、なんて言えない。
りこが望んで手に入れた能力でもなければ、私たちが……私が勝手に期待した結果だったのだから。
「ん、どうもしないわよ」
私は平静を装って、答える。
「なぎ、かおがこわい」
純真無垢な分、機微に鋭いのかもしれない。
「ちょっとだけね、疲れたの……」
そういいながらも表情の緊張は取れない。
りこの予知夢が外れたと分かった今でも、私はどこかで信じたいと思ってるから……。
私はりこと手を繋ぐと事務所の中へと入っていった。
社長と黒崎さんにも違和感を与えているとも知らず。
自室で装備を外し、着替える。
傍には私の着替えをりこが待っている。
いつもなら「なぎ、がんばったね」って、言ってくれるのに今日は何もない。
紗夜の言葉が蘇る。
「単なる夢だったんじゃないの?」
私は迷う頭を振ると、手早く着替えて事務所へと向かった。
そこには全員が揃っていたが、いつもよりも雰囲気がぎこちない。
少し早いお昼を食べ終わると、みんな疲れているからと早々に解散となった。
私もダンジョンから戻ってからというもの、どこか優れない。
「りこ、お昼寝よっか?」
「うん」
這い上がるようにベッドに上がる、りこ。
私は、りこと同じベッドに潜る。
ひんやりとした布団が私たちの体をゆっくりと包む。
その冷たさが熱砂での戦いの余韻を鎮める。
「なぎ、おはなしして」
星空のように輝く瞳。
私も母に同じおねだりをした想い出が溢れる。
「じゃあ、どんなお話しにしようかな」
「おひめさまがでるのがいい」
リクエストに応じて、私は真夜中に魔法が解けてしまうお姫様のおとぎ話を始めた。
話の途中でりこの呼吸が寝息に変わる。
凪はりこが寝た後も静かにベッドに横たわり、表情はどこか遠い。
信じていた予知夢が外れ、戦闘後の虚脱感が交錯するその姿が、彼女の“影”を示していた。
そんな凪たちを除いて、事務所では三人が向かい合っていた。
「二人は?」
社長が確認の為に聞く。
「りこを連れて、寝に行ったわ」
戦闘の途中は集中していたから問題はなかったが、終わってからの凪はどこかぼーっとしていた。
そんな凪を見て、紗夜は休息するように言いつけた。
「それで単なる報告会じゃ、ないんだろ?」
空気を読んでか、黒崎も単なる話ではないことを感じていた。
「まず、今から話すことは他言無用よ」
紗夜から剣呑とも取れる気が放たれ、黒崎は黙って頷く。
社長は静かに黒崎の目を見つめていた。
その空気感に只事ではないと背筋を伸ばす。
紗夜は煙草に火を着けながら、軽く言う。
「りこはシェイプシフターなの」
「ふ〜ん」
黒崎はハンターとして、ベテランと言われる領域だが、シェイプシフターと会ったのは凪を入れても三人しかいなかった。
つまり、りこで4人目になるが態度も口調も変わらない。
驚かないのは偏見がないのと、自身も"怪力"の能力を得ていることから、シェイプシフターと言っても自分と大差ないと考えているからだ。
「で、どんな能力なんだ」
「……夢見の予知よ」
「っ!?予知夢か!?」
予知夢――未来を見通す能力。
人に与えられて、大丈夫な力なのか……。
それが本当なら、部下達を助けられたのではと頭に過ぎる。
想像以上の能力に困惑する。
「それで極寒フィールドを当てた……いや、知ってたのか」
紗夜は静かに頷くだけだった。
ただ今回は外れた。
それも大きく。
黒崎はその予知夢の不安定さに気付く。
「……だが100%ではないんだな?」
「それは……わからないわ」
彼は首を傾げる。
切り出したのはこれまで黙っていた社長。
「あなた達が出た後、少しだけりこちゃんに聞いてみたわ」
二人の視線は自然と話し手に吸い込まれる。
「夢のこと、よく覚えていないって」
早く凪に会いたいと言った顔をしていた。
「予知を当てた時は違ったのか?」
「ええ、そうね」
紗夜が煙草を吸い終わる。
「つまり、今回はただの夢に振り回されたわけか」
否定も肯定も出来ず、二人は黙り込んだ。
「凄い能力だと思ったが、なんとも……」
黒崎は腕を組んで、りこを思い浮かべる。
「それにしても、あの嬢ちゃん達いつもベッタリだな」
何気ないひと言――そこは光の当たらない影。
「二人とも境遇が同じだからねえ」
社長は凪とりこが事務所に来た時のことを覚えている。
「凪は過去の自分と、りこを重ねてるのよ」
凪もりこも、両方の事情を知る紗夜が答えた。
「どっちもダンジョンで両親を亡くしてるのよ」
黒崎は想いを馳せて、目を瞑る。
「そして、どちらもダンジョンホールから唯一救助された者」
そして、どちらもシェイプシフター。
お互いに引かれ合う素養は揃ってる。
「過去の自分を救いたいのか、救おうと必死に足掻いているのか」
初めて凪を見た時の瞳の儚さ、危なさを思う。
「そうか、ギリギリだな」
それは年長者として、ベテランハンターとして感じた凪への感想だった。
「ギリギリじゃないわ、普段は普通に見えるけど……」
だが紗夜はその感想を否定する。
「凪の心はもう壊れてる」
「おいおい、それは言い過ぎだろ」
なんだかんだ言っても、身内には優しい紗夜の言葉に黒崎は驚く。
「あんたには凪の目の事、正確には教えてなかったわね」
その暗い目に黒崎は息を飲んだ。
「凪の目は夜目や弱点が見えるだけじゃないわ……」
僅かな間が緊迫を生む。
それは逡巡か迷いか。
「あの子の目は正確にホラーの姿を捉えている」
「確かにそれなら、あの弓の精度に納得出来るが……」
暗視・熱感知ゴーグルではどうしても的が定まらない時がある。
凪の目はその障害を受けない。
そう思うところだった。
「そんな甘いもんじゃないわ!凪は…あの子の目にはホラーは元人間に映ってるのよ!」
大切なものが壊れていく恐怖への感情の爆発。
誰もが息をすることさえ、忘れる。
「あの子はたった一人で……人殺しを受け入れている」
――救いだと、信じている。




