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ダンジョンは壊れた夜に舞い降りる――壊れたのは、世界か、私か  作者: くろのわーる


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第29話:水中装備



 ダンジョンホール発生予測地点。


 開始時刻を目前にして、私は自分の装備をもう一度見下ろした。


 スウェットスーツにプロテクター、腰には短刀。


 背には水中用のクロスボウ。


 そして、酸素ボンベと足にはフィン。


「……どう見ても、潜る気満々ね」


「ホントにその占い、当たるのか?」


 隣で紗夜と黒崎が呆れたように言う。


 とはいえ、二人も例外ではない。


 機動力を重視した軽装だが、しっかり防水仕様だ。


「だって、りこが……“水がいっぱい”って」


 私は紗夜にだけ聞こえるように呟く。


 前回のダンジョンホールから、ちょうど一週間が経過している。


 りこが夢を見たのは昨日。


 朝、起きると水がいっぱいの夢を見たといい、事務所内は慌ただしい様相を呈した。


 りこは前回も前々回も的中させている。


 だから私たちは信じた。


「ええ。否定はしないわ」


 紗夜は小さく息を吐く。


「ちょっと、知り合いがいたから挨拶してくる」


 黒崎は知り合いを見つけたのか、水中装備で離れていく。


 海辺なら違和感がないのだが……。


「でも、今回はやけに具体性がなかったのよね。“寒い”とか“暗い”とかも無し」


「……確かに」


 言われてみれば、いつもより曖昧だった。


 胸の奥に、小さな引っかかりが残る。


 周りからの視線は大半が痛いが前々回に、極寒フィールドを的中させたことを知っている奴らからの視線には絶望が混じっていた。


「私はりこを信じてるから」


 強く拳を握り、自信をみなぎらせる。


「あ〜、酷い言われようだぜ」


 挨拶を終えた黒崎は肩を落とし、トボトボと戻ってきた。


「なんて言われたの?」


 紗夜の質問に苦虫を噛み潰したような表情を見せる。


「大手を辞めて、気が狂ったのか、もしくは気が狂ったから大手を首になったのか、だとよ」


 自然と気の毒な視線を送ってしまう。


「はあ、頼むから当ててくれよ」


 そこには切実な願いが込められていた。


 ――午前0時の鐘が鳴る。


「来るわよ」


 紗夜の声と同時に、空間が歪んだ。


 夜空に現れる、異界の膜。


 ダンジョンホールが舞い降りる。


 ――色は、深い青。


「……っ!」


 その色に思わず息を呑む。


 やっぱり、水――

 そう確信した、次の瞬間。


 視界が塗り替えられる。


 重力が揺れ、空気が変わる。


 そして――


「……は?」


 足元に広がっていたのは、水ではなかった。


 サラサラと乾いた大地。


 ひび割れた土。


 遠くまで続く、荒野。


 サウナに入れられたような熱気が肌を刺す。


 暗闇に包まれた異界の荒野砂漠だ。


「……暑っ」


 思わず漏れた声に、紗夜も黒崎も無言で額を押さえた。


 数秒の沈黙。


 風が、乾いた砂を運ぶ。


「……凪」「……おい」


 二人が一緒に喋り出す。


「うん」


「これ、水中装備よね」


「うん……」


「俺達、気狂いに見えるよな?」


「……うん」


 カラカラに乾いた空気の中、酸素ボンベがやけに重い。


 水の気配など、どこにもない。


「……外れたわね」


 紗夜が、はっきりと言い切った。


「駄目だ、こんな装備着けてられねぇ。着替えるわ」


 少し離れた場所から嘲笑する声が聞こえる。


 その声に、私はぎゅっと拳を握る。


「りこが、間違えた……?」


「――いいえ」


 即座に否定が返る。


 紗夜はゆっくりと周囲を見渡しながら続けた。


「“外れた”のか、“そもそも違った”のか……そこが問題ね」


「違った……?」


「ただの夢、って可能性よ」


 その言葉に、胸が小さく軋む。


 今まで、りこの夢は当たっていた。


 だから、信じていた。


 でも――


「……戻ったら、確認しましょう」


「……うん」


 私は小さく頷く。


 そのとき、遠くの地平線が揺らいだ。


 砂煙が上がる。


 何かが来る。


「装備、完全にミスってるわね」


 紗夜が刀に手をかける。


「機動力も落ちてるし、最悪よ」


「……ごめん」


「謝るのは後」


 短く言い切ると、紗夜の目が鋭く細まる。


「来るわよ」


 砂の中から現れたのは、乾いた外殻を持つホラー。


 水とは真逆の存在。


 私は重い装備を背負ったまま、クロスボウを構える。


(……外れた)


 その事実が、頭から離れない。


(じゃあ……次は?)


 りこの夢は、どこまで信じていいのか。


 その答えは、まだ出ない。


 ただ一つ分かるのは――


「……やるしかない」


 予知がなくても、戦いは来る。


 それだけだった。


 砂煙の中、視界は揺らぎ、地面のひび割れが遠くまで続く。


 暗闇なのに熱気が肌に突き刺さり、重い酸素ボンベが肩をさらに押し付ける。


「……っ、距離感が掴めない……!」


 背後から紗夜の声。


 彼女の刀が空を斬る。


 砂の中から、乾いた外殻を持つホラーが跳躍した。


 砂煙が舞い上がり、どこから現れたのか瞬時には分からない。


「き、来たっ!」


 私はクロスボウを握り直すが、乾いた砂に滑る足元が思うように動かない。


 準備万端でフィンまで着けてきたのが完全に仇になってる。


 敵は大きな体を揺らし、砂を巻き上げながらこちらへ突進してくる。


 その動きは水中での予測とは全く逆で、速度は予想以上。


 目の前で砂煙が渦を巻き、ホラーの輪郭がかすんだ。


「……紗夜、左!」


 近接戦の間合いに入られ、反射的に短刀に持ち替えようとした瞬間、敵が地面を割って低く潜る。


 砂煙の向こうで、次の攻撃の気配だけが伝わる。


「――来る、足元から」


 視界の正面、黒崎の姿が砂の中を飛んで避ける。


 着替えの途中だったのか、上半身は裸の機動力を活かし、ホラーの進路に飛び込み、阻む。


「重装備のお前たち、まるで標的だな……」


 皮肉を言わずにはいられない。


 だが、あれは――私たちのための牽制だ。


 暑さと酸素ボンベの重さが、精神にも肉体にも重くのしかかる。


「……やるしかない!」


 間合いが取れたことで拳を握り、弓を構える。


 砂煙の向こう、敵の影が再び歪んで現れる。


 呼吸を整え、次の一手に全神経を集中する。


 順応しない装備で立ち向かう荒野の戦場は、予想外の連続。


 予知は外れたが、戦いは現実だ。


 喉が焼けるような熱さが否応なしに告げてくる。



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