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ダンジョンは壊れた夜に舞い降りる――壊れたのは、世界か、私か  作者: くろのわーる


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第27話:母の背中



 事務所の地下にある射撃場。


 的の前で、私は弓を構えていた。


 その横には紗夜が厳しい目で見ている。


 反対に壁際のベンチに座る、りこは足をブラブラとさせている。


 矢が的に当たるたびに拍手して褒めてくれる仕草は嬉しさとプレッシャーの板挟み。


 一射一射、気が抜けない。


「弓も悪くないけど、銃も試してみたら」


 凪の弓は強い。


 彼女の矢は、特にホラーに対しては特効と言えるほどだった。


 理屈では説明できない、何かが矢に宿っている――そんな感覚だ。


 しかし、取り回しや連射性を考えると効率が悪い。


 一瞬の判断が命取りになる戦場では弓使いは異端。


「……銃かぁ」


 自身が持つ弓を見つめながら、呟く。


「死なない為よ」


 私は逃げ場のない言葉に迷う。


 弓には亡き母との思い出がある。


 袴姿の母は綺麗で凛々しかった。


 いつかは自分もと、よく弓を構える真似をした。


 その背中に憧れて、ここまで来た。


 だから――手放すなんて、考えたこともなかった。


「あんたなら中遠距離の銃が合うかもね」


 それだけ言うと紗夜は銃がしまってある棚に向かう。


「なぎ、わたしもうってみたい!」


 りこの発言に驚いたのは私だけではない。


 銃を選んでいた紗夜も振り返る。


「り、りこにはまだ早すぎるからね」


「えー、うつ!」


 どう宥めようかと思ってると、社長が射撃場に入ってきた。


 その手には袋が握られている。


「りこちゃん、おばあちゃんが良い物買ってきたわよ」


 袋から取り出したのは水鉄砲。


「わあ!おばあちゃん、これりこの!」


「そうよ」


 社長は水鉄砲をりこに渡す。


 りこは笑顔で構えるがその姿は誰かに似ていた。


「さよのまね!」


「まだまだね」


 紗夜はりこを後ろから包み込むと水鉄砲に手を添えて、修正する。


 何気ない一幕。


 ――その姿が引き金になったのかもしれない。


 私は一度だけ、母から弓の手ほどきを受けた記憶が蘇る。


「凪、弓は無理矢理、引いちゃ駄目よ」


「ママ、でもそれじゃあ引っ張れないよ」


「ふふ、弓道はね。正しい姿勢で正しい構えを取れば、自然と引けるの」


「正しい姿勢?」


 母の手が、背中にそっと触れる。


「そう、まずは背筋を伸ばして」

「呼吸を整えて」

「手首は曲げちゃだめよ」

「左右均等になるように引っ張るの」


「ママ、引けた!」

「そう、そしたら的をしっかり見て」


 母の声が、少しだけ優しくなる。


「鼓動に合わせて、射る」


 ゴム弓がビーンとしなった。


 笑顔で振り向く、淡い記憶。


 ――鼓動に合わせて、射る。


 その言葉だけが、妙に鮮明に残った。


 気づけば私は、無意識に背筋を伸ばしていた。


「……やってみる」


 小さく呟くと、紗夜がこちらを見る。


「銃」


 それだけで十分だったらしい。


 紗夜は何も言わず、棚から一丁の銃を取り出して差し出す。


 手に取る。


 思っていたよりも、重い。


 冷たい金属の感触が、じわりと掌に広がる。


「中遠距離向け。あんたの間合いなら扱いやすいはずよ」


 頷き、的へ向き直る。


 構える。


 見よう見まねで姿勢を整えるが、どこかしっくりこない。


「もっと肩の力抜いて」


 紗夜の声が飛ぶ。


 言われた通りに力を抜く。


 狙う。


 引き金に指をかける。


 ――撃つ。


 乾いた音が射撃場に響いた。


 的の中心から、わずかに外れる。


「悪くない」


 紗夜が短く評価する。


 もう一度。


 今度は少しだけ意識して、呼吸を整える。


 狙う。


 撃つ。


 音が自分の中の静寂を裂く。


 反動が身体のリズムを壊す。


 結果。


 どれも悪くない。


 それでも。


「……なんか、違う」


 思わず漏れた。


「何が?」


 紗夜の問いに、すぐには答えられない。


 ただ――

 胸に手を当てる。


 鼓動は、確かにあるのに。


 それに、何も重ならない。


 音も、感触も、タイミングも。


 すべてが、どこかズレている。


 さっきの言葉が、ふと蘇る。


 ――鼓動に合わせて、射る。


 もう一度、銃を構える。


 意識して、鼓動に合わせようとする。


 ……合わない。


 引き金を引く指が、ほんの僅かに遅れる。


 あるいは、早すぎる。


 撃つたびに、そのズレだけがはっきりする。


 静かに銃を下ろした。


「……向いてないかもね」


 紗夜が言う。


 否定はできなかった。


 けれど、それだけじゃない。


「違うの」


 ぽつりと零す。


「悪くはない。ちゃんと当たるし、たぶん強い」


 言葉を探す。


「でも……」


 弓に視線を向ける。


 置いたままのそれは、ずっとそこにあった。


「私のじゃない、気がする」


 少しだけ沈黙が落ちる。


 やがて紗夜が小さく息を吐いた。


「……そう」


 紗夜は、それ以上何も言わなかった。


 私は銃をそっと棚に戻す。


 代わりに、弓を手に取った。


 馴染んだ重さ。


 指にかかる、わずかな張力。


 構える。


 背筋を伸ばす。


 呼吸を整える。


 手首。


 左右の均衡。


 すべてが、自然に収まっていく。


 的を見る。


 そして――

 胸に手を当てるまでもなく、分かる。


 鼓動。


 それに合わせて。


 射る。


 弦が鳴る。


 矢が走る。


 吸い込まれるように、的の中心へ。


 小さく息を吐いた。


「凪、上手よ」


 母の声が聞こえた気がした。


 ――これが、私の選んだ生き方だ。


「……ほんと、上手くなったじゃない」


 紗夜の声が、少しだけ遅れて重なった。


「なぎ、すごーい!」


 無邪気な声に、ふっと息が漏れた。



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