表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ダンジョンは壊れた夜に舞い降りる――壊れたのは、世界か、私か  作者: くろのわーる


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

26/52

第26話:バー



 紗夜の誘いで来たのは高級ホテルのバー。


 BGMにジャズが静かに流れる品の良い空間。


 薄暗い照明が大人の世界を演出していた。


 紗夜は自然に左から4番目のカウンター席に座る。


 まるでそこが彼女の指定席のようだった。


 俺はひとつだけ席を空けて座る。


「いらっしゃいませ」


 白髪の髪を綺麗に固め、清潔感のある身だしなみ。


 マスターは俺達の正面に立つと朗らかに微笑む。


「久しぶりですね。紗夜さん、真司さん」


 マスターの視線は一瞬だけ、俺達の間の席に向かった。


 紗夜はマスターに微笑む。


「コープスリバイバーを」


 紗夜が頼んだコープスリバイバーには“死んでもあなたと”の意味が込められているカクテル言葉。


 俺はその言葉の裏に、亡き恋人との記憶、そして復讐とも取れる強い決意を感じた。


 注文を受けたマスターは軽やかにシェイカーを振る。


 その小気味良い音を聞きながら、紗夜は煙草に火を着けた。


 足を組んで煙草をふかす彼女は窓の外に広がる夜景と一体化し、絵画のようだった。


「アクダクトを」


 俺は今の気分で、"時の流れに身を任せて"を頼んだ。


 綺麗に磨かれたグラスに柑橘系の黄色が映える。


「お二人が一緒なんて久しぶりですね、私も一杯貰ってもよろしいですか」


 俺達は無言で頷いた。


 マスターが作ったカクテルはギムレット。


 "遠い人を想う"


 そのカクテルを空席に置く。


 紗夜の亡くなった恋人――そして、俺の元相棒を悼むカクテルだ。


「ありがと、マスター」


「どう致しまして」


 俺達は三人でグラスを掲げた。

 

 紗夜はグラスの縁を指でなぞりながら、記憶を呼び覚ます。


 ここはかつて、自分の恋人とその元相棒の黒崎、三人で通っていたバー。


 とはいえ、頻繁に来ていたわけではない。


 報酬が良かった時だけ。


 彼が連れてきてくれた、特別な場所だ。


 懐かしみ、静かな時間が流れる。


「あの男のこと、何処まで調べたの」


 本題よりも遠い思い出が勝り、その表情は儚い。


「大したことはまだ分かってないさ」


「話して……」


 俺は喋りやすくするように、グラスの半分を空ける。


「あいつは第三研究所の主任」


 紗夜はマスターからサービスのチョコを口に含む。


 口の中に広がる甘さが重さを和らげる。


「そこでシェイプシフターについて研究しているらしい」


 紗夜は口の中のチョコを噛み砕く。


「今回、ダンジョンホールに同行したのは嬢ちゃんの目が目的だ」


 灰皿に置かれた煙草の灰が落ちる。


「どこで知ったのかしら」


「お前らが提出した戦闘データだろ」


「そうね」


 カクテルのアルコールで感情の鍵が次第に緩くなっていく。


「それで私たちの戦闘データを買い取ろうとしたのね」


「ああ」


 紗夜は飲み干すとグラスをマスターに向けて、押し出す。


「マスター、コープスリバイバーをもう一杯」


「おいおい、そんなに飲んで大丈夫か?」


「これくらい、まだ大丈夫よ」


 紗夜は妖艶に微笑む。


 マスターはすでに退避……、他の客の相手をしている。


 俺は助け舟を期待する目でマスターを見たが苦笑いで流された。


「そんなに心配して、酔った私に何かするつもりなの?」


 そんな命知らずな奴がいるなら、見てみたいというのが本音だ。


「言っとくけど、変なことしようとしたら……」


 紗夜は懐に忍ばせる銃に触れる。


「この銃であんたの頭、撃ち抜くから」


「……勘弁してくれよ」


 俺の引き攣った顔に満足したのか、紗夜は煙草を咥えなおす。


 その銘柄は元相棒と同じ。


 煙草を見て、口をつきそうになるが押し止まる。


 どれだけ引き摺ってやがる。


「その男は凪の目について、どこまで掴んでたの」


「正確には解らないがあの目を標本にでもしたそうだったな」


「……下衆が!」


 マスターが紗夜にチェイサーを差し出す。


「この件だが、顔見知りの奴らにも聞いておく」


「あんたは凪の目について、どれだけ知ってるの」


 俺はグラスを空けてから、口を開いた。


弱点を見破る目ウィークネスサイトだと噂だ」


「そう」


 何か考えてるのか、カウンターの奥を見つめながら呟く。


「ついでにあんたの知り合いに伝えといてくれる」


 その目は暗く静かでとても綺麗だった。


「私の家族に手を出したら、タダじゃおかないって」


 紗夜の言葉に喉がやけに乾いた。


「あんたも、あんたの知り合いも……」


「……わかった。馬鹿な真似はするなと伝えておく」


「マスター、彼にブラックベルベットを」


 用はそれだけと視線を外し、紗夜はコープスリバイバーのグラスを傾ける。


 ブラックベルベット、そのカクテル言葉は


 ――"忘れないで"。


 マスターがシェイカーを軽快に振る音が響く。


 紗夜の本気を感じた。


 喉の渇きが、まだ消えない。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ