第25話:留守番
「第三研究所への嫌がらせだって、ハッキリ言えばいいでしょ!」
紗夜の言葉が部屋に落ちる。
誰もすぐには口を開かなかった。
紗夜が煙草に火を着ける。
ライターの音がやけに大きく響く。
隊長――黒崎は、しばらく俯いたまま動かなかったが、やがて観念したように息を吐いた。
「……ああ、そうだ」
低い声だった。
「供養なんて綺麗なもんじゃない。ただ、気に入らねぇだけだ」
握り締めた拳に力が入る。
「あの連中は、最初から人を人だと思ってねぇ。あのダンジョンも……部下も、全部“実験”だ」
紗夜は何も言わず、ただ睨みつける。
「それを、見過ごした」
黒崎の声が僅かに歪む。
「違和感はあった。止められたかもしれねぇ。でも俺は従った」
一瞬だけ、紗夜の目が細くなる。
「……あいつなら、止めてた」
空気が凍る。
その一言が誰のことを指しているのか、分かったのは社長と黒崎、そして紗夜だけ……。
「だから、今度は間違えねぇ」
黒崎は顔を上げる。
その目には、先程までの迷いはなかった。
「第三研究所は放っておけない。あの白衣の男もだ」
そこで一度、言葉を切る。
「――嬢ちゃんを狙ってる理由も、調べる」
私の心臓が大きく跳ねた。
紗夜はゆっくりと煙を吐き出す。
「……で?」
短い一言。
続きを促す声音だった。
「協力しろとは言わねぇ」
黒崎は首を横に振る。
「ただ、俺を使え。あんたらの手が届かねぇところを、俺がやる」
その言葉に、紗夜は鼻で笑う。
「随分と都合のいい話ね」
「そうだな」
黒崎は否定しない。
「だから金を出した。それでも足りねぇのも分かってる」
そこで、ほんの僅かに間を置く。
「足りない分は、働きで返す」
静かな宣言だった。
紗夜はしばらく黙ったまま、黒崎を見据えていたが、やがて視線だけで社長に合図を送る。
社長は一度だけ小さく頷く。
それを確認してから、紗夜は口を開いた。
「……いいわ」
あっさりとした一言だった。
だが次の瞬間、その声に鋭さが宿る。
「ただし条件がある」
黒崎の視線が真っ直ぐに紗夜へ向く。
「あの男に関する情報、全部吐きなさい」
部屋の空気が一段重くなる。
「あの男が何を知ってて、何をしようとしてるのか。知ってることを一つ残らず出す」
紗夜は煙草を灰皿に押し付けた。
「それと――」
一歩、黒崎に近づく。
「凪に手を出させない。それがあんたの仕事よ」
逃げ場のない言葉だった。
「守れる?」
試すような声音。
黒崎は一瞬だけ目を閉じ、そして開くと私を見た。
「ああ」
迷いのない返答。
「今度は、間違えねぇ」
紗夜は数秒だけ黒崎を見つめ――小さく息を吐いた。
「……なら、使ってあげる」
それが合図だった。
事務所の空気は、一瞬だけ凍りつき、そして少しずつ解けていく。
「雇うかどうかを決めるのは私なんだがね…」
話が難しくて、ぼんやりしているりこの頭を社長は撫でる。
話がまとまったことで紗夜は微かに笑みを浮かべ、黒崎に視線を向けた。
「歓迎会……あんたは元社員だから復職会でも始めるとしますか」
黒崎は一瞬目を見開き、次に肩の力を抜いた。
私も知らなかった事実に目を見開いた。
「……そうだな。久しぶりに、こういうのも悪くない」
さっきまでとは違い、紗夜を見る目には懐かしさがあった。
紗夜は振り返ると私を見る。
「雨宮、お菓子とジュース持ってきて」
緊張の糸はまだ完全には切れていなかったが、呼び方が戻り、空気は確かに柔らかくなった。
りこも小さく手を振りながら「いらっしゃい」と言った。
黒崎はその声に少し笑みを返す。
「なるほど、これが今の歓迎か……」
思わず漏れる黒崎の声に、紗夜はにやりと微笑む。
「ええ、時間は進んでるのよ」
そうして、沈んでいた緊張の影がゆっくりと消えていき、部屋には久しぶりの人間らしい温もりが戻った。
人が増えて、賑やかになった事務所内。
りこがコクリと首を揺らす。
歓迎会を始めて、時刻は21時を指している。
眠さに襲われて、私にもたれ掛かるりこを抱えるように支える。
「子供は寝る時間ね」
その言葉には私も含まれているようで、むっとしてしまう。
「じゃあ、俺もそろそろお暇させてもらおうか」
「何言ってんの?あんたは今から私と飲みに行くのよ」
その強引な誘いに黒崎は昔と全然変わらないと思った。
「さあ、ついて来なさい。あっ、子供な雨宮は留守番ね」
出来れば、行きたかったが未成年でりこがいる私には選択肢がなかった。
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