第24話:交渉
悔しさが残る夜が明けた。
現実に戻ると参加したハンター達の数は半分以下になっており、前回に続いての大損害だと言える。
特に被害が大きかったのはボスホラーと正面から相対した大手ハンター達だろう。
「また、マスコミが騒ぐわね」
紫煙を燻ぶらせる、紗夜の目も何処か遠い。
多くの仲間を失い、嘆き悲しむハンター達。
その中で目を引くのは一人だけ空気が違う白衣の男。
その男に肩を貸す隊長がこちらを向く。
ビクッと大きく肩を震わせると視線を逸らし、そそくさと去って行った。
「ふん!」
咥え煙草で中指を立てる紗夜の指を苦笑いで畳む。
「紗夜、りこが待ってるから帰ろ」
「そうね、徹夜はお肌の大敵だしね」
低いエンジン音を響かせると私たちはダンジョンホールの爪痕を後にした。
事務所に帰る前に小腹が空いた私たちはフードチェーン店に寄った。
早朝ということもあって、店内はガラガラ。
食券を買い、店員に渡すとすぐに食事が運ばれてくる。
どうやらこの時間はワンオペのようだ。
店員は紗夜に見惚れており、彼女にだけ対応が丁寧だ。解せぬ。
「何?何か言いたいことでもあるの?」
紗夜の内面が顔に出ている発言。
「いい度胸ね」
彼女は私のメインを奪うと口に放り込む。
「ああ〜、私の唐揚げ〜」
「これに懲りたら、余計なことは考えないことね」
どうやら紗夜は食べ物の恨みは怖いことを知らないらしい。
次にバイクの後ろに乗ったら、お腹の肉を摘んでやる。
そんなやり取りをしていると早朝のニュースが始まった。
『本日、発生したダンジョンホールは終結しました。』
ついさっきのことで記憶が蘇る。
『今回のダンジョンホールでも沢山のハンターが亡くなったとの報告が入っております。』
ニュースに気を取られ、箸が止まる私に紗夜が注意する。
「さっさと食べて、出ましょ。遅くなったら、りこが起きちゃうわ」
ダンジョンホールから帰ってきた当事者として、ニュースは気になるがそれよりも、早くりこに会いたい一心でご飯をかっ込んだ。
事務所の前には社長とりこが待っていた。
「なぎ!さよ!」
車から降りるとりこが泣き腫らした顔で私たちに飛び込んでくる。
私はりこを受け止めると子供らしい、柔らかい感触がした。
「おかえりなさい。無事だったようね」
社長は目の下に隈を作った顔で微笑む。
「踏んだり蹴ったりよ」
「無事に生きて戻ってこれただけで充分よ」
社長は準備が無駄にならなかったのだと安堵する。
二人が話している間に、りこは腕の中で寝てしまった。
私の服を握り締めるりこの手を優しく解き、抱きかかえる。
「りこちゃん、夜中に目が覚めちゃって、寝てないのよ」
こちらに目を移した社長の隈が全てを物語っていた。
「こんなところで寝かすわけにはいかないわね」
紗夜は車から荷物を下ろすと、先に行く。
私たちはその後に事務所の中へと入っていった。
紗夜がシャワーを浴び終わると、りこを預けて私も汗を流す。
シャワーに当てられてながら、今日の戦闘を振り返る。
今まで出会った、どのホラーよりも巨大だったボスホラー。
あの時は戦闘の高揚感で平気だったが、思い出したら身体がどうしようもなく震えてきた。
硬い守りで核への攻撃が全く歯が立たなかった。
複数ある核を私と紗夜が死力を尽くして、3つ破壊するのがやっとだった。
自身の身体を抱き締めるようにシャワーで恐怖を流し落とす。
表面だけ温まった身体で私は寝床へと潜った。
りこの温もりが私の心を救う。
夕方、全員が夕食のような朝食を食べ終わるとインターホンがなった。
近くにいた紗夜が出て、モニター越しの声で顔が強張る。
強めにモニターを消すとため息をついた。
「社長、黒崎が話したいことがあるそうよ」
「黒崎?」
知らない名に疑問符が浮かぶ。
「昨日も会った大手ハンター企業で隊長をしてる奴よ」
紗夜の説明で相手はわかったが、どうして来たのかはわからなかった。
程なくすると扉をノックする音が響く。
社長や紗夜に出迎えさせては会社の沽券に関わると思い、私が出迎える。
扉を開けるといつもより疲れた顔の隊長がいた。
「こんな時間に申し訳ない」
「え、いえ。どうぞ中に」
ダンジョンホールで出会った時とは違う畏まった態度に戸惑う。
すでに応接室のソファーには社長と紗夜、そしてりこが座っていた。
隊長さんをソファーに勧めると、ついでにりこを回収する。
私がお茶を準備する間にもう話は始まった。
「まずは謝罪させてくれ」
黒崎はソファーに座ったまま、頭を深く下げる。
対面の二人はそれを当たり前のように受け入れる。
「今回の件、あれは“護衛任務なんかじゃなかった”」
その声には申し訳なさが滲んでいた。
「そんなことはわかってるから説明してくれる?」
紗夜は鋭い目で隊長を見つめていた。
ゆっくりと頭を上げると背筋を伸ばして、話し始めた。
「うちの会社に来た依頼では当初、ホラーについて研究している第二研究所の男の護衛ということだった」
社長と紗夜は顔を見合わせる。
そして、淡々と告げる。
「でもあの男は第三研究所の人間だった」
「その通りだ」
隊長は苦虫を噛み潰したような顔で続ける。
「あの男に違和感はあったが、俺も上からの命令で護衛だと思って従ったが、結果的にそっちに迷惑かけることになったことを謝らせてくれ」
再び、隊長は頭を下げた。
「第三研の男の目的はうちの凪ね」
不意に呼ばれる自分の名前。
私はお茶を乗せたお盆を落としそうになる。
「ああ、間違いない。興奮して口走ってたよ」
私はそれぞれにお茶を置くと、隊長から申し訳なさそうに頭を下げられた。
自分の名前が出たことで部屋の隅に立って、話を聞くがお盆を持つ手は震えていた。
紗夜はお茶を一口飲むと鋭い声で告げる。
「それでどう落とし前をつける気?」
逃げ場を塞ぐように、紗夜は言い放つ。
隊長は視線を落とし、少しだけ口籠る。
「今回のダンジョンホールで俺の部隊は運転手以外は全滅した」
場を支配する重い空気。
「その責任を取る形で俺は退職した」
「それがどうしたのよ」
紗夜の歯牙にもかけない物言いに隊長は取り付く島もない。
「代わりと言ってはなんだが……」
隊長は一枚の紙を差し出す。
その紙にはゼロが7桁並んだ数字が書かれていた。
「俺の退職金の一部だが、これでそっちの戦闘データを買い取りたい」
紗夜は小切手を取ると金額を確認してから、社長に渡す。
「端金ね。私たちの戦闘データがいくらになると思ってるの?」
今回、私たちがダンジョンホール内で戦ったボスホラーは記録にないほど、巨大で強敵だった。
それは参加したハンター達の被害が証明している。
「そうね、命をかけた戦闘のデータ料としては足りないわね」
社長は小切手を放るようにテーブルへ投げる。
思わぬ強敵の参戦に隊長は頭を抱える。
「すまないが俺に出せる金額はこれが限界だ」
私は金額が気になって、紗夜の肩越しから小切手を覗く。
「えっ!?」
その金額に思わず、声を出してしまう。
これで何年暮らせるのか分からない額。
自分の人生では触れたことのない桁。
紗夜からは子供は引っ込んでなさいという目で睨まれた。
「そもそも、どうして大手企業を辞めた、あんたが戦闘データを欲しがるのよ」
隊長は握る手を組み替えて、静かに答える。
「亡くなった部下達への供養だ」
その顔は嘘ではないが本当のことを言っていない顔だった。
「第三研究所への嫌がらせだって、ハッキリ言えばいいでしょ!」
黒崎は、何も答えなかった。
けれど――
その沈黙が、すべてを物語っていた。




