第23話:行方
土埃が今だに舞う中、凪は一点を見つめていた。
「核は後いくつ」
隣に立つ紗夜が聞く。
凪は目を窄めて、自身の瞳に映る核の光を捉えた。
「見えてるのは二つ」
凪の言葉と共に、紗夜の戦意は静かに燃える。
次の瞬間、ボスホラーから放たれた咆哮が土埃を吹き飛ばす。
二人の視界に現実の森が戻る。
だが土埃の匂いは残っている。
さっき行動不能にしたはずの脚から大木が生える。
「根付いた?」
凪の困惑を余所に状況は進む。
そこから黒い霧のようなものが溢れ、ボスホラーの巨体をゆっくりと包み込んでいた。
「違う!傷を癒しているのよ!」
紗夜が舌打ちする。
隣では凪がすでに弓を構えていた。
その瞳は、戦闘の高揚からすでに赤く光っている。
普通の人間にはただの影にしか見えない巨体。
だが凪の目には違って見えていた。
暗闇の奥で蠢く、本当の姿。
木質だと思っていた巨大な、歪な肉の塊。
喉の奥で、淡く黄緑に光る核。
そして――。
「紗夜!くる!」
凪が叫ぶと矢を放つ。
同時に放たれた咆哮。
ヒュッ、と乾いた風切り音。
大気を大木を震わせる音。
赤い帯びを引く矢が音の空気をきり裂く。
矢はボスホラーの咆哮に穴を空けながら、突き進む。
そこは、普通なら何もない空間。
だが凪には見えている。
三つ目の核。
「喉!」
矢は勢いを殺され、失速し落ちる。
だが紗夜は迷わなかった。
ワイヤーへ向かって走り込み、その勢いで空中で身体を大きく振る。
振り子の勢いが一気に加速する。
ワイヤーの解れも大きくなる。
「そこね!」
ショットガンを構える。
照準は凪の矢。
その位置。
トリガーを引いた。
バズンッ!
爆発音が森を揺らす。
弾丸が闇を裂き、矢の指した場所へ吸い込まれる。
次の瞬間。
ボスホラーの顔が大きく仰け反る。
「――ォオオオオオ!!」
森を揺らす絶叫。
巨大な腕が空を薙ぐ。
その風圧だけで枝葉が一斉に折れ、雨のように降り注ぐ。
「くっ!?ワイヤーが保たない!」
紗夜が叫ぶ。
咄嗟に近くの枝に飛び移り、難を逃れる。
凪は降り注ぐ枝を弓で振り払う。
だがその表情は変わらない。
それは紗夜に対する信頼からだ。
むしろ、険しくなる。
「確認出来た」
凪の息が詰まる。
「核は……あと二つある」
狙いすますように目が細くなる。
「頭と胸の中央」
「壊す!」
顔を仰け反らせる今がチャンスだと、矢を放った。
ボスホラーの巨体の中央。
胸の部分に。
そこに矢が突き刺さる。
だが――。
「硬い……!」
凪が息を呑む。
今までの核とは違う。
まるで骨の檻に守られているようだった。
その瞬間。
森の奥から、再びガサガサと音が広がる。
隊長が顔を青くした。
「……おい」
暗闇の中で、無数の影が動く。
ホラー達。
さっきの咆哮で引き寄せられた群れだ。
「冗談だろ……」
白衣の男が震えながら呟く。
「こんな状況で……まだ戦うのか……?」
震えてるのに目は輝いていた。
そして、ハンターという職業に対して、初めて畏怖した瞬間でもあった。
その問いに答えたのは凪だった。
「紗夜!」
短い声。
紗夜は枝から枝へ飛び移り、地面に着地する。
「ここから狙える?」
凪は頷く。
赤い瞳が暗闇の奥を見据えていた。
「狙って」
紗夜の指示で矢が一本、空へ放たれる。
矢は大きな弧を描き――
ボスホラーの胸の表面へ再び、突き刺さった。
しかし、突き刺さるだけで何も起こらない。
紗夜の口元が、ゆっくり歪む。
「撤退よ」
ショットガンをホラー達に向けて構える。
凪も紗夜の状況判断に従い、ホラー達を見据える。
森の闇の中で、二人の目が鋭く光った。
「ここからは生き残る為に全力を尽くしなさい」
矢が通用しなかった現実。
凪の雑念を振り払う言葉。
「悔しいけど、手段がもうないわ」
バズンッ!
近寄って来た、ホラーをショットガンで払う。
「初期地点まで後退よ」
凪は下唇を噛み締めながらも頷いた。
幸いホラー達の数は多くなく、無事にバイクまで戻ると補給する。
ペットボトルの水を片手に凪が呟く。
「私の弓、通用しなかった……」
紗夜は下を向く凪の頭に飲みかけていた、ペットボトルの水をかける。
「ひゃっ!?」
「凪、あんたはまだ発展途上。めそめそしない!」
水をぶっかけられた凪はぽかんとした顔をしていた。
「悔しかったら、帰ってから練習しなさい」
それだけ言うと残った水を飲み干し、ペットボトルを投げ捨てた。
チラリと横を見れば、凪は自分の手を見つめている。
やがて、開かれていた手は力強く握られる。
そこに彼女の意思が宿っていた。
時間を確認すれば、間もなく午前4時。
ダンジョンホールが解かれるまであとわずかだ。
紗夜はボスホラー戦の傍らで気になっていた人物達を確認する。
二人は大木を背にして、息を殺していた。
「少し警告しておこうかしら」
バイクに積まれた狙撃用のライフルを取る。
膝立ちになると狙撃銃を構える。
その背中には努力した者だけが出せるオーラがあった。
凪はそんな頼もしい背中を憧憬の目で見つめる。
そこに自分との差を感じながら。
タンッ!タンッ!タンッ!タンッ!
紗夜の放った弾丸は隊長と白衣の男が背にする大木の右、左、足元、そして頭の上に着弾する。
これは警告。
凪に手を出せば、どうなるのか。
私の家族に手を出せば、容赦しないと。
弾丸は寸分違わず着弾する。
外したのではない。
――外さなかったのだ。
「少しだけ溜飲が下がったわ」




