第21話:暗闇の森
暗闇の中、巨大な影がゆっくりと姿を現した。
その体躯は軽く森の大木を超え、その全長を見ることが叶わない。
巨木のような足は目を疑うほどの圧力を放っている。
ボスホラーが腕を動かしているのか、頭上の枝葉が揺れるたび、周囲の木々が悲鳴のように軋む。
「……デカすぎる……」
隊長が小声で呟く。
白衣の男は、興奮のあまり息を荒げながら双眼鏡を握り締めた。
「素晴らしい……実際のホラーとは、これほどのものなのか……!」
突如、巨大な影が一歩を踏み出す。
突き上げるような揺れで上手く立てない。
膝を着いて、前を見れば転がっていった車が倒木に激突して止まっていた。
転がった衝撃で横を向き、運転手が必死に車外に出ると腰が抜けているのか、這いながら茂みの中に逃げていく。
巨大な影が吠える――その声は、森全体を揺るがす低音で、全員の胸にまで響いた。
ホラーの本能的な威圧感が隊長の背筋を凍らせる。
「まずい……まさか、こんな奴が現れるとは」
隊長が歯を食いしばる。
苦しい状況の中、彼は見た。
揺れる空気の中で凪が静かに矢を構えた。
紗夜は周囲の気配を鋭く探りながら、凪の放つ矢の行方を目で追う。
「わかったわ!後は任せなさい!」
紗夜は背中に背負っていた、ワイヤーガンを手に頭上へと撃つ。
ワイヤーの先端が大木の枝に引っ掛かると紗夜の身体が浮き上がる。
その途中、ダンジョン省の戦闘データとはサイズが違いすぎる。
想定を捨て、紗夜は戦略を組み直した。
「ワイヤーの長さ、ギリギリじゃない!」
紗夜が浮上する、その間も凪は矢でボスホラーを牽制する。
二人の動きは完璧に連動していた。
「紗夜、左の倒木に気をつけて!」
凪の大声。
「わかってるわよ!」
紗夜の口が暗闇で微かに笑う。
彼女は浮き上がる最中に倒木に足を着けると勢いよく木上を走り出した。
「おいおい、まさかあいつ!」
その行動を見ていた隊長が驚愕する。
紗夜はダッシュで勢いをつけて、ワイヤーを頼りにボスホラーの足に向かう。
そして、片手で刀を振るう。
「硬い!」
そこは凪が最初に矢を放った場所。
ボスホラーのひとつ目の核がある急所だ。
空中での斬撃は浅く、核には届かなかったが紗夜は諦めない。
ワイヤーにぶら下がり、振り子のように端へ到達すると大木を蹴って更なる勢いをつけた。
刀を持っていた手にはショットガンが握られていた。
再び迫るボスホラーの急所を前に紗夜はりこに感謝する。
りこの予知夢がなければ、ワイヤーもショットガンも用意していなかった。
「いい加減!効きなさい!」
バズンッ!バズンッ!とショットガンを放つ。
一発目で表面が吹き飛び、その中から淡く光る黄緑の核が現れ、二発目で核を撃ち抜いた。
直後、上空からくぐもった咆哮が響く。
「紗夜!やったわ!」
凪の目は核が破壊されたことを捉えていた。
だが、紗夜は浮かれない。
想定を超える戦闘にワイヤーの強度に不安がある。
手に伝わるワイヤーの悲鳴。
時間がない。
「凪!次はどこ!」
凪は矢を放ち、もう片方の核の位置を示す。
矢は乾いた音を立てて突き刺さる。
揺れるブランコで紗夜は位置を確認し、ショットガンに弾を込め直す。
その冷静さはまるで戦場全体を視界に収めているかのようだ。
白衣の男はその様子を見て、興奮と恐怖が入り混じった声で呟く。
「……研究せずにはいられない……!」
その瞬間、ボスホラーの咆哮が再び轟く。
森の奥からガサガサとした足音――ホラー達が後ろの森から迫る気配がした。
暗闇の中、もう一つの存在が戦場に滑り込む。
「……これは……」
隊長の声が、戦慄と共に空気を震わせる。
暗闇の中、ホラー達が静かに戦場へと踏み出す。
森全体がその重圧で震え、倒れた木々の隙間から、隊長と白衣の男、ワゴン車の残骸が見える。
空気は静まり返り、誰もが息を潜めた。
凪以外は……。
「……このままじゃ、間違いなく全滅だな」
隊長の声は低く、背筋を伝う寒気が止まらない。
だが凪も紗夜も止まらない。
矢を構え、瞳に赤い光が宿る。
「下は私が押さえるわ!」
「死ぬんじゃないわよ!」
紗夜の気迫が闇を切り裂くように鋭く燃える。
さっさと片付けて、凪の援護にまわるために。
ホラーの動きに合わせて、息を合わせる二人の呼吸が森に溶け込む。
その瞬間、巨大な影が振り下ろされ、地面に打ちつけられた。
爆発のように巻き上がる土埃。
「凪っ!?」
地面が揺れは長く続き、瓦礫が飛び散る。
隊長は白衣の男を庇いながら後退した。
「くそっ、こんな奴を目の前にして……!」
凪の矢が飛ぶ。
枝に命中し、音を立てて跳ね返った。
それは凪なりの生存の合図。
紗夜はその合図を見逃さなかった。
すぐにショットガンを放つ構えに入り、振り子の動きを正確に読み取る。
紗夜は土埃が舞う視界が悪い中、ショットガンを放つ。
ボスホラーがこれまでで一番のうめき声をあげ、膝を着くように崩れる。
それは二つ目の核を破壊することに成功した行動。
膝を着いたことで漸く、そのてっぺんが確認出来た。
闇の中から“顔らしきもの”がこちらを覗く。
「いくらなんでも、デカ過ぎでしょ!」
紗夜の愚痴は誰にも届かない。
白衣の男は双眼鏡を握り締め、興奮のあまり声が震える。
「……完璧だ……まさに理想の個体……!」
隊長が激しく舌打ちした。
「研究者は黙ってろ!今は生き残るのが先だ!」
隊長は白衣の男を引き摺るようにこの場所から離れる。
こんなところで護衛なんて、命がいくらあっても足りないと……。
凪は即座に周囲を警戒しながら、ホラーの気配に集中した。
その姿は土にまみれ、ドロドロだ。
そんな凪の元に紗夜が綺麗に着地してくる。
「やったわね」
お互いに目を合わせると微笑む。
「それにしても、酷い姿ね」
二人の連携はまるで一心同体だ。
隊長は白衣の男を大木の後ろに押し込みながら、必死で指示を出す。
「伏せろ!頭を守れ!」
影の巨体が膝を地面に着き叩き、土埃が立ち込めた。
白衣の男は恐怖と興奮で呆然とする。
「……こんな凄い戦いを……研究せずには……」
隊長が低く唸る。
「いいから黙ってろ!お前の命は、今や戦場の弾丸より軽いんだぞ!」
隊長は静かに呼吸を整える。
ボスホラーはまだ立ち上がろうとしている。
だが両足の核を破壊され、立つことが出来ない。
「そろそろ、その面を拝ませてもらおうかしら」
紗夜が獰猛に笑う。
森は再び、嵐の前の静寂に包まれた。
戦いはまだ終わらない。
だが、凪と紗夜、そして隊長の冷静さが、この絶望的な状況を少しずつ切り崩し始めていた――。
二人の闘志は尽きていない。




