妖精女王
『おや、あれを耐えきるとは』
そう言いながらもウィルキエルは口元を歪める。
アルカヴィルシオの街に被害は無い。タイラントは灼熱の剣を受ける最後の一瞬、最初に攻撃を放った右手で刀身を殴りつけ、攻撃を街から逸らしていたのだ。大きな怪我を負ったものの街は守り切った。
四姉妹の結界術が普通よりも高い練度にあったというのも大きい。
けれどももう一撃でも攻撃を食らえば街が崩壊することは変わらない。
『しかしもう少し力を得る必要がありますかね』
だがウィルキエルは攻撃が防がれたこと自体が気に入らないらしい。
ウィルキエルはにたりと嗤ってその巨大な体で振り返る。その先にいたのは『黎明の水禍』メルビレイであった――。
「あかん!!こっち向いたぞ!!」
「オウオウ、ライヤー焦ってんじゃねぇか」
「アホか!!こちとらいっぱいいっぱいなんや!!」
「あー、ウザったいわねぇ」
「やばっ!!」
魔法具によって張られてた結界がハマリエルの剣によって打ち砕かれる。その衝撃でライヤーは後方へと吹き飛んだ。既にハマリエルは素手で戦うことを止めていた。
「ほんとぉ。ゴキブリ並みにしつこいわぁ」
サダルスウトがメルビレイの攻撃を受け、離脱した後、ライヤーは絶体絶命の危機に陥ったかに思われた。
しかしライヤーはそこから魔法具を駆使し、メルビレイとハマリエルを相手に奮戦を繰り広げていたのだ。
メルビレイの周りには光り輝く護符が浮かび上がり、その動きを一時的に拘束している。
「うっさいわ!」
追撃を仕掛けようとするハマリエルにライヤーは懐から新たな魔法具を取り出して投げつける。
ハマリエルが慌てて飛び退くと魔法具は轟音を立てて、爆発した。
ライヤーはあの手この手で大量の魔法具で足止めを行いながらハマリエルを翻弄する。魔法を使えず、剣の適性も低いライヤーがこれほど粘れたのは奇跡と言って良い。
「オオオオオオオオオオオオ!!」
しかしそれもそこまで拘束されたメルビレイが大きな咆哮を上げる。巨躯を縛り上げていた護符が互いの結束力を失い、順々に燃え尽きていく。そして遂にはその全てが灰となった。
「あかんでぇ。これは……」
ライヤーには最早メルビレイを抑える術はない。先程の護符はとっておきの魔法具だったのだ。
災厄ともいえる超級の魔物を僅かな間とはいえ拘束出来たこと自体がその性能の高さを物語っている。
けれどそんなレベルの魔法具はそうそうあるわけではないのだ。
しかも後ろからは悍ましい巨人がメルビレイに向かって手を伸ばしてきている。
恐らく取り込むつもりであろう。メルビレイを取り込まれれば最早勝機は薄い。
ライヤーは現戦力を鑑みてそんな風に考える。
「マズったわ。クゾちゃんも呼んどくべきやったか……」
「やっと諦めたかしらぁ?ウィルキエルぅ。さっさとこの小蝿潰してちょうだぁい」
『おや、貴女に命令されるのは癪ですがまあいいでしょう』
ライヤーの上に黒い影が落ちる。巨人はライヤーを握り潰そうとしていた。
スタンやチュニスが空を翔けるが巨人の背からボコボコと泡立つように生まれた異形の獣に阻まれ、間に合わない。
『さあ、死んで頂きましょう』
ハマリエルの高笑いが響く中、巨人の掌がゆっくりと閉じられていく。
「――ちぇすとぉぉぉぉぉ!!」
が、その寸前、巨人の腕が空から飛来した閃光によって引き千切られた。
閃光の主は先程メルビレイの攻撃を受けて戦闘から脱落したかに思われたサダルスウトだ。
巨人の腕は思わぬ攻撃を受け、空を切った。
「呼ばれて飛び出てじゃじゃじゃじゃーん!!スウちゃんだよ!!」
「スウ!無事やったか!」
服装は乱れたり、一部が焦げていたりするもののサダルスウトは大きな傷も負うことなくそこに立っていた。そんなサダルスウトにライヤーは安堵を浮かべながら声を掛ける。
「スウ!確かに飛ばしなさいとは言ったけど……これはやり過ぎよ!!」
「あはは……ごめんね。リューちゃん」
ごそごそとサダルスウトの着ていたワンピースから飛び出し、肩に飛び乗ってその耳元で抗議を始めたのは虹色の羽根を持つ緑髪の妖精、リューリューだ。
「リューちゃんも一緒か!!ということは準備は?」
「大丈夫よ!いつでもいけるわ」
「ほな、あの白いんはクロノに任せてワイらはこっちのクジラを何とかするでぇ!!」
サダルスウトとリューリューの登場に元気を取り戻したライヤーは剣をハマリエルへと向けた。
「アハハ!今更ひとりふたり増えたところで何か変わると思ってるのぉ?ホントにぃおめでたいわねぇ」
『おや、珍しく意見が合いましたね。この私がいる限り抵抗は無意味です』
馬鹿にしたような笑いでハマリエルが言うとウィルキエルも同様に重なり合った低い声で笑う。
「無駄かどうかはこれを見てから言い!」
ライヤーがにっと意地の悪い笑みを浮かべる横でリューリューは空中に手を伸ばして詠唱を始めていた。
その小さな手の中に在るのは幾重にも絡まった蔦の杖。
生命の樹を模した魔法陣がリューリューの前に展開される。
「穢れたる者よ。蟠りし咎の影よ。留まりたる闇は光の恩寵の下に帰るべし。」
リューリューの詠唱に湖畔から輝きの柱が上る。それはメルビレイとハマリエルを中心に光の檻を作った。
檻を形成するのは無数の魔法陣。
「これはっ!!」
『むぅ!』
嗤っていたハマリエルの表情が一変する。ウィルキエルは咄嗟に身を引いたがライヤー達に伸ばしていた左手がその効果範囲に囚われた。
「我は『鍵』。我は『扉』。妖精女王リューシカ・リウ・リューゼンハウトの名において告げる」
光の光芒が一層強く輝いた時、檻の六面の壁に大きな魔法陣が現れ、鳴動した。
「――開け。【妖精郷】」
魔法が発動する。湖畔から上がった光の柱など比較にならない程の強い光が放たれ、それが消えた時には メルビレイも、ハマリエルも、そしてライヤー達すら消えて、片腕を失ったウィルキエルがただ立っているのみだった――。




