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暁に星を見るもの  作者: 春夏冬秋茄子
第二章 機械人形は水上都市で微笑む
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悪意の巨人




 ごぽりごぽりと水面から幾つもの泡が浮かび上がる。

 唯の泡ではない。どろどろとした粘性を持ったそのドス黒い泡は今し方なんでも屋のバクストン達を呑み込んだ代物だ。

 それは水の中に落された油の様に水を弾き、ひとところに集まった。

 するとそれが今度は天に手を伸ばすかの如くゆっくりと空に向かって伸び出す。



 その黒い塊が引き伸ばされ、沈みゆく夕日の最後の光に照らされた時、クロノは見た。




 人、人、獣、魔物、獣、人、魔物、魔物、人、人、人――、




 天に向かって伸びたそれの中に在ったのは地獄のような光景だった。それは死者の群れ。

 ゼリー状に透けたそれの中で夥しい数の人が、獣が、魔物が互いに蠢き、喰い合い、傷つけ合い、穢し合う。

 悍ましい。混ざり合った亡者の塊は唯々異様な雰囲気を発する。

 目を逸らしたい、けれどクロノは目を逸らすことが出来ないでいた。



 クロノの見た先にいたのは一人の少女。

 十にもならぬ程の小さな少女が臓物を狼の魔物に喰われ、獣に穢されながら昏い眼窩と残った虚ろな目でクロノを見つめる。少女の失った目からは止めどなく血の涙が溢れる。





 ――コロ、シテ




 その瞬間、クロノは胃の中にあったものを全て吐き出した。

 あれはあっていいものではない。

 冒涜。そう、冒涜だ。生命に対する冒涜に他ならない。

 囚われた幾多もの魂が悲鳴を上げている。許してはならない。




 吐き気を抑えながら正面を見たクロノをアルレシャが心配そうに近寄るがクロノはそれを手で制した。

 黒いそれの触手はベールに向かって伸びている。ブラッディソウルで出来た剣の檻は素直にその触手を通す。



 ベールをあの中へと取り込む気だ。

 そう考えた瞬間クロノの頭はかあっと熱くなり、脇目も振らずその触手に斬りかかっていた。



 「オオオオオオオオオオ!!」

 無数に伸びる触手を斬り裂き、それがベールへ触れる事を阻止する。

 斬られた触手はどろりと形を崩し、ヘドロの様になって湖へと落ちた。

 一心不乱にクロノは斬る、斬る、斬る。

 ベールに一歩も近付けさせまいと全力を以って剣を振るった。

 さらにアルレシャの援護の魔法を受けて触手達が後退する。




 だがその時クロノに衝撃が走った。

 クロノの腹を貫通するように黒い刀身が姿を覗かす。体から力が抜けていくのが分かる。



 「……なんでッ!!」

 クロノは振り返り、ベールを見る。そこにはやはり無表情で立つ少女の姿があった。

 ベールが剣を振るうとクロノに突き刺さった刀身も撓るように跳ねてクロノを吹き飛ばした。

 空中にいたアルレシャも巻き込んでクロノはきりもみに飛んでいく。

 後退した触手が勢いをつけるかの様に膨らんだ。




 「ベールッ!!」

 吹き飛ばされながらクロノはあらん限りの声で叫ぶ。




 『ありがとう。でも――』

 無表情なベールの口がそう形作るのをクロノは確かに目にした。

 そしてそれを最後にベールの姿は黒い触手の波に呑まれて消えた――。







 「――これは、これは」

 「最低ですね」

 火砕鳥(ラーヴァ・アーラ)と一進一退の攻防を繰り返していた『天を仰ぐ者(アンカンシエル)』のスタンとチュニスはその光景を見て、小さく漏らした。

 かつて精霊島があった場所は無残に崩壊し、湖の一角から立ち出でた悍ましい黒が天を衝く様に伸びていたのだ。その黒は徐々に形を変えていき、空を覆う巨大な人形を為した。

 その姿はまるで十字架に課せられた罪人のようである。

 刹那、巨人を覆っていた黒が引き寄せられるかの様に胸へと集まり、巨人の体躯が白に染まる。

 胸の部分には茨のような檻で囲まれ、巨人に半身を呑み込まれた少女の姿があった。

 少女に黒が集められたと同時に神経が伸びるように茨の檻が赤く発光し、巨人の躰に赤い紋様を刻む。

 巨躯の端々から人や獣、魔物が亡者の様に溢れ出し、白い皮膚の上で蠢く。

 最後に顔の部分がぱっくりと割れて嘲笑うかのようににやりと嗤った。



 巨人の姿を得たウィルキエルはその能面のような表情の下に隠していた醜い本性をここに顕にしたのである。




 「何ですか、あれは?」

 「『使徒』でしょうね。悪意などの負の気で魔物は成長しますがあれは人間を取り込んでその魂の嘆きから力を生み出しているようです。それに……」

 スタンがそう言いかけた時、チュニスは辺りの空気がずんと重くなるのを感じた。

 心なしか空気も淀んで見える。



 「それにあれは生命力や正の気を取り込んで負の気に変えていますね。どういう原理かは不明ですがあの少女が変換器の役割を果たしているようです」

 スタンの言葉は間違っていない。鍛冶神エルト・ダウ・アルカーシャによって造られた機構(システム)の一端、善悪変換機構(アダプター・システム)は悪意を善意や生命力へと変換する。

ウィルキエルはこの機構を逆流させ、その逆の変換を用いて力を得ていたのだ。



 そんな会話をしながらもスタンとチュニスは攻撃の手を緩めてはいなかった。

 火砕鳥の方はもう完全にキレている。小さき者に翻弄され、幾つもの傷を負わされたことに激昂しているのだ。最早周りなど気にする様子もなく、二人を殺すことにばかり気を取られている。その盲目ぶりたるや出現した巨人にすら目を向けない程である。



 火砕鳥の鼻先をチュニスの蹴りが掠める。大きく羽ばたいて距離を取り、炎を吐き出すがもうすでにそこにチュニスはいない。その隙を縫うようにスタンが接近し、近距離から赤熱した光の波動を放つ。

 これには火砕鳥もその場に留まっていることが出来ず、態勢を崩して吹き飛ぶ。



 怒り狂った火砕鳥がその巨躯でスタンとチュニスを押し潰そうと翼を広げたその瞬間、火砕鳥の体がは弾け飛んだ。



 否、圧し潰されたのだ白い巨人によって。

 溶岩の血を噴き出しながら火砕鳥はくたりと首を垂れた。

 ぐつぐつと煮立った体躯が浮き出る亡者と同様にウィルキエルの中に取り込まれていく。



 『素晴らしい!この力!私が、私こそが使徒!混沌を!矛盾を!この世界にもたらす絶対の存在!』

 ウィルキエルの体から這い出る亡者達が一斉に声を上げる。



 『個にして全!全にして個!私こそが万能の存在なのです!』

 亡者達が高らかに謳う。止めどなく溢れ出る程の力を得たウィルキエルは全能感に酔いしれる。

この状態となったウィルキエルに生半可な攻撃は通用せず、都市さえも容易に落とす力を持っていた。



 ウィルキエルは取り込んだ魔物の力を使いこなすことが出来る。今までは同じように取り込んだ人間の魂を歪ませ、負の力を生み出し、操ってきた。

 だがベールを取り込んだ今、生命力や正の力からもそれを変換できる。

 さらに魔法動力炉(マギカ・エンジン)のおかげで魔力さえも無尽蔵に補給できる。

 ウィルキエルと守人(シルフ)の機構はおおよそ最悪の組み合わせと言ってよかった。




 「全くもって反吐が出ます」

 「同意ですね」

 スタンとチュニスはその姿に眉を顰める。

 幾ら強大と言えど全て借り物の力。そのどこに己自身があるというのだろうか。

 まるで先程までウィルキエルの顔に引っ付いていた能面の様な表情と何ら変わりない。



 薄っぺらい。借り物の力を誇るウィルキエルの姿は滑稽で酷く歪であった。



 『おや、負け惜しみですか?これだから卑小な蝿は!叩き潰してあげましょう』

 その言葉に気分を害したのかウィルキエルがスタンとチュニスに目を向ける。

 顕現させたのは先程取り込んだ火砕鳥の力。掲げた両の手に握られた灼熱の大剣だった。

 どろどろと溶岩の雨を降らせながら炎熱の一撃が振り下ろされる。




 スタンの妹達が都市に結界を張り巡らせているがこの一撃を防ぎきれるかと言われればそれは否だ。

結界は数秒と持たず崩れ去り、アルカヴィルシオの街並みを煉獄の焔が灼き尽くすだろう。



 「させんッ!!」

 墜ち行く隕石の様な滅びの一撃に割り込んだものが一人。

 巨人の出現に危機を感じ取った『天を仰ぐ者』の『黄』、タイラント・マグゼクトである。



 「破ァァァァアアア!!」

 剛槌の如く振り切られた拳は金色の焔雷を纏い、獲物を嚙み砕く獣の牙の様に燃え盛る溶岩の剣に咬みついた。二つの焔が拮抗しあい。火の粉が飛び散る。



 ――しかしそれも数瞬。



 勢いを増した溶岩の剣に金色の焔は切り裂かれた。

 襲い来る炎剣にもう片方の拳を叩きつけるタイラント。

 されどもその勢いを止めるには能わず体を灼かれ、地へと墜ちていく。



 そして都市全体を覆っていた結界が大きな崩落音と共に砕け散った。









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